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屋敷にヒロとエドが着いた頃には、もうすっかり夜になっていた。帰ってきた2人の顔を見たハンナは、諸々察したのか、深い安堵のため息をついた。周りの使用人たちもそれぞれ安心や喜びの表情を浮かべていた。


そして、ヒロとエドは久しぶりに一緒に食事を取った。2人がそろった和やかな空気の中での食事に、料理人たちも嬉しそうな顔で窓から様子をのぞき込んでいた。

また、久しぶりにヒロとエドは一緒の部屋で寝た。他愛ない話をして、お互い相変わらずの定位置で横になり、静かに眠りについた。






2人で朝食を取り、ヒロは中庭へ向かった。仕事へ行く枝を見送ろうと、そこで作業をしながら待っていたら、本を一冊持ったエドがやってきて、ガーデンテーブルに腰掛けた。ヒロは、あれ、と呟いてエドの方を振り向いた。


「あれ、お仕事は…」

「今日は休みなんです」


伝えられていなかったんですが…、と少し気まずそうにエドは続ける。そう言われて、確かに最近はそんな話をする状況ではなかったと思い、ヒロもバツが悪そうに苦笑いを返した。

ヒロは、エドが静かに本を読む横で、黙々と花の世話をした。今日は天気が良く、暖かい日差しは眠たくなるほど優しい。エドとも一応仲直りができた。しかしやはり、ヒロの心は晴れない。


「(…マーガレット…)」


ヒロは花を見つめながら、綺麗に思えない原因に心を握りつぶされる。重い気持ちで花を見つめたあと、ふと、エドの方を振り向いた。


「…あの、質問してもいいですか?」


ヒロに尋ねられて、エドは、ええ、と頷いて、読んでいたページのところに指をはさんで、本を閉じた。


「ご友人と、喧嘩したことってありますか?」

「喧嘩…ないですね」


エドはきっぱりと答える。ヒロは、そう言われるとそれ以上何も言えず、そ、そうですか…、と返す。エドは、そもそも、と続ける。


「俺は友人がウィルしかいませんので。彼は他人と喧嘩するタイプではありませんから」

「へえ…、あれ、前に学生時代の友人とお話されてませんでしたっけ?」

「彼らは、俺が捻くれてから多少関わっていただけで、友人と呼べるほど親しくありません」


エドの言葉に、パーティーで見た人たちは、エドの元の性格上は合わない人たちだったのかな、とヒロはぽつりと思った。ヒロは、そうですか…、とだけ返した。エドは、そんなヒロをじっと見つめた。


「…誰かと喧嘩したんですか?」

「えっ?」

「そんなことを聞くということは、そうなのかな、と」


ヒロは目を泳がせたあと、はい…、と苦笑いをもらした。


「実は、マーガレットと…」

「そうなんですか…」

「喧嘩したことなんかなくて、どうしたらいいのかなって…」

「…その相談相手に、俺は不適格ですね」


ヒロは、そのようですね、とは言えずに苦笑いだけ返す。エドは、でも、と口を開く。


「仲直りをしたいのなら、会いに行くべきだと思います」


エドにそう言われて、ヒロは花に視線を落とす。深呼吸をしたあと、そうですよね、と覚悟したように呟く。


「私、会いに行ってきます」


ヒロはそう言うと立ち上がった。エドは、はい、と頷いたあと、え、今から?と目を丸くした。ヒロはそのまま馬車の運転手を呼びに行き、彼を連れて馬車乗り場に向かった。そして、屋敷から出ていった。


エドは呆然とその背中を見送ったあと、小さく微笑み、読みかけの本を読み始めた。ヒロが世話をしている花に時々視線をやりながら、暖かい春の庭でのんびり本を読み進めていた。

すると、屋敷に馬車がやったきた。エドがそちらへ視線をやると、馬車からマーガレットが降りてきた。

エドは目を丸くして立ち上がった。マーガレットは急いだ様子で屋敷の方へ歩いてきた。そして、エドに気がつくと眉をひそめて、エドの前に立った。そして、責め立てる口調で話しはじめた。


「あなたねえ!本当にいい加減にしなさいよ!!」


怒りをぶつけてくるマーガレットに、パメラの件かとエドは察するが、少し待ってくれ、と彼女を落ち着かせるように言った。マーガレットは眉の端を大きく持ち上げたまま、エドを見た。


「なによ!」

「ついさっき、ヒロは君の家に向かったんだ。君に謝りたいからって」

「えっ…」


マーガレットは目を丸くして固まった。そして、お邪魔しました!と言い捨てると、慌てて乗ってきた馬車に乗り込んだ。エドは呆然と彼女の背中を見つめたあと、小さく微笑んだ。










ヒロは、落ち着かない気持ちで馬車に揺られていた。マーガレットに会って、謝ったとしても、拒絶されたとしたら。


「(…こわくても、それでも謝りたい。マーガレットに会いたい。ちゃんと彼女の顔を見たい。自分の中の想像で怯んだまま、終わらせたくない)」


ヒロは手をぎゅっと握りしめて、深呼吸をした。そして、どんな言葉で彼女に謝ろうか、そんなことを繰り返しずっと考えていた。

すると、ヒロ、という声がした。一瞬空耳かとヒロは思ったけれど、しかしまた、確かに声がした。ヒロは馬車の窓を開ける。すると、しっかりと、ヒロ!!という声がした。声の方を見れば、後ろの馬車から顔を出すマーガレットが見えた。


「マーガレット!」


ヒロはそう叫ぶと、止めてください!と運転手に頼んだ。止まった馬車からヒロが降りると、後ろで止まった馬車から降りてきたマーガレットが、走ってヒロの方へやってきた。そして、その勢いのまま、ヒロに抱きついた。ヒロは目を丸くしてそんなマーガレットを受け止めた。


「ごめんなさい!」


マーガレットはヒロから体を離すと、ヒロの腕をつかんだまま、ヒロの瞳を見てそう言った。ヒロはそんなマーガレットを見つめ返す。ずっと一緒にいた、優しくて強くて真っすぐな、大好きな瞳を見つめ返す。彼女になりたいと思っていた。憧れもあり、そして嫉妬もあった。それでもやっぱり、ヒロは彼女のことが大好きでたまらないのだ。

ヒロは、マーガレットを前にして、考えていた言葉など全て飛んでしまった。


「…ごめんなさい、マーガレット…」


ヒロは、マーガレットの腕に手を添えて、震える声でそう言った。


「私は、自分ばかりが不幸だと勘違いしていた。あなたにだって当然のように苦しいことがあるのに、それをわかっていなかった」

「私だって、あなたがどれだけ苦しんできたのか横で見てきたのに、それなのに、あんな言い方をしてしまったわ」

「いえ、私のほうが…」

「違うわ、私が、」

 

ヒロとマーガレットは見つめ合い、そして、どちらからともなく少しずつ笑いはじめた。幼い頃のままの笑顔に、ヒロは安堵の気持ちがあふれる。マーガレットは、ヒロが笑っているのを見ると、またヒロのことを抱きしめた。


「あなたの良いように未来を選んで。私のことは気にせずに、よ」


マーガレットはそうヒロに呟く。ヒロは、実はね、と口を開いた。


「私、エドのところに残ることにしたの」

「えっ!」


マーガレットは慌ててヒロから体を離し、そして心配そうに見つめた。


「もしかして、私のせいで…」

「違うわ!全て自分で考えたの」

「そう…」


マーガレットは、しかしまだ不安そうにヒロを見つめる。ヒロはそんなマーガレットを見つめて、眉を下げた。


「エドのことは、私が誤解してただけだったの。本当のことを聞くのが怖くて、自分で決めつけてしまってた」


ヒロが言うと、なあにそれ、とマーガレットは目を丸くした。ヒロは返す言葉もなく、ごめんなさい…、としか言えない。


「…でも、ちゃんと聞けたのね?」


マーガレットがヒロに尋ねる。ヒロが頷くと、マーガレットはゆっくり微笑んだ。


「それなら良かった。…ちょっと複雑だけど」


マーガレットの言葉にヒロは頬を染めつつ、複雑?と首を傾げた。マーガレットは、だってえ、と口をとがらせる。


「結婚当初の振る舞いが振る舞いだったからさ、なんか気に食わないのよね」


マーガレットはそう言いながら不貞腐れる。ヒロはそんなマーガレットを見て、小さく微笑む。


「…マーガレット、ありがとう、大好き」


ヒロの言葉に、マーガレットは少し目を丸くしたあと、嬉しそうに頬を緩めて、私も、と返した。2人で笑いあっていると、マーガレットがヒロの目を見て、そして改めて笑った。


「私、ランドルフお兄様のことが好きなの。…お兄様がヒロのことを好きだって知ってたから、ヒロと気まずくなりたくなくて、言えなかった。黙っていたくせに、あんなことを言ってしまって、本当にごめんなさい」

「そんなことない、あなたが謝ることじゃない」

「ありがとう。…ランドルフお兄様は、私が必ず幸せにするわ。ヒロに振られて良かったって、ぜったい、思わせるんだから!」

「マーガレット…」

「私、頑張ってみる!ヒロのことを言えないわ。私だって、好きだなんて、一度も言えていなかったんだもの」


マーガレットはそう言うと、またヒロに抱きついた。ヒロは、そんなマーガレットを抱きしめ返した。


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