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5-3.

 いったん館長室に戻ると、ノアは促されて先にソファに腰をおろした。

 奥でがさこそとやって戻ってきたエミリーとフローレンスは、大きな巻き物を持ってきた。

 広げてみるとそれは、レイリアを上から覗き込んだような、ざっくりとした地図だった。

 主要な建物や道の配置がざっくり描かれて簡易的なものだが、なにより目をひいたのは、各所にバツ印がつけられていることだ。

「これは?」

「魔力がよどんだ影響が、地上まで出てきちゃってることを確認した場所に、印をつけてあるの」

 エミリーが真剣なまなざしで言う。

「……こんなにたくさん?」聞き返したノアに、エミリーは悔しそうに首を縦に振った。

「何度も同じ場所を調べる時間はなくて、だいぶ前につけたままの場所もあるけどね。でも、一度印をつけた場所は、そこからひどくなることはあっても、よどみが薄まってはいないはず」

 ノアは改めて地図をのぞき込む。

 規則性なく、そこかしこにつけられたバツ印は、レイリアの外側の方がどちらかといえば多い。しかし内側にも、いくつもバツ印がつけられている。

 例えば大図書館にも印がついているし、住居区画や商店街区画にもいくつかの印がつけてあった。反対に、ギルド酒場にはついていない。

「これをもう少し細かくしていって、よどみの深さを調べていけば、どのあたりに原因がありそうなのか、わかるかなって思ってるんだよね」

「ただ、その深さを調べるやり方が問題なの」

 フローレンスも地図に視線を落として、エミリーの説明を引き継ぐ。

「作物や人に影響が出始めているとはいえ、魔物が生まれるほどではないから……微妙なところなんです。明確にどこが深いのか、どこからよどみだしたのかを測るのが難しくて」

 一応のあたりはついているけど、確証なしに動くには色々と問題も多いから、とエミリーが付け加える。

 この二人はすごい。ノアは素直にそう思った。

 ギルドを除いて、大人たちのほとんどが諦めて下を向いてしまった課題に、取り組み続けてきたのだ。

 仮説を立て、できる範囲でそれを実証しながら調査を続けてきた。本当にすごいことだ。気持ちを熱くして、ノアは思わず身を乗り出す。

「僕にできることっていうのは?」

「印のついた場所に、図書館のときと同じように魔力を流してみてほしいの」

「魔力炉とか誰かにではなくて、地面にってこと?」

「そう。魔力炉だって、生きている誰かではなくて、物なわけでしょ? それなら、地面にも流せるかもって思ったんだよね」

「地面に僕の魔力を流し込んで、よどみを押し流す……みたいなイメージ?」

 よどんだ大地を浄化できるかもしれない?

 そこまで考えてから、ノアははっとする。

 図書館の機能は十日ほどで停止した。原因はもちろん炉の魔力を使い切ったからだが、それと同じように、いくら魔力を流したところで、それを使いきって再びよどんだ魔力が入り込んでしまえば、浄化はできないのではないだろうか。

 ノアの考えを察したように、フローレンスが説明を続ける。

「一時的によどみを薄めて、それがどの程度で元に戻ってしまうのかを調べたいんです」

「元に戻るのが早ければ、それだけ原因に近いってことでしょ? そこから根本的な原因を辿るのが最終目標。図書館の時以上の負担をかけてしまうし、もしかしたら上手くいかないかもしれない。それでも、力を貸してもらえないかな?」

「もちろん。ずっと言ってるとおり、僕にできることならなんでもするつもり」

 二人はほっとした顔でノアに礼を言うと、「そうしたら、早速実験する日を決めようか」と立ち上がった。

 聞けば、時間がある程度ずれるのは仕方ないとしても、なるべく同じ日に、バツ印すべてに魔力を流しておきたいということだった。

 魔力切れのことも考えて、まずは外周の各方位に魔力を流し、それから細かいところや、余裕があればレイリアの内部まで手を広げていこうということになった。


「それで、どうしてこんな大人数になっちゃったんです?」

 フローレンス、エミリーと相談してから三日後。ノアはレイリア北門の前にいた。

 この大陸では、ある程度以上の規模に都市が成長すると、外周を塀と堀で囲み、いくつかの門を設けるのが一般的だ。

 大きな都市は当然ながら人口が増える。人口が増えれば魔物が寄ってきやすくなる。面積の広くなった都市で魔物を防ぐためには、ギルドの戦力補充に加えて、塀や堀を築いて、都市そのものの守りを固める必要がある。

 というのが大義名分なのだが、その裏側には、都市やギルドの機密を守りやすくする意味もあった。

 程度は都市によって違うものの、門に人を配置して、怪しい人物の出入りをチェックするのだ。

 例えば王都には、ものものしい騎士団が常駐していて、場合によっては荷を改められることもある。

 シーヴの場合はギルドが門を管理していて、目に止まってしまった余所者は、滞在期間や目的をしつこく聞かれたりする。

 ノアがその役目を担ったことはなかったが、かなり無茶な要求もやっているという噂は聞いたことがあった。

 それではレイリアはどうかといえば、十本の巨大な柱と、それを繋ぐように設けられた簡易的な塀と門があるのみで、堀はなく、配置された人員も最低限だ。

 元々は魔物の少ない地域だったことから、強固な防備はしておらず、大図書館を広く解放したいとの方針から、人の出入りにもあまり制限をかけていない。

 不釣り合いなほど立派な十本の柱は、ノアが危うく魔力を流し込むところだった、大図書館と繋がる古代の遺物だ。

 近年では、柱から古代の金属を削り取っていけないかと考える輩も増えたらしいが、並の刃物や魔法ではびくともしないとのことだった。

 フローレンスの祖父が生まれる前から、すでに柱は塀の一部に組み込まれていたらしい。

 遺物の話はともかく、人の出入りも魔物の対策もそれなりにしていたことが、最近になって、残念ながら負を生んでいた。

「お前らだけには任せておけねえからな」

 腕組みをしたパイクがぴしゃりと言った。

「それにしても、こんなに引き連れてこなくてもいいのに。私たちってそんなに信用なかったっけ?」

 聞き返したエミリーの声は低い。ぴり、と場の空気がかたまる。

 北門に集まるはずだったのは、ノアとエミリー、フローレンスの三人だけのはずだった。

 それなのに、パイクやジェマなどのギルドの主要メンバーに加え、デイビットとサラ、そして議会の議員数人まで出てきている。

「理由はふたつだ。ひとつめ。図書館の一件に続いて、そこら中に魔力をぶん投げまくるって話じゃ、さすがにノアの能力を隠しとおせねえからな。それなら、見てもらっちまった方が早いだろって話だ。ふたつめ。そもそも、お前もノアもうちの所属だ。図書館さまのわがままに付き合って、無償で使い倒されちゃかなわん」

 ギルドのメンバー二人を無償で丸一日差し出すとなれば、パイクの言い分も正論ではある。しかも、エミリーはもちろん、今ではノアもギルドの中心メンバーだ。穴があけば、魔物討伐や他の仕事に支障をきたす。

「わがままって、そんな言い方ないでしょ。レイリアのための、大事な……!」

「お前が言ってるレイリアってのはなんだ。図書館か? このハコのことか? 違うだろうが。ここで暮らしてるやつら全員をひっくるめてこそ、レイリアじゃねえのか」

「じゃあパイクは、どうすればいいと思ってるわけ? このまま放っておけばいいと思ってるなら、ギルドを抜けてでもこっちを優先するから」

 パイクとエミリーの間に、一触即発の空気が張り詰める。

「ごめんなさい、わたしが軽率でした」

 割って入ったのはフローレンスだった。

「直前で申し訳ありませんが、きちんとした依頼として、調査をお願いします」

「あっはっは、そうこなくちゃな! ここにいるやつらも、ほとんどはそのつもりで連れてきてんだからな」

「パイク! こんなときにそんな、お金なんて」

「駄目だっつってんだろ。俺にはギルドのやつらを食わせる責任がある。本当は図書館の件も依頼にしてほしかったくらいだ。あれもこれも無償でお手伝いってんじゃやってらんねえんだよ」

「信じらんない、心ってもんがないんだから」

 腕組みをしてそっぽを向いてしまったエミリーを、フローレンスがなだめる。

「いえ、今回はパイクさんのおっしゃるとおりです。ノアさんの能力に舞い上がって、あれもこれもと無茶なお願いをしてしまうところでした」

「おう、そっちから言い出してくれて助かったぜ。これで堂々と胸を張って人を出せるってもんだ。あっちの時は無償でやったじゃねえかなんて、どこかの誰かさんにつけいられる隙も潰せる。うちの評判も上がってランキング上位も狙えるってもんだ。完璧だろ、あっはっは!」

 パイクは大笑いしているが、エミリーは仏頂面だ。

 ノアは、どちらの言い分もわかるものの、少し反省していた。

 ギルドの仕事の休日に、ちょっとした手伝いをやるならいい。

 しかしノアは、図書館のときに一度、酒場の仕事を休ませてもらっている。

 そこにきて、今度は大規模な調査をギルドを介さずにやるとなれば、パイクとしても物申すしかない。

 ギルドはあくまで中立の立場だ。図書館長からの依頼だけは無償で受けているなどと広まれば、バランスが崩れてしまう。

「ごめん、パイク。もう少し考えればよかった」

「いいってことよ。ざっくりはしてたが報告はもらってたしな。レイリアのためにっつうお前さんの気持ちも、嬉しいもんさ」

「パイク……私もごめん。ちょっと先走りすぎちゃったみたい」

 ようやく仏頂面をやめたエミリーが、ノアと並んで頭を下げる。

 パイクは大口を開けて笑い飛ばすと、「いいってことよ」と二人の肩をばしばしとたたいた。

「……なんだか、聞き分けが良すぎて怪しいですね」

 話がふんわりとまとまりかけたところで、ジェマがパイクをじろじろと観察する。

「どうしたのかね、ジェマくん。俺の顔に何かついているかな?」

「いえいえ、どうやら何もついていないようです」

「そうだろうそうだろう」

「顔には何もついていませんけど、部屋にあったあれはなんですか? ずいぶん高かったのでは? 例えば、大口の依頼がすぐにでもほしくなるくらいには」

「げ、もう見つかったのか!? 違うんだ、あれはギルドのためを思えばこその先行投資で!」

 慌てたパイクの反応を見て、ジェマの瞳から光が消え、口元がすうと薄い三日月を作る。

「言ってみただけだったんですが、なるほど。そのお話、今すぐ詳しく聞かせてもらえますね?」

「言ってみただけだったんですが、詳しく聞かせてもらえますね?」

 にっこり笑うジェマと、ひきつった顔のパイクを中心に、時が止まる。

 このとき、北門から発せられた野太い男の悲鳴は、対極にある南門まで響きわたったという。

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