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6-2.

 レイリアから死の谷までは、馬車で一日ちょっとの道のりではあるが、調査も含めれば、少なく見積もっても数日はレイリアを離れることになる。

 パイクとジェマはギルドの残務を引き継ぐためにギルドに残り、エミリーは実家に戻って事情を説明してくると駆けていった。

 残されたノアは、武器を手に入れるために工房へ向かうことにした。

 ノア専用のロッドが仕上がっていれば一番いいが、完成にまだ時間がかかるようであれば、間に合わせでもいいので何かしらのロッドを手に入れておく必要があった。

 魔物に遭遇した場合、ノアの役目は魔力譲渡によるサポートが大半ではある。

 しかし今回は、通常の数時間以内で完了する魔物討伐とは違う。丸腰のままではさすがに心もとない。

「いらっしゃい、ノア。ちょうどよかった」

 工房に入ると、出かける準備をしていたらしいサラが、ぱっと顔をあげて笑顔で出迎えてくれた。

「こんにちは。あれ、これから出かけるところだった? デイビットさんは奥にいる?」

「出かけるつもりっていうか、ノアを呼びにギルドに行くところだったの。だからちょうどよかったってわけ」

「そうだったんだ。っていうことはもしかして、完成したの?」

 ばちんとウインクをキメて、サラが工房の奥へ続く扉を開き、入るよう促す。

「正確には完成間近みたいなんだけど。わざわざそっちから来てくれたってことは、もしかして急ぎ?」

「うん、ちょっとギルドの遠征に参加することになって。もし完成していたらうれしいし、まだでもとりあえず持っていけるロッドがあればと思って。もちろん、とりあえずの方にはお金を払うから」

 歩きながら、ノアは簡単に事情を説明する。

 レイリアそのものの危機が迫っていて、その原因を気合と出たとこ勝負で調査しに行くところなんだ、とはさすがに言えなかった。

 レイリアの状況について、公式に発表せざるをえない場合は、議会からというお達しが出ている。そうならないために最善を尽くそうというときに、個人的な感情が多分に含まれた意見を吹聴するのはよろしくないだろう。

「やあやあ、ノアくん。ぼくのあげたプレゼントは使ってくれているかな? そうか、すりきれるほど使ってくれて操作も完璧。新しいものがほしいというわけだね!」

「まだ何も言ってませんよ、こんにちはデイビットさん」

 早口で自分の質問に答えと要望をぶつけてきたデイビットを、さらりとスルーしてノアは挨拶した。

 自分でも気が付かないうちに、ノアはレイリアにやってきた当初より、人付き合いができるようになっている。

 それはパイクのあしらい方であったり、ジェマからの指示への受け答えであったり、ギルドにやってくる依頼者や酒場の客への応対であったり、デイビットのようにわが道を突き進む相手との会話であったりのおかげで、培われてきたものだ。

 もちろん、エミリーやフローレンス、サラのような、よき話し相手に恵まれたこともある。

「完成間近だって聞いたんですけど、その様子だともしかしてもう少しかかりそうですか?」

「いいや、ほとんど完成はしているんだけどね。それを君が使えるかがわからなかったものでね」

「ええ……僕専用にカスタマイズしてくれるはずなのに、僕が使えるかわからないって、どうなっちゃったんです?」

 そういえば、デイビットとこうして顔をあわせるのは久しぶりだ。

 何らかのインスピレーションを得て、ふらふらと去っていく後ろ姿を眺めたのが最後のはずだ。

 あれから何の連絡もなく、彼の中のインスピレーションのみにしたがって製作を続けていたのだとすれば、ノア専用のカスタマイズは、一体どこでなされたのだろう。それとも、なされていないままだからこそ、完成間近なる曖昧な表現になっているのだろうか。

 急に不安になって、ノアはサラを振り返る。

「あはは、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だと思うよ。腕だけは、本当に確かなんだから」

「いいからとにかく、ぼくがあげた『星の子供たち』を見せてくれるかな?」

「なんですかそれ」

「訓練用にあげたじゃないか、まさかもうなくしたのかい!?」

「ああ、これですか。そんなロマンチックな名前がついてたんですね」

 ノアはするすると三つの球体を魔力で操作してポケットの中から取り出すと、肩のあたりで浮かび上がらせる。魔力切れを起こして意識を失った当日と翌日を除いて、ノアはこの訓練をほとんど休みなくやってきた。今ではそれこそ、手足のように扱うことができるようになっている。

「うんうん。いいね。かわいく回ってる。んふふふふふ」

「ちょっと……どういう風にかわいいかは僕にはわからないですけど、喜んでもらえてよかったです?」

「そのイメージはそのままにして、ちょっとこれをつけてみてくれるかな?」

 差し出されたのは、小さな赤い石が埋め込まれた金属製の腕輪だった。

「利き手は右だったよね? さあほら、きっとぴったりだ。君のことは何度も観察しにいったからね。腕の太さから何から何まで、お見通しなんだよ。んふふふふ」

「え、こわい。何度も? いつですか? ぜんぜん気づかなかった……これ、つけて大丈夫なやつですよね?」

 後ずさるノアの背中を、サラがぐいと押し戻す。

「急いでるんでしょ? 大丈夫だってば。父さんが信じられなくても、私を信じると思って。ね?」

「わかったよ、そういうことなら」

「んふふふふ……そうそう、ぼくでもサラでもどこかの神様でも、信じたいものを信じてくれればいいよ。なんでもいいから早くこれをつけてくれないか」

 自分を信じるかどうかは本当にどうでもよさそうに、デイビットが腕輪をノアに押し付ける。

 おっかなびっくり、ノアがそれを装着すると、デイビットは満足そうにして、作業台の上に無造作に置かれたパーツを指差した。星、月、剣、盾、鏃、円、正方形。それぞれ違う形をした七つのプレートだ。

「訓練と同じ要領で、あれを操ってみてほしいんだ」

 いわれて、ノアは意識をそちらに向ける。

 右腕の腕輪にはめこまれた紅魔石が、ノアの魔力に反応して、七つのプレートに魔力を宿らせた。

 数こそ訓練用のそれより倍以上あるが、今のノアにとっては問題にならない。

 あっという間に七つすべてを掌握し、自身を中心にくるくると旋回させてみせた。

「いいね! かわいい! かわいいよ! んふふふふふ!」

「えっと、ありがとうございます? あの、お願いしていたのはロッドだったんですけど、訓練用の腕輪になっちゃったんですか?」

 おそるおそる、ノアはデイビットに尋ねてみる。

 魔力の伝導効率が素晴らしいのは間違いないし、それぞれのプレートが手足のように動いてくれる。腕輪も怖いくらいにぴったりのサイズだ。

 だが、依頼していたものと出てきたものに差がありすぎて、ノアは困惑していた。

「んふふ。それこそが君の新しいロッド、『七つの死に至る罪』だよ!」

「なんだか物騒な名前ですね……」

「遠い異次元の儀式を記した文献と、君が『星の子供たち』を使いこなすところから閃いてね」

「これが、僕のロッド……その、すみません。どうやって使うんですか?」

 七つのプレートを横一列に浮かべて、ノアは視線をデイビットに戻す。

「手元の腕輪から魔力を込めて操作する。ここまではいいよね?」

 ノアはこくりとうなずく。操作性だけでいえばかなりのものだし、ノアが持つ膨大な魔力との相性も悪くないように思えた。

「どのプレートからでも、自由に魔法を発動させられるようになっているんだよ。それから、発動手前の魔法を各プレートにとどめておくこともできる」

「とどめておく……ですか?」

 ノアの手のひらより少し大きいサイズの、七つのプレートを順番に眺めた。金属らしい光沢はなく、艶消しの加工がしてあるようだ。

 それぞれに刻まれた紋様は、この工房や図書館でたびたび見かける、古代のものに似ている。

「例えば、ひとつに炎の魔法、ひとつに治癒魔法、ひとつに補助魔法とかね。すごいだろう?」

「そんなに色々は使えませんけど、確かにすごいです!」

 え、なんだそうなの?

 ものすごく落ち込んだ様子のデイビットをスルーして、ノアは試しに飲み水を作る簡易的な水魔法を仕込んでみる。折れる前の形見のロッドより、魔力の伝導効率がいいからか、いくらか早く組み上げることができた。

 それをプレートのひとつに移動させると、「とどめておく」感覚がどういうことなのか、直観的に理解できた。確かに魔法は組みあがっているのに、それを維持するための魔力さえ流しておけば、自分の手を離していても大丈夫という、不思議な感覚だ。

 水の魔法に続いて、小さな炎と風を、それぞれ別のプレートに渡してみる。

 三つの魔法をとどめたままでパーツを操作するのも、慣れればなんとかなりそうだ。もしものときに備えて、先に魔法を組んでおくのもいいかもしれない。

 それができるのはおそらく、魔力量に自信があるノアならではのやり方で、まさしくノア専用にカスタマイズされた、まったく新しい形のロッドだった。

 使い心地は必ず報告するように、と念を押してきたデイビットに礼を言い、ノアは工房を後にした。

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