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5-5.

「フローレンス……大丈夫?」

「大丈夫なわけないやろがい!」

 ノアが差し出した手を振り払って、フローレンスが噛みつかんばかりの剣幕で叫ぶ。

 日が落ちかけた頃、本当にレイリアを一周し、主要な印の場所すべてに魔力を注いで北門に戻ってきたところで、全ての気力と空元気を使い果たしたフローレンスが、崩れ落ちたところだ。

 その後ろには、びくんびくんと痙攣して、とっておきとして手渡すつもりでいたロッドを抱きしめ、むせび泣くデイビットが転がっていた。

「本当の本当にぜんぶキメつくすなんて……今までのわたしたちの苦労はなんだったの」

「あといくつか、レイリアの中の印が残ってたよね? どうする?」

「まだまだいけんのかい! このど変態のど天才が!」

 顔をあげたフローレンスは涙目になっていて、これにはノアもエミリーも、苦笑するしかない。

 ノアの能力を初めて目にする議員たちも驚いてはいるのだが、フローレンスとデイビットのインパクトが強すぎて、驚きを表に出しきれずにいる。

「お前さん、うちに来た初日よりかなり成長してるじゃねえか。やっぱり無自覚でやってんのと意識して努力すんのとでは、伸びが違うってこったな」

「魔物の討伐でも、使いどころをパイクが指示してくれるおかげだよ。それに、デイビットさんがくれた訓練用のこれもすごく助かってるし」

 ノアは、三つの球体を体にそわせるように移動させながら、くるくると回してみせる。

 少し前までは、肩の上にとどめてぎこちなく回すのが精一杯だったが、コツをつかんでからは自由に動かせるようになってきた。

「ちょっとちょっと、どんな精度で魔力使ってるの、それ」

「球体三つに別々の動きをさせながら、速さも制御して……なんなんですか、それ」

 これに目を丸くしたのはエミリーとジェマだ。

 ノアがゲーム感覚で楽しんでいた訓練は、高度な魔力制御と操作が必要な高等技術だった。レイリアに来て、能力を自覚してからというもの、ノアはとんでもない速度で成長を続けている。

 ぽかんとする面々をよそに、仰向けに転がっていたデイビットが急に起き上がり、ノアが回す球体を凝視した。

「それだ……!」

「あ、デイビットさん。大丈夫ですか?」

「んふふふふふ。ぼくはこれで失礼するよ。サラはどうする? そうか好きにしなさいじゃあね」

 サラの返事を待つ気がまったくない早口で言いきると、デイビットはふらふらしつつものすごい勢いで帰っていってしまった。

「悪いことしちゃったかな、試作品をもってきてくれてたみたいだけど」

「いいのいいの。持ってきたやつじゃ、今のノアが使ったらすぐに壊れちゃうと思うし」

 ノアは申し訳ない気持ちになったが、その肩を軽くたたいて、サラが首を振った。

「何か思いついたみたいだし、もう少し時間はかかっちゃうけど期待しててよ。父さん、完全に本気の目だったから、すごいの作ってくると思うよ」

「それでどうすんだ? とりあえず、日が落ちきる前に門の中に戻れた方が、護衛の身としちゃありがたいんだがな」

「中もやっちゃおうか、せっかくだし」

「そうだね。フローレンス、それでいい?」

「……驚きつかれて、情緒がどこかにいっちゃいました。せっかくだし、そうだね。そうしようか」

 つきものが落ちたようなフローレンスの号令で、ノアたちはレイリア内部の数か所の印にも、魔力を流し込んだ。すべての作業を終えてギルド酒場に戻ってくる頃には、さすがに夜遅くになっていた。

 ついでだからと、ノアたちはフローレンスやサラといっしょに、大人数が座れるテーブルを借りきって、軽食をとることにした。

「本当に全部やっちまったな。とんでもねえやつだぜ、お前さんは」

 ぐびぐびとジョッキ一杯の酒を飲みほして、パイクが笑う。

「さすがに少し疲れたけどね……この後はどうするんだっけ?」

 ノアは小さめのパンをちぎって口に入れて咀嚼し、飲み込んでからエミリーとフローレンスに確認した。

「経過を観察して、よどみやすい方角や場所を特定するの」

「正式な依頼としてお願いしたから、ギルドからも人を出してもらえるし、観察の取りこぼしはないはずよ」

「何日くらいかかるかは……今すぐにはわからないよね?」

「まあ、そうだね」

「少し余裕があるなら、お前さん少し休んだらどうだ?」

 ぐびぐびとジョッキ一杯の酒を飲みほして、パイクが笑う。

「あれ。パイク、ペース早すぎない? ついさっき、一杯飲んだばっかりじゃ……」

「気にすんな。とにかくだ、こっちきてから働きづめだろ。酒場や魔物の討伐だけじゃねえ、図書館に今日の仕事に……だからな、少しゆっくりしろって話だ」

 ぐびぐびとジョッキ一杯の酒を飲みほして、パイクが笑う。まったく同じ光景が三度も繰り返されれば、さすがに気になる。今日のパイクは、しゃべるたびに一気飲みするつもりだろうか。

「嬉しいと飲みすぎる癖、本当に気を付けた方がいいよ」

 エミリーが冷たい顔をする横で、パイクはさらにおかわりを頼んでいる。

「そりゃあ嬉しいに決まってる。議員連中の顔見たか? やっぱり頼れるのはギルドしかいない! ってなもんで、きらきらした目をしてたじゃねえか。本当は俺たちだけでも順番に遠征して、原因をつぶしてやろうとも思ってたけどよ。主力がまとめて外に出るのを嫌がるからな、議員様は」

 ノアにも少しだけ、話が読めてくる。

 パイクやギルドの面々も、エミリーとフローレンスの取り組みをただ眺めていたわけではなかった。

 ただし、立場上、レイリアで暮らす人々や議会からの依頼、そして周辺の魔物討伐を優先せざるを得ず、大胆に動きづらかった。

 今日一日、議員数人にも調査の現場を見せ、ノアの能力を間近で確認してもらうことで、遠征の許可を取りやすくする狙いがあったのだ。

「それならなおさら、僕だけ休んでる暇はないような」

「いやいやいや。頑張ったやつには相応の報酬と時間をってのがうちのやり方だ。ここでお前さんが休んでくれねえと、他のやつらも休みにくくなる。こいつはギルド長命令だからな」

「……わかった」

 急に休めと言われても、正直なところ、ノアは困ってしまう。

 魔物の討伐は魔力譲渡のいい訓練になるし、酒場の仕事も新鮮な体験で、少しずつ仕事を覚えてやりがいを感じてきたところだ。

 なんとなくふわふわした気持ちで、どうしようかと考える。

「ノア、何日か余裕ができるのなら、図書館にくればいいんじゃない?」

 自分の皿を空にして、人心地ついたらしいフローレンスが、にっこりと微笑む。

「図書館に?」

「まさか忘れてないよね? あれよ、あれ。できることはなんでもしておきたいんでしょ?」

 フローレンスが言っているのは、例の詠唱加速の魔導書の話だ。

 彼女自身が試したところによれば、ないよりマシ程度の効果だったらしいが、確かにフローレンスの言うとおり、できることはしておきたいし、今がいいタイミングに思えた。

 ノアはにっこりと笑みを返して「そうだね、じゃあそうしようかな」と答える。

 この一冊の魔導書が、ノアをまったく別の次元へ連れていくことを、ここにいる誰もがまだ知らずにいた。

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