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7-2.

「なにあれ……あんなの、無理に決まってる……」

 死の谷の北側に位置する崖の上。じりじりと照りつける日差しを背中に受けながら、ノアたち四人はうつ伏せになって魔物から身を隠し、件の谷底を見下ろしていた。

 青ざめた顔のエミリーが凝視する先に、ノアも目をこらす。

 よどんだ魔力が渦を巻き、地上に噴き上がっていた。その中心には巨大な槍が突き立てられており、それが周囲のよどみを集めて、地下に流し込んでいる。

「あそこからよどみを吸い込んで、レイリアに流れ込む魔力流に無理やり渡していたのですね……なんということを」

 ジェマが唇を噛む。巨大な槍が作り出す渦の周囲には、よどみから力を得ようと集まった無数の魔物がうごめいている。

 一体一体がかなり強化されているようで、見たことのある魔物が数倍の大きさになっていたり、より凶悪などす黒い色に染まっていたり、通常ではありえないほどの魔力をほとばしらせていたりする。

「残念だが、ありゃあ刺さってからしばらく経ってるな。それこそ、レイリアがおかしくなり始めた頃から、あそこにぶっ刺さってるんだろうよ。冗談じゃねえな、まったく」

「あんな場所があるなんて知らなかった……」

 ノアは、何度もきていた死の谷なのにと、今更ながら悔しがる。

 槍が刺さっていたのは、ノアがシーヴギルドにいた頃に知っていたどの谷底とも違う場所だった。

 ちょうど何年か前から、死の谷の魔物討伐の難易度がやけに下がったという噂は聞いていた。

 当時は、自分たちが強くなったからだとジャックやバーバラが豪語していて、実際のところそれは、ノアの魔力を借りて強化されていた部分もあるのだが、皆がそれを信じていた。

 しかし、真相はまったく別のところにあった。

 何者かによって突き立てられたあの槍によって、魔力のよどみが強制的に変化し、ギルドが討伐を行っていたポイントに強い魔物が生まれにくくなっていたのだ。

 その裏でひっそりと、そして着実に、レイリアにも影響を与えながらよどみは深くなっていた。

 ノアたちが見下ろす先にいる魔物たちが、もしいっせいにシーヴになだれこめば、シーヴは無事では済まないだろう。

 同じように、あの魔物たちがレイリアに襲い掛かったらと思うと、ノアはぞっとした。

「あれをそのままにはしておけません。私たちがどうにかするしかなさそうですね」

 氷のような視線を谷底に送りながら、ジェマがぽつりと言う。

「最低でも、あの槍は引っこ抜いて、ぶち壊しておかねえとな」

 ぐるんと肩を回して、パイクも鼻息を荒くする。

「よどんだ魔力の流れからしたら、あそこに集まった魔物たちはきっと、シーヴよりレイリアを目指しちゃう。私たちが、やるしかないよね」

 自分に言い聞かせるように、エミリーも拳を握る。

「怖いか、ノア?」

 ただ一人、押し黙っていたノアに、パイクが声をかけてくる。

「僕は……」

 正直に言えば、怖い。

 この四人ならなんとかなる。昨晩は確かにそう思っていたのに、こんなことになっているなんて。失敗は許されず、相手は未知の力を持った強力な魔物たちだ。ノアの心のざわめきは、簡単には消えてくれなかった。

「大丈夫……とはいえないけど、私たちならきっとできるよ」

「ノアくんは、レイリアにきてからも成長を続けています。私が保証しますよ」

「だそうだ。ひとついいとこ見せてやろうや。なに、無理そうなら俺が全員かかえて逃げきってやるからよ。あっはっは!」

 三人の言葉が染みる。ノアは、自分の中に温かい何かが流れこんでくるような感覚を覚えて、立ち上がった。

「そうだね、やれるだけやってみよう。それに……」

 大きな衝撃と破裂音がして、地面に突き刺さった槍の柄から、よどんだ魔力の塊が空中に吐き出された。ひりつくようなプレッシャーが膨れ上がっていく。

 空中でゆっくりと形を変えていったそれは、やがて翼を広げた巨大な竜となって、ノアたちを底の見えない暗い瞳でにらみつけた。

「僕たちが隠れてるの、ばれちゃったみたいだし」

 ノアが言い終わるか否かのタイミングで、四人は駆け出していた。

 パイクが斧と盾を構えて突進し、エミリーがそれに続く。

 ジェマとノアは二人の後方に控え、ジェマは補助魔法を、ノアは魔力の譲渡を開始する。

「きますっ!」

 空を蹴り上げて上空へと昇った竜が、旋回して突っ込んでくる。

 ノアは、身体が熱くなるほどの大量の魔力を三人に送り込む。ノアの魔力に呼応して、三人の身体がきらきらと光を帯びる。以前とはくらべものにならないほどの魔力量だ。

 パイクとエミリーが斬撃を飛ばして、滑空してくる竜を迎撃した。

 鋭い斬撃が竜の両翼をもぎとり、バランスを崩した竜は崖に激突して落ちていく。

「とんでもねえ力が湧いてきやがる!」

「まだくる! 油断しないでっ!」

 大笑いするパイクに、エミリーが叫ぶ。

 竜の姿を維持できなくなったのか、真っ黒な魔力の塊が崖から這い上がり、咆哮をあげた。

 耳をつんざくような高音に、四人は顔をしかめる。びりびりと全身を突き刺す衝撃波は、踏ん張っていても飛ばされそうだ。

 ぱん、ともがれたはずの翼が再び生え、ぬらりとした尾と竜の頭が現れる。

 最後に、先ほどよりひとまわり太い腕と脚がずるりと形作られ、漆黒の竜が四人の前に姿を現す。

「盾ぇっ!」

 ジェマが叫び、とっさにパイクが両手で盾を構える。

 くるりと後ろを向いた竜の尾が、パイクを盾ごとくの字にまげて、はねとばした。

「パイク! ジェマ、お願い!」

 跳ね飛ばされたパイクをジェマが追い、かわりにエミリーが前に出る。

 竜の前足に斬撃を集中させ、目にも止まらぬ連撃で、片足を斬りとばす。

「ノア、もっと魔力!」

「わかった、集める!」

 ノアは、エミリーへ魔力を集中させながら、巨大な氷塊を作り出し、竜の頭めがけて投げつけた。ここまでの間にストックしていた氷魔法二つ分を重ねた、ノアが今できる中で、もっとも威力の高い大技だ。

 片足を失い、側頭部に氷塊をぶつけられた竜が、バランスを崩して頭を下げる。

「はああああっ!」

 タイミングよく飛び込んだエミリーの刀身には、吹き荒れる暴風が宿っていた。

 真上から振り下ろした一撃が、竜の首をごとりと地面に落とす。

「やった!」

「……パイクさんは!?」

 竜が動かなくなったのを確かめてから、ノアが振り返ると、ジェマがパイクに治癒魔法を当てているところだった。

 パイクはぎりぎりのところでマッスルボムを発動させて、後ろに跳んでいたらしい。軽傷とは言えないが、戦線を離脱するほどではなさそうだ。ノアは急いで、ジェマに渡す魔力も数倍に増やす。

 みるみるうちに回復したパイクが、立ち上がってにやりと笑うが、すぐにその顔がこわばった。

「くそ……まだだ! お前ら、後ろだ!」

 ノアが慌てて振り返ると、地面に落ちた竜の頭を取り込んだどす黒い魔力の塊が、うねうねと空中でうごめいていた。

 エミリーがノアの隣まで下がり、呼吸を整えて構える。

「首を落としたのに……竜っていうより、魔力の塊の魔物ってこと?」

「魔力の集合体なら、必ず核があるはずだよ……まさか!?」

 突き刺さった巨大な槍。あれ自体がこの魔物の核だとしたら?

 ノアの考えを察してエミリーが飛び出すが、それより先に、竜が崩れたような魔力の塊は動き出していた。

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