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7-1.

 焚き火がぱちぱちとくすぶる音を聞きながら、ノアは魔力操作に集中する。

 星と月をくるくると回転させ、剣と盾を交わらせ、その隙間に鏃を通す。円と正方形は頭上で待機させるかわりに、炎と水の魔法をとどめてあった。

「何度見ても不思議だよね、それ」

 隣で剣の手入れをしていたエミリーが、小さく溜め息をつく。

 新しい武器『七つの死に至る罪』は、訓練次第でとてつもない性能を発揮してくれる。ノアはそれを確信していたが、なにしろ時間が足りない。

 死の谷に到着するまでの一日ちょっとの間も惜しく、馬車に揺られている間も、こうして野営をしているときも、ほとんど休みなく訓練を続けていた。

 今のところ、すべてのプレートを自在に動かしながら、とどめておける魔法は三つ。

 馬車の中や仲間の目の前で制御しきれなくなっては困るので、訓練中は小さな火種や飲み水程度に絞っている。魔物にダメージが通る威力の魔法で、同じことができるのかは未知数だ。

 念のため、工房にお金を払ってオーソドックスなロッドも一本持ってきてはいるが、ノアはできれば、自分専用のロッドを使いたいと考えていた。

「まだまだ使いこなせてないから、もっと頑張らないと」

 もしすべての性能を引き出せたら、七つの魔法をストックしながら、それを好きな角度、位置、タイミングで放つことができるようになるはずだ。

 魔法をストックしたプレート自体を狙われることもあるだろうし、すべて思い通りにはいかないとしても、戦術の幅が大幅に広がるのは間違いない。

 また、魔法の発動が遅いノアにとって、ストックした魔法を使いつつ、次の手の準備も進めていけるやり方は、自分に合っているように思えた。

 デイビットがそこまで考えてこれを作ってくれたのかどうかは、微妙なところではあるが、腕だけは確かと言っていたサラの話に間違いはなかったと、今なら断言できる。

「熱心なのはいいですが、あまり無理はしないでくださいね。明日のお昼前には死の谷です。着いた頃には疲れきっていた、なんてことになっては困りますから」

 にっこりと笑うジェマの言葉は、心配半分、釘をさすのが半分といったところだ。

 パイクのカリスマ性や、エミリーの明るさと行動力がギルドの原動力になっているのは確かだが、その下で地盤を固めているのは、このジェマであるとノアは気づいていた。

 いつでも冷静に判断し、そっと手を添えるような言い回しを選んで、最適に近い形を導き出してくれる。

 今回の調査にしても、あやうくノアとエミリーが独断専行する形になりそうだったところを、パイクとジェマが同行する形に落ち着いたのは、ジェマの言葉によるところが大きい。

「何をにやついてんだよ、ノア。ジェマに説教されてそんな顔するなんざ、お前さんまさかそういうあれか?」

「そういうあれってなに!? ただ、やっぱり皆って、いいチームだなって思っただけ」

「おいおい、やめとけ。死の谷ってのはいつでも魔物がごろごろしてるとんでも名所だろ? 派手な戦いになるのがわかってるときにそういう話をするやつは、悪運がそっぽ向くっていうぜ?」

「悪運にも強運にもさんざんそっぽ向かれてきたし、これくらいなら大丈夫でしょ」

「ほお、言うようになったじゃねえか!」

 大笑いしてから、パイクが炙った干し肉にかぶりつく。今回は、前回の買い出しとは違って、スープを作ったりする鍋の手持ちはない。

 本来であれば、せっかくの少数精鋭なのだから、四人で早馬を飛ばすのが正解だ。

 しかし残念ながら、ノアは馬の乗り方を知らない。そのため、できる限り軽装で荷物を少なくしたうえで、馬車を使うことにした。

 結果として到着が夜になってしまい、少し手前で野営をして、明日の朝から調査を開始することに決めてある。

「とりあえず、レイリアに流れ込む魔力流が近い北側は、ひととおり確認しておきたいよね。ノアはどのあたりが怪しいと思う?」

 エミリーが、死の谷周辺に絞りこんで魔力流を書き加えた地図を、ノアに差し出してくる。

「北側で特によどみが深い吹き溜まりみたいになってたのは、このあたりとこのあたりかな。魔物討伐がメインじゃないから、谷底は迂回して、いったんシーヴ側まで進んでから入った方がいいと思う」

「谷底って、どのあたりのこと?」

 パイクとジェマも集まってきて、地図を覗き込む。

「レイリア側から入って一番近くのこのあたりと、北側ならここ、それと東側のこのあたりも。よどみが深くて、強い魔物がたくさんいる場所を、シーヴでは谷底って呼んでたんだ。近づいた他の魔物を襲うようなやつもいたはずだよ」

「はっ、魔物どもにもランキングがあるってわけか。どこも世知辛いもんだな」

「北側の谷底は、場合によっては調べなくてはいけないかもしれませんね」

 ジェマが、すうと目を細める。

「できれば近づきたくないけど……そうですね」

 ノアとしては、谷底には悪い思い出しかない。

 シーヴギルドで討伐に向かったときも、かなりの苦戦を強いられていた。谷底は一度の討伐で一か所までという、暗黙のルールができていたほどだ。

 ましてや今回のメンバーは、精鋭ではあるが四人だけだ。慎重に近づかなければならない。

「建前は調査ってことになってるが、正直そんなに悠長なことは言ってられねえかもな。それなりの覚悟はしておいた方がいい。ま、お前さんを魔物の真ん前に放り出したりはしねえよ。いつものとおり、がっつりサポートしてくれればいいさ」

 ノアの表情から弱気な気配を感じ取ったのか、パイクがばしばしと肩を叩いてくれた。

「この四人ならきっと大丈夫だよ」

 エミリーも、負けじと反対側の肩をたたいてくる。

「そうですね。今となっては、ノアくんも含めたこの四人が、レイリアギルドのエースですからね」

 ジェマまでいっしょになって、ノアの髪をわしわしとかき混ぜるようにした。

「ちょ、三人とも悪乗りしすぎだって!」

 どんな難しい局面でも、このメンバーならきっと乗り越えられる。そんな安心感と信頼感が、四人には芽生えつつあった。

 しかし翌日、ノアたちは予想以上のものを目にすることになる。

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