54
アリスの誕生日パーティーから帰宅して、寝る準備を整えたヒロはエドの部屋に向かった。もう寝間着に着替えたエドは、ヒロの姿を見ると呼んでいた本を閉じた。
「すごく豪華なパーティーでしたね。さすがというか」
ヒロはそう言いながらいつもの自分の寝る定位置に腰掛ける。ソファーに座ったままのエドは、本当ですね、と返した。
「それに、色々ありましたね」
「本当ですね…。色々お騒がせしました」
ヒロは深々と頭を下げた。エドは、いえ、そういう意味では…、と手を振る。ヒロは顔を上げるとエドの目を見てゆっくり微笑んだ。
「あなたがいたから、私は今ここにいます。本当にありがとうございます」
ヒロの言葉にエドは目を少し見開く。ヒロは目を伏せて、私、と続けた。
「ずっと自分の居場所がわからなかったんです。私はジムを引きずっていたし、そのことを周りはよしとしなかったから。…実は、あなたとの縁談は断るつもりでいました。でも、その直前に自分が両親の本当の子どもではないことが分かって、これ以上彼らに迷惑をかけられないと思って、縁談を受けることにしたんです。血の繋がりがない以上、自分が彼らに大切にされる理由が私には分からなかったから。あなたのこともそう。好きだと言ってもらえても、信じられなかった。自分のことが一番信じられなかったから、大嫌いだったから」
ヒロはそう話す。エドはじっとヒロの方を見つめる。
「でも、あなたのことを好きになって、私も自分のことを好きになれた。あなたが好きでいてくれる自分のことを、信じられるようになった。あなたの表情や声や言葉をきちんと見ようと、聞こうと、そう思えるようになった」
ヒロはそう言ったあと目を伏せた。
「…そうなれたら私は、なんて周りの人に不誠実に接していたんだろうと、気づいたんです。私を育ててくれた2人のことも、私はきちんと見ることができていなかった」
ヒロの言葉に、エドは、それなら、と言った。
「近い内に、ご両親に会いに行きましょう」
エドの言葉に、えっ、とヒロは声をもらす。
「前回、仕事があったから、重要な話があるのにあなたを1人で実家に帰らせてしまいましたし」
「でも、」
「それに、結果報告もしないといけませんから」
エドの言葉に、ヒロは首を傾げる。
「結果報告?」
「…あなたと夫婦でいられるかの試用期間が始まったとき、1人であなたのご実家に向かったんです。俺はこれだけあなたの娘に不誠実だったけれど、心を入れ替えるので、少し時間をくださいと、そうお願いをしに」
エドの言葉にヒロは目を丸くする。そして、あの日のそこまで驚いていなかった2人の顔を思い出して、事前にエドが説明していたからか、とヒロは理解した。
「それで、両親は…」
「すごく詰められましたよ。滅茶苦茶に言われました。仕方のないことですけれど。その試用期間のことだって、最後まで渋々でしたよ。本音は今すぐにでもあなたに帰ってきてほしかったでしょうね」
「…」
「彼らを見て、ああこの人たちは本当にあなたを愛してきたんだなって、俺はそう思いました。だから、大丈夫だと思います。会いに行きましょう」
エドの言葉に、ヒロは目を伏せる。そして、はい、と頷く。
「そうします、そうしたいです」
ヒロの答えに、エドは微笑むと、そうしましょう、と言った。
部屋の電気を消して、お互いいつもの定位置で寝転んだ。ヒロは部屋が暗くなってしばらくしてから、少し離れたところで眠るエドの方を振り向いた。いつもの背中が、ヒロにはどうにも愛おしく見えて、ゆっくりと近づく。
「(……ええいっ)」
ヒロは勢いのまま、その背中に抱きついた。エドは、えっ、と声を漏らして少し体を揺らしたあと、顔だけ少しヒロの方に向けた。ヒロは顔が見られずに、エドの背中に顔を押しつける。
「………」
エドは暫し長考したあと、ヒロの方に体を向けて、そして、彼女の体を抱きしめた。ヒロは、彼の背中に手を回す。そして、彼の体に頬をぴたりとくっつける。
「(…安心する…)」
ヒロはそんなことを思う。彼の体温や匂いに、ヒロは心が柔らかくなる。
エドはヒロの体を抱きしめたまま、再び長考する。
「(…これは、そういう機会が来たということか、そうなのか…)」
エドは悶々と考え込む。
ヒロはエドの顔をちらりと見る。
「(…可愛いな…こんなに格好いい人なのに、なんで可愛く見えるんだろうか)」
「(…いや、ご両親に正式に挨拶をしてからでないと…って、これは俺が逃げているのか、ヘタれているというのか…)」
「(…不思議だ、可愛い…)」
はたと、ヒロとエドの視線がぱちりと合った。お互い少しずつ顔を赤くすると、気恥ずかしくてどちらともなく視線をすすすとさげた。
ヒロは、熱くなる頰を感じながら、そうか、と心の中で呟く。
「(夫婦となれば、そっか、しかも私の方から…)」
ヒロは、自分が女性として少し恥ずかしい行動をしたことにようやく気が付き、背中に汗が噴き出す。エドはゆっくりヒロに顔を寄せる。ヒロは慌てて目を閉じる。
「(もう嫌じゃない、怖くない)」
そう感じたヒロの額に、エドの唇が軽く触れた。ヒロはゆっくり瞳を開ける。エドはヒロのことをまた抱きしめる。
「(…額にキスって、子どもでもできる…俺はなんでこうもぽんこつなんだ…)」
「…」
ヒロは、額に触れた感触を思い出しながら、小さく微笑むと、またエドの背中に手を回した。
お互い抱きしめあったまま、離れることもできず、もしかしてこのまま眠るのだろうか、とお互いの頭によぎる。
「…」
「…」
「(眠れるだろうか…)」
「(眠れるだろうか…)」




