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5-2.

「三冊、ご紹介したい本があります」

 いつになく真剣な面持ちで、フローレンスが言った。

 館長としての口癖なのか、フローレンスは今でも、たまに丁寧語になる。

 それはそれでまあいいか、とノアは考えていたのだが、今日はそれに加えてこの緊張感だ。ノアも背筋を伸ばして、「はい」と答えた。

「ひとつはこれ。まずは基礎を学んでみてもいいと思って。ノアはギルドに入る前も入った後も、ほとんど独学でやってきたんでしょ?」

 差し出されたのは、魔法詠唱の基礎に関する本だ。ぱらぱらとめくると、要所要所に挿し絵がついていて、わかりやすく仕組みが解説されている。まさしく初心者向けの入門書だ。

「それからこれが応用編。各属性の魔法の特性とか相性、発動の仕組みなんかが書かれてる。特性や相性は知ってると思うんだけど、発動の仕組みの部分は、ノアが悩んでるところにヒントをくれるかもしれないから」

「ありがとう!」

 ここで一呼吸おいて、フローレンスは大きく深呼吸した。

 フローレンスが最初の言葉を発したときと同じ緊張を感じて、ノアも背筋を正しなおす。

「三冊目は、ちょっとここでは渡せないから、ついてきてくれる?」

 そういうと、フローレンスが階段を上がっていく。

 最上階の館長室まで階段を上がりきってやってくると、フローレンスは奥へと続く扉ではなく、反対側にある書棚の前に立って、なにやらごそごそといくつかの本をいじり始めた。

「これをこうして、こっちを取り出して、これを逆さに……と」

 最後に手に取った本を逆さにして戻すと、二つの書棚が音を立てて左右に開き、片開きの扉が現れた。

「隠し扉……!?」

「そう。二人なら大丈夫だと思うけど、この先のことは内緒にしてね」

 にっこり微笑むフローレンスの目の奥は笑っていない。秘密が漏れれば、二人のどちらかのせいだと思うからね、と言外に含まれているようで、ノアは大きくうなずいた。

「禁書エリアなんてあったんだね」

 エミリーも知らなかったらしく、一冊ずつ厳重に、鍵がかけられた本を眺めて感心している。

「ちょっと、人聞きが悪いってば。この部屋にあるのは、ギリギリで使っても大丈夫な古代魔法だけなんだから、そんなに警戒しないでほしいかな。もっと危ないのは地下に置いてあるし」

「ギリギリなの?」

「うん。ほとんど術者に害はないはずの魔法ばっかりだから」

「ほとんど? 害はないはずの?」

「細かいことは気にしないの」

 え、めちゃくちゃ気になるんですけど?

 声をあわせるノアとエミリーにいたずらっぽい笑みだけを返して、フローレンスは目当ての本の前にすいすいと進んでいく。

「はいこれ。古代の詠唱加速魔法の魔導書」

「はいこれって。ノアにくれるの? 大丈夫なの?」

 エミリーの問いに、フローレンスは首を振った。

「さすがに古代の魔導書はいどうぞ、は無理かな。でもね、館長権限で、ノアがこの場所でこの魔導書を閲覧・使用することを認めます」

「古代魔法の魔導書って、今は全般的に使用が規制されてるんじゃないの?」

「ギルドでばりばりやってるエミリーでも、そう思ってたでしょ? ところが、なのよ」

 フローレンスの顔には、先ほどと同じにっこりとした笑みが浮かんだままだ。

「古代魔法とか古代の技術って、全部が規制されてるわけじゃないんだよ。もしそれを厳密にやろうとしたら、魔力炉も魔法灯も使えなくなっちゃうし。確かに規制はあるけど、見極めてるのはしょせん同じ人間だから、基準も結構揺れるしね。だからここにあるのは大丈夫。もし何か追及されても、かわせるものばっかりだから。本職なめんなって話です」

 追及される可能性があって、かわす必要もあるのなら、それはほとんど駄目なのでは?

 ノアは、そう言おうとしたが結局やめた。フローレンスの笑顔が、祖父を屋上から突き落とした件を話していたときのそれだったからだ。

「あれ、ごめん。余計に警戒させちゃった? 本当に大丈夫だよ。例えばそうだね……身近なところでいうと、パイクさんが使ってる補助魔法……なんていったっけ? あのふざけた名前の」

「マッスルボム?」

「そうそう、筋肉爆弾ね……あれも、いろいろと薄めてあるみたいだけど、大元は古代魔法」

「嘘でしょ? パイクってばギルド長なのにそんな違法なことしてたの?」

「だから、違法じゃないんだってば。古代魔法の中でも、使っていいものと駄目なものがあって、パイクのはぎりぎりで使ってもいい部類のはずだから」

 使用することによる術者への負担。人間や環境に対する大量破壊の危険性。人道に反する毒や人心を操る魔法。いくつか規定はあるが、そうした古代魔法が規制の対象らしい。

 パイクがいつも無詠唱で使っている補助魔法、マッスルボムは、現在の主流である補助魔法とはルーツそのものが違うのだという。

 通常の補助魔法が魔力の活性化によって速度や力をあげるのに対して、マッスルボムはその名のとおり、筋肉を直接肥大化させることでパワーアップする。

 これを律儀に古代魔法規制法にあてはめると、使用することによる術者への過度な負担に該当する場合がある。

 しかし実際のところ、パイク本人への影響は、多少の筋肉痛程度のものだ。つまりはフローレンスがいうところの、『色々と薄められた』結果で、使用許可が下りている魔法なのだという。

「基準の曖昧さはそういう感じ。しかもノアくんに許可するこれは、魔法の詠唱を補助してくれるだけの平和的なものですよ? 大爆発を起こして都市を消し飛ばすとか、無差別に毒をまき散らすとか、そういう魔法じゃないんですよ?」

「え、そんな物騒な魔法もあるんだ!?」

 含み笑いのフローレンスが、たとえ話ですよとはぐらかす。

 あの顔は間違いなく、実際にあることを知っている顔だ。

 ノアはぞっとして、それ以上の追及をやめた。「使いこなす魔力は持っているのだし、そっちもついでに覚えてみませんか? 追及されてもわたしがかわしてみせますよ」などと言われかねない気がしたからだ。

「ノアなら大丈夫だと思うけど、念のため……これを使うときは体調万全、魔力満タンのときにしてね」

「消費魔力が大きいってこと?」

「そう。まあよほど相性が悪くなければ、危険はないはずだよ。わたしも試してみたけど、かなり魔力を使ったわりには、まあないよりマシって感じの補助魔法だったから」

「え、試したの!? もしかして他のも?」

「もちろんある程度の解読ができてからだけど、ここにあるのはまあ大体ね。自分のところの蔵書を知らないのはやっぱり、館長としてはいただけないでしょう?」

 フローレンスは、時々ものすごく思い切りのいいことをさらりとやる。

 普段の、館長としての丁寧な言葉遣いや物静かなふるまいより、こちらの方が素のような気がする。つまりは、祖父を屋上から蹴落としたり、古代魔法を試しに唱えてみたり、だ。

「まあ最初は基礎から勉強してみて、準備ができたら試してみてね。ちなみにエミリー、ノアに実験のことはもう話してあるの?」

「まだだけど、今日のこの用事のあとに相談するつもりだったよ」

「それじゃあちょうどいいわね」

 フローレンスとエミリーは二人でうなずきあうと、ノアに向き直った。

「相談しようと思ってたのはね、魔力がよどんだ根本的な原因を探るための実験なんだけど、聞いてくれる?」

「もちろん」

 いくら魔力炉にいっしょうけんめい魔力を注いでも、根本的な解決にはならない。

 そのことは、図書館の一件で残念ながら証明されてしまった。

 一時は、希望が見えたと大盛り上がりだったレイリアの人々も、図書館の明かりが消えたことで、意気消沈してしまった。

 根本的な解決のための手助けができるなら、ノアはそれこそ、できることならなんでもするつもりだ。

「そう身構えなくても大丈夫だよ。危ないことはないからね。ただ、魔力の消費がちょっとだけ激しいかもしれないくらいで」

 そう、フローレンスのやけに洗練された笑顔に一抹の不安を覚えたとしても、できることはなんでもするつもりなのだ。ノアは改めて決心すると、二人から詳細を聞くことにした。

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