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7-3.

 どす黒い魔力の塊が槍の元へ戻っていく。それを追いかけるように、エミリーが風の斬撃を飛ばすが、一歩遅い。

 槍を守るように絡みついた魔力の塊によって斬撃は弾かれ、かわりに耳障りな、威嚇するような咆哮が槍から発せられた。

「遅かった! ってなにあれ……周りの魔物を、食べてる!?」

 追いついてきたパイクとジェマを加えて四人は槍を見下ろし、それぞれに表情を歪めた。

 槍に戻った魔力の塊が、魔力のよどみに引き寄せられて集まった魔物たちをまとめて飲み込んでいたのだ。

 ノアたちが削り取ったいくらかの魔力を補填し、それ以上の禍々しさに膨れ上がっていく。

 慌てて逃げ出した一部の魔物を除いて、ほとんどの魔物を喰らいつくした魔力の塊は、再び竜に姿を変え、槍を守るようにしてノアたちを睨みつけた。

「どうやら完全に怒らせたな。ま、考えようによっちゃ、相手すんのが一匹だけになったってとこか?」

 パイクの表情には、言葉ほどの余裕はなさそうだった。

 ノアは皆を自分の魔力で守るイメージで、大量の魔力を注ぎ込む。

 同時に氷魔法の構築も進めていくが、こちらはなかなか上手くいかない。発動の遅い自分の魔法がもどかしい。

 相手は竜の形をしているとはいえ、よどんだ魔力の塊だ。単純に剣や斧でも斬りつけても効果は薄い。なんらかの魔力を乗せて攻撃する必要がある。

 渡した魔力のおかげで、パイクとエミリーの斬撃は一定の効果を発揮しているが、もっとも効果が高いはずなのは、魔力そのもので構築した魔法による攻撃のはずだ。

 倒すにしても逃げるにしても、自分がもう少し魔術師としてもちゃんと役に立てていたらと思うと、歯がゆくて仕方ない。

「深追いはやめておきませんか。四人で戦うには、あれはあまりにも危険です。おそらく、槍から距離をとれば追ってはこないはずです」

 ジェマが補助魔法を次々とかけながら、厳しい声色で言う。

「でも、あれをどうにかしないとレイリアは駄目になっちゃうんでしょ? 時間が経ったらもっと強くなって、手がつけられなくなっちゃうんじゃない? それなら……ここで!」

「ばかやろう! 一人で出るんじゃねえっ!」

 果敢に前に出ていくエミリーを、パイクが追う。

 ノアも二人の背中を追いかけるが、アタッカー二人の速度にはついていけず、距離が開いてしまう。

 竜が翼を広げて空へ舞い上がった。頭を大きくのけぞらせると、開いた口にどす黒い魔力が集まっていく。

「だめだ、よけて! ブレスがくる!」

 早すぎる。ノアは竜と戦う場に居合わせたこともあるが、ブレスを吐くにはもっと長い溜めがいるはずだ。

 パイクが、立ちすくんでしまったエミリーの前に出て、盾を構えて立ち塞がった。

 竜が、のけぞらせた頭を、はずみをつけてゆるりと前に出す。

 スローモーションのような動きから、真っ黒な帯が吐き出される。

 ノアは必死で、少しでもダメージを軽減できるようにと魔力をパイクとエミリーに流し込む。

 組みかけの氷魔法を投げつけるが、ブレスにかすっただけでかき消えてしまう。

 パイクがあげた雄たけびとエミリーの悲鳴が、ノアの頭の中でぶつかり、ブレスが発する爆音にかき消されていく。

 前衛二人を飲み込んだブレスが、そのまま地面を削ってノアに迫ってくる。

 視界が明滅する。振動と衝撃で鼓膜が破れそうだ。横っ飛びにかわす。竜が少しでも首をかしげれば終わりだったが、幸いにもブレスは、ノアの真横を駆け抜けていった。

 しかし、当然ながら無傷で済むわけはない。衝撃と爆発に囲まれ、木の葉のようになすがままに揺さぶられ、飛ばされ、叩きつけられ、全身を強く打った。

 パイクとエミリーは間違いなく飲み込まれた。ノアの後ろにいたジェマも、ブレスを受けたかもしれない。

 力の入らない身体をどうにか起こして、ふらふらと立ち上がった。

 パイクとエミリーが、うつ伏せになって倒れているのが見えた。

 ノアの魔力譲渡で数段階強化された補助魔法を重ねがけしていたおかげか、パイクの盾さばきのおかげか、かろうじて息はあるようだ。

 しかし、ダメージは決して浅くない。盾を構えていたパイクの両腕はあらぬ方向に曲がっているし、エミリーもブレスによる傷を全身に受けて、気を失っている。

 振り向いて、ジェマを探す。

 ジェマはブレスの直撃は避けたらしかったが、ノアと同じく衝撃に吹き飛ばされ、全身を強打したらしい。手にした杖に寄りかかってどうにか立ち、自身に治癒の魔法をかけている。その表情は苦悶に歪み、とても余裕があるようには見えなかった。

 翼を広げて、ゆっくりと竜が下りてくる。

 大技のブレスを吐ききった直後だからか、勢いをつけて襲いかかってはこなかったが、その視線はパイクとエミリーを捉え、すうと細められている。

 もはや四人とも、まともに戦える状態ではない。逃げるタイミングも失してしまった。

 ――全滅。

 ノアの頭をよぎった文字列が、鼓動を急かす。冷たい汗が背をつたった。

 レイリアにきて、自分は変われたと思っていた。

 能力を自覚して成長を実感したし、自分だけの新しい武器も手に入れた。仲間にも恵まれ、心の底から笑うこともできた。

 今までとは違う、新しい世界が開けたと思っていた。

「ああ……!」

 地上に降り立った竜が、パイクとエミリーに近づいていく。動けと必死に命令するが、重たくなった身体は言うことを聞いてくれない。 

 竜が鋭い爪をむき出しにして、前足を振り上げる。狙いはエミリーだ。

 ノアの全身が焼けるように熱くなる。自分の人生を変えてくれた幼馴染が、今まさにその命を散らそうとしている。

 どうすればいい? 何ができる?

 気を失っているエミリーに魔力を投げつけたところで、何の意味もない。両腕が使えないパイクにしても、同じことだ。

 ノアよりはるか後ろにいるジェマの治癒魔法が、パイクとエミリーの二人に届くとも思えない。

 魔法だ。自分の魔法が届きさえすれば。無我夢中で、魔力の塊を炎に変えようとするが、全身の痛みで集中できず、手のひらに生まれた小さな火種が、儚げに揺れるだけだ。

 遅すぎる。弱すぎる。涙があふれてくる。もう、今にも、黒光りする爪が、大事な仲間を引き裂こうとしているのに。

 駄目だ。これでは駄目だ。もっと早く。もっと強く。大切な人を守る力が欲しい。

「ああああああああああああああ!」

 カチリと、ノアの中で何かが噛み合う音がした。

 図書館で唱えた魔導書の映像が、頭の中で鮮明に映し出される。

 反射的に、開かれたページに浮かび上がった文字をなぞる。

「『永続詠唱加速(絶)』……?」

 口にした瞬間、ノアの中でその瞬間を待っていた古代魔法が、正しく発動した。

 まだ火種程度だった炎魔法が、燃え盛る火球に姿を変えて、ロッドの一部である星のパーツに宿る。

 ノアが夢中で発射したそれは、まさに前足を振り下ろす寸前だった竜を、大きく後ろへ弾き飛ばした。

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