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ヒロとエドは、ヒロの実家であるスミス侯爵家へ向かった。通された応接室には、ヒロの両親が座っていた。

エドは、今後もヒロと2人夫婦でいることになったことを彼らに伝えた。エドが、ご迷惑をおかけいたしました、と彼らに頭を下げると、ヒロも一緒に頭を下げた。


「…2人は、それでいいんだね」


父が、そう心配そうに2人を見つめる。エドとヒロは頷く。そうか…と、しかしまだ心配そうな顔をした父がそこにいた。

ヒロは、じっと両親の顔を見つめた。昔と変わらずにやさしくて、そして、ヒロのことをまっすぐに見つめてくれている。


「…私は、」


ヒロは口を開いた。両親はヒロの方を見た。


「あなたたちの本当の子どもじゃないと知ってから、あなたたちの顔をきちんと見ることができずにいました。あなたたちに愛してもらえる理由が、私にはわからなかったから。それでも今、彼に好きになってもらってから、私はもしかしたら、誰かに愛してもらえる人なのかもしれないって、そう信じられるようになった。そうしたら私は、やっとあなたたちの顔が見られたような気がします。私のことを、本当の娘として大事にしてくれるあなたたちの顔を」


ヒロの言葉に、両親は目を丸くした。母は、唇を震わせると目を伏せた。そして、またヒロの目を見た。


「…あなたをこの腕に抱いたときから、私はあなたのことを本当の娘だと思ってきた。血の繋がりがなくても、お腹を痛めて産んだ子どもではなくても、それでも、私はあなたの母になりたいと、そう願っていた」


母はそう言うと、瞳から涙をこぼした。ヒロは、そんな彼女の涙をまっすぐに見つめる。母の涙に、ヒロは心の奥底が揺さぶられる。母が、自分を想って涙を流すその姿に。

母はソファーから立ち上がると、ヒロのそばに来た。そして、ヒロの前にしゃがむと、彼女をだきしめた。ヒロは、彼女を抱きしめ返す。


「あなたを愛している」


母の言葉に、私も、私も愛しています、とヒロは返す。そんな2人を見た父は、口元を緩めると、2人のそばに行き、2人まとめて抱きしめた。













スミス侯爵家から帰る馬車の中で、ヒロは自分の育った街から離れていく景色をぼんやりと見ていた。胸の奥は安心したように温かくて、気がつくと口元が緩む自分がいた。


「…そういえば」


ヒロは向かい側に座るエドの方を見た。エドはヒロの方を見た。


「どうかしましたか?」

「…こういうことになったって、アディントン侯爵にはお伝えしなくても良いんでしょうか」


自分の両親には丁寧に話して、エドの親に何も言わないのは、それはどうなのか、とヒロは不安になる。しかしエドは、必要ないですよ、と頭を振った。


「彼らは興味がないんですよ、そんなこと。俺が結婚してどう過ごしているかなんて。自分の家に利益のある家の令嬢と結婚して、跡取りさえ生まれれば。本妻との子どもの方が良いとは思うでしょうが、究極、俺の子なら何でも良いと言うでしょう。その程度の関心しかありません」

「…そうなんですか…」


ヒロは、父親として冷酷なアディントン侯爵を思い出して目を伏せる。エドはずっと、彼に抑圧されてきたんだと、ヒロは思う。ヒロは、あの、とエドの方を見た。


「あなたが私の魔法を解いてくださるのなら、私もあなたにかけられた魔法を解きたい、解かせてほしいんです」


ヒロの言葉にエドは目を丸くする。そして、え、と声をもらす。


「俺にかけられた魔法、ですか?」

「私がジムに縛られていたように、あなたはお義父様にずっと縛られてきたんじゃないでしょうか?」

「…」


エドは少しだけ息を呑んで固まると、目を伏せて、そして、ありがとうございます、と微笑んだ。


「でも、彼から逃れることは、勘当される事態を招きかねませんから。あなたと生きていくためにも、彼とはうまく折り合いをつけてやっていきますよ。俺のことは大丈夫です」

「だ、大丈夫じゃないです!」


ヒロは勢いよくエドに言う。そんなヒロに、さすがにエドは少し動揺した顔を見せた。ヒロは少し考えたあと、私、と目を輝かせた。


「花屋さんとか、やってみたいです」

「は、花屋…?」


ヒロの突飛な発言にエドは混乱する。ヒロは微笑んで、はい、と頷く。


「あなたが彼から縛られないために、苦しめられないためにした結果が勘当なら、それなら、言われるがまま家を出ましょう。2人で生きていく方法はいくらでもあります。ここに居続けることだけが正解じゃないと思うんです」

「…」


ヒロの言葉にエドは呆然と彼女を見つめる。


「(…家を追い出されたなら花屋で生計を立てようなんて、相変わらず呑気な…)」


エドはそうは思うけれど、そんな夢物語がどうしようもなく嬉しくて笑みがこぼれる。


「…でも、あなたの実家がそんなこと…」

「許すと思います。彼らなら、私にとってそれが幸せなんだとわかれば」


ヒロはそう自信満々に言う。あんなに自分なんかと言っていた彼女の振り幅にエドは驚くけれど、しかしすぐに、ゆっくり微笑む。


「ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえるだけで、心強いです」

「本気ですよ、私!」

「わかってますよ」


ヒロの言葉にエドは微笑む。ヒロは、本当に信じているだろうかと疑う顔をする。そんなヒロの表情が面白くて可愛くて、エドはつい吹き出す。


「(…なんでこの人の側はこんなに落ち着くんだろうか)」


笑いながらエドはそんなことをまた考える。笑うエドに、冗談だと思われていることを感じたヒロは不服そうな顔をする。エドはそんなヒロに目を細めながら、あなたのことが好きです、と伝える。ヒロは目を丸くして、えっ、と声を漏らしたあと、私もです、と笑顔で返す。


「…って、なんか、好きですって言葉で誤魔化そうとしていませんか?」


訝しげなヒロの言葉に、エドはまた吹き出すと、そんなことありません、と笑いながら返した。エドは笑いながら、ヒロとなら本当に、この場所以外でも生きていけるのかもしれないと、そう信じた。











次の休日、また甥っ子と姪っ子が会いたいと言ってきた、とエドはヒロに申し訳なさそうに伝えた。ヒロは、わかりました、と快諾した。エドはそんなヒロに、しかし不安そうに、ありがとうございます、と返した。




オーサー邸に向かうと、義姉家族がそろってリビングにいた。リサは、以前会ったときよりも顔色がよく、ソファーに座って、ダグと遊ぶ双子を優しい笑顔で見つめていた。

ダンとリンは、エドが来たのを見ると急いで彼に駆け寄り、本を読んで、かくれんぼして、と口々にせがんだ。エドは、わかったわかった、と双子に両手を引かれながら、言われるがままに2人の要求に応えだした。


「お加減はいかがですか?」


ヒロは、手土産の果物をメイドに手渡したあと(花はもうやめておいた)、ソファーに座るリサの側に向かった。リサは、どうぞ座って、とヒロを促す。ヒロはお礼を言うと彼女の隣に座った。改めてリサを見たとき、ミイがリサの足元に体を寄せて寝ているのも見えて、ヒロは小さく微笑んだ。リサはヒロの方を見てほほ笑んだ。


「体調は少しずつ良くなってきたわ。このままつわりも終わってくれると良いんだけど」

「食べ物は召し上がれていますか?」

「少しはね。でも、お医者様にみせたらきちんと育ってるって言うから、大丈夫よ」


リサはそう言うと自分のお腹を撫でた。ヒロは彼女のお腹に視線を落とす。少し膨らんでいる彼女のお腹に、わあ、とヒロは声をもらす。


「ここに赤ちゃんがいるんですね…!」

「そうよ。…でも、ダンとリンのとき、同じくらいの時期にこんなにお腹が大きかったかしら」


リサは首を傾げる。すると、やってきたダグが、楽しみだな!と笑った。


「きっと2人より大きな子なんだな!」


嬉しそうなダグに、リサが呆れたような顔をする。


「…2人入ってる時より大きいお腹になる赤ちゃんってどんなのよ」

「ならまた双子か!」


また賑やかになるぞ、楽しみだなあ、と幸せそうに笑うダグを見つめて、リサはくすくすと微笑む。ヒロはそんな2人を見て、微笑ましい気持ちで笑う。


「ねえおじちゃま」


リンがエドに話しかける声がして、ヒロは声の方を見た。すると、エドが肩にダンをのせて、リンを前側に抱えて、重そうな顔をしているのが見えた。リサとダグは、その光景を見て笑う。


「エド、デスクワークばっかりしてるからそんなへっぴり腰になるんだぞ」

「…あなただってそうでしょう」


エドがダグに言い返すけれど、体格のいいダグを見て口をつぐむ。するとリンが、ねえおじちゃまってば!とエドの頰をぺちぺちと叩いた。エドが少し痛そうに目を細めてリンを見た。


「なんだよ」

「どうしてさいきんここにこないの?まえはもっとひんぱんにきてたじゃない」

「俺も色々忙しいんだよ」


とうとう限界を迎えたエドが、まずゆっくりリンをおろし、そして肩に乗るダンをゆっくり自分のお腹のところで抱きかかえた。するとダンがリンを見つめた。


「いいことじゃないかリン。おじちゃまのせいしんがおちついてるってことなんだから」

「なんだよそれ」


エドはダンもゆっくりおろすと、腰に手を当てて小さく息を吐いた。そんなエドを見て、ダグが笑う。

リンは、息を整えるエドの腰に抱きつくと、だっこ!とせがむ。エドは、はいはい、と言いながらリンを抱きあげる。それを見たダンは、ヒロの方に歩いてくると、ヒロの膝に抱き着いた。


「おばちゃま、だっこして」


そう上目遣いでねだるダンに胸を射抜かれつつ、ヒロは笑って、わかりました、と言ってダンを抱き上げた。ダンはぴったりヒロにくっつくと、居心地良さそうに目を閉じた。ヒロは、そんなダンが可愛くて、頬を寄せた。

すると、そんな2人を面白くなさそうな顔をして見ていたエドが、ダン、と呼んだ。


「おじちゃまが抱っこしてやるから、こっちにこい」

「おじちゃまにはむりだよ」


ダンは、ふいとエドから顔をそらす。エドが、できるって、とリンを抱えながらヒロとダンに近づく。ダンは、じっとエドの目を見たあと、やれやれ、と言いたげなため息をついた。


「おじちゃま、ようじにしっとなんてみっともないよ」

「…そんなものしてない」


ダンの方をバツが悪そうに見つめるエド。そんなエドを見て、ふーーん、とつぶやいたダンは、またヒロに頬を寄せた。そんなダンに目を見開くと、ほら俺のところにこいって、とエドは言うと、リンを抱く腕と反対の腕でダンを抱いた。ヒロは、そんなやりとりを見て小さく笑う。

リサは、一連のやりとりを少し驚いた顔をして見たあと、ゆっくり目を細めた。


「…エドって、ああいうことする子だったのね」


リサが笑うと、ダグが、え?と首を傾げた。リサは、口元に手を当ててくすくすと笑う。


「これからは、あの子らしく生きられそう。ヒロと一緒になら」


リサは安心したように口元を緩める。ダグが、姉離れはさみしいね、とリサの肩を叩く。リサは少し目を丸くしたあと、せいせいするわよ、と笑った。










日曜日、仕事が休みのランドルフは庭に出ていた。いつも行っていた学校の図書館には行く気にはなれず、庭で本を読んでいた。すると、誰かが自分の前に現れた。顔を上げると、マーガレットがそこにいた。ランドルフは目を丸くして、マーガレット…、と呟いた。


「先週から、図書館にいらっしゃらないじゃないですか」 


マーガレットは開口一番にそういった。ランドルフは、気まずそうに目を伏せる。マーガレットに自分への思いを告げられてから、図書館へは行きにくくなってしまったのだ。

マーガレットは、少し黙ったあと、顔をしかめて、私!と声を上げた。ランドルフは驚いてマーガレットの方を見た。


「私、ランドルフお兄様のことが好きです!」


ランドルフは、マーガレットの目を見つめて固まる。少しの間の後、すまない、と口を開いた。


「…今は考えられないんだ」

「ヒロのことですか?」

「……すまない」

「でも、もうふられたんですよね?」


マーガレットの普段とは違うずけずけとしたもの言いに、ランドルフは呆気にとられる。マーガレットは、真剣にランドルフの方を見つめる。


「私を、ランドルフお兄様のお嫁さんにしてください!私、本気です!」

「およめ…え?」

「私、諦めませんから!」


マーガレットはそう言うと、ランドルフの目を見て微笑んだ。風が拭いて、マーガレットの長い髪が揺らされる。ランドルフは、そんなマーガレットに目を奪われる。


「またいつもみたいに、図書館で待ってます、いつまでも」


マーガレットはそう言うと、失礼いたしました、とランドルフにお辞儀をして、そして去っていった。ランドルフは、しばらくマーガレットの背中を呆然と見つめていた。

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