第三話 神族のマリー
――ここはどこだろう?
辺り一面に広がる白い花。隙間なく咲くその花達は、さながら白い絨毯のようだった。その絨毯の上に、黒い髪と眼を持った、美しい女性………フレイヤがいた。
フレイヤは此方に気づき、微笑む。その微笑みはやはり優しく、悲しみを帯びていた。
白く透き通る彼女の肢体に不釣り合いなボロボロの布切れは、逆に彼女の神秘的な魅力を引き立てていた。
――フレイヤ!
名前を呼んでも、彼女は微笑んでいるだけ。
近づこうとすると、白い花たちが足に絡んで動けなくなる。目の前に何年も待ち焦がれた存在が在るのに、手に入れることが出来ない。
「アデル」
俺を呼ぶ声が聞こえる。だがその声は、昨日聞いたフレイヤの澄み切った声ではなかった。
………目を開けた。というか、今の今までフレイヤの存在を見失うまいと目を見張っていたというのに。夢とは不思議な感覚だとつくづく思う。
明るみに慣れ、まぶたを完全に開くと、目の前にカレンがいた。俺が目覚めたことで安心したのだろうか、安堵のため息を漏らすカレン。カレンのズボンが破れた跡と、傷がない脚を見て、アレが夢ではなかったことを確信し、俺も安堵する。
「にしても、何者だったのかしらね………、あの人たち。フレイヤって人は、アデルの言ってた人でしょ?じゃああのギムって人は、誰なんだろう?バルバドス様の話をしていたようだけど、良く聞こえなかったわ………。あまりいい雰囲気じゃなさそうだったけど。」
まったくその通りだ。彼らは、バルバドス様に敵対している。だとすれば、やはり彼らは悪魔で、魔族だ。そして、あの温かい光も魔術という物だろう。
やはり、神様は嫌いだ。どうしてフレイヤを、あんなに優しい人を悪魔などと……。あの魔術だって、神術や精霊術に並ぶ、いやもしかしたら、それ以上の力を発揮するかもしれないのだ。
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神術とは、バルバドス等神族の恩恵を受け、その神力を物や人に宿し、その力を行使するものだ。物に宿すのは簡単で、神術を用いたランプなどを始め、多くの生活必需品には神力が宿っている。しかし、その力は微力で、長持ちもしない。
人に宿す場合は物と違って、――才能に比例するが――膨大な力を発揮し、長持ちもする。ただしこの場合、心が穢れていてはいけない。なので、奴隷や貧しい民の中に、才あるものを見つけては、気絶させて神力を注ぎ勝手に行使するということが、この国では許されている。国に貢献するためと、触媒にされる者の家族には少しの金を与え、黙らせているのだ。
精霊術は、この世に居る精霊達の力を借りる術である。精霊はどこにでもいるので、気に入られれば簡単に力を使うことができる。もっとも、精霊と干渉する術を持っていなければどうにもならないが。
精霊術を学ぶことができるのは、財のあるごく一部の貴族や、王族などである。子供のような独占欲が、精霊術の普及を遮っている。
中には純粋に精霊に気に入られ、身に降りかかる危険から守られている者もいるが。
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アデルは授業で教わったことを思い起こす。どちらの術も、共通の欠点はある。それは、使用にかなりの時間がかかることだ。神力を具現化したり、精霊に干渉したりする間は、あまりに無防備。
それなのに、フレイヤは一瞬で魔術を行使した。そして、ギムの一言。
"お前のおかげで、バルバドスたちは此処に近づけもしない"
神々をも寄せ付けない能力……。なんか、かなり興味がわいてきたぞ………!
「カレン、旅に出よう。」
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「フレイヤ、ここにいたか!」
ギムとよく似た、しかしギムより若い男が、フレイヤに向かって走ってくる。
「レイド………」
レイドと呼ばれた男、実は、ギムの弟である。彼は、ギムのやり方に反発し、フレイヤの味方に付いていた。
「………兄貴と話したのか。」
レイドは、ギムの気配を目敏く見つける。多分、私の目が語っていたのだろう。私は今、どんな顔をしているのかな。きっと、ひどく見っともない顔をしていると思う。
「フレイヤ、震えてる。」
レイドは背中から手を回し、私を優しく包み込んでくれた。温かい彼の身体が、震えの止まらない私の体を落ち着かせてくれる。
久しぶりにギムと話した。とても怖かったし、ギムの力になれないことが悔しかった。それに、見限られたかもしれないと思うと、どうしようもなく胸が締め付けられる思いがした。
「なぁフレイヤ……、俺ならフレイヤにそんな思いさせない。兄貴なんかに、フレイヤはもったいないよ………。」
何回目だろうか……。こうやって見苦しく泣いて、レイドに気を使わせてしまうのは。そのたび、レイドは優しくしてくれるのに。ギムへの思いが、レイドに移ることはなかった。
それが、どうしても失礼なことに思えて、レイドにまで見捨てられるのかと思うと、悲しくて、たまらず私は泣き出してしまう。
無言で涙をこぼす私を見て、レイドはため息をこぼす。きっと、否定の意思だと受け取ったのだろう。それがいいことなのか悪い事なのかは分からない。ただただ、悲しい。
私は、我儘だ。
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「ハーイギム。元気にしてたかしら?」
陽気な声が洞窟に響く。声の主は、金髪碧眼の可愛らしい少女だった。だが少女の背中には、白い羽が生えていた。それは紛れもなく、神族であることを示している。
「メリーか。何の用だ」
「無愛想ね~。せっかくお父様に黙って密通してあげてるのに。大変なのよ?お父様を撒いてここまで来るのって……。」
メリーは、神族でありながら我らに協力してくれている。それがバルバドスの罠なのか、それとも彼女自身の気まぐれな性格が起こした只の暇つぶしなのか、それは分からない。
だが、彼女が寄越してくれるバルバドスの情報はかなり有効なものが多い。それに、彼女はフレイヤととても仲がいいのだ。なので、ギムは彼女を信頼している。
「奴も、ここはもう目をつけているのだろう?流石は唯一神といったところか」
「あら、情報が早いわね。……そうよ、お父様はここと、あとグラニーの世界の遺跡に目を付けているわ。まあ、グラニーの方はすぐ何もないと分かるでしょうけど。ここが拠点だとバレルのも時間の問題よ。尤も、フレイヤの力で近づけないでしょうけど。」
グラニーとは、四つある世界のうちの、二つ目の世界、ミッドラルの支配神である。因みにメリーは四つ目の世界、ディラカンダの支配神である。母が作った四つの世界に、バルバドスは自らの子供を置いている。我らの居場所を無くすためだろう。
メリーはバルバドスのことをあまり好いてはいない。なので、ディラカンダの民はあまり神を崇めていない。
そんな我らに無害な彼女だから、こうして洞窟に入ってこれるわけだが……。
「いつまでもフレイヤに頼ってはいけないだろう。時が来れば、バルバドスに戦を仕掛ける。戦力はないがな、何も出来ずに死んでいくよりはマシだ。」
そこまで言うと、マリーは真顔になった。何故フレイヤに頼ってはいけないのか、何故バルバドスと戦う必要があるのか、と私を宥めるのに必死だ。
「まあいざとなれば、私も協力してあげるけど、………このまま戦いを挑んでも無謀というモノよ?そんなことして、フレイヤが、お母様が喜ぶと思う?」
「………………」
「私はお母様に会ったことはないけれど、きっと優しい方だと思う。フレイヤがあんなに優しいんだから、きっとね。貴方達をお父様から逃がしたのがお母様なら、貴方が戦って死ぬなんて事、望まないはずよ……。」
それでも、後戻りはできないのだ。この溢れ出る負の感情を奴にぶつけなければ、私の気が済むことはないだろう。
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「カレン、とりあえずトークスに行こう。」
トークスとは、第三の世界とされる世界である、神術の研究が盛んで、もっとも神を崇める世界である。
「トークスに行ってどうするの?神術でも学ぶの?」
「いや、トークスへは神界の勉強をしに行く。奴らの情報をいっぱい持っていれば、きっとフレイヤの力になれるはずだ。」
そうすれば、きっと俺も受け入れられるだろう。そすうれば、俺だってフレイヤに頼られるかもしれないのだ。
きっと彼女等は外に出られないから、今の世界の情勢や神界の様子が分からないんだ。それを知る術を与えれば、フレイヤは笑ってくれるかもしれない。悲しみを帯びていない、幸せな笑みを浮かべてくれるかもしれない。
「さあ行こう、カレン!」
「まったくアナタって人は……」
意気込むアデルに呆れつつも、彼を守ってやろうと心に誓うカレンだった。
トークスを支配している神はレセルウスという神です。
バルバドスを尊敬していて、人間以上にバルバドスを崇めています。
神が神を崇めるのもおかしい話ですが……(笑)
ところで、この作品には宗教はあまりないことにしたいです。宗教について勉強するのは面倒ですし、一々宗教の内容を書いていたら、本編が進まないからです。
一応、バルバドス等神族を崇める「神教」オンリーでいきたいです!