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翌日、ヒロは朝早く目が覚めた。自分で進む道をようやく決められたからか、心は不思議なほど落ち着いていた。

着替えをして食堂に向かうと、ヒロは1人で朝食を取った。最近ずっと暗い顔でいたせいか、これまで親しげに話してくれた使用人も、ただ黙って控えているだけだった。そんな空気をつくったのが自分である以上、ヒロは申し訳なさを感じて、あ、あの…と話しかけた。


「お、美味しいです…」


ヒロがそう言うと、使用人たちはそれぞれ顔を見合わせた。そしてまたヒロの方を見た。使用人たちは安心したような嬉しそうな、そんな顔で、それは良かったです、と微笑んだ。そんな彼らに、ヒロは小さく笑った。



朝食を終えると、ヒロは中庭に足を運んだ。じょうろに水を汲み、花壇に水をやった。春の早朝は、まだまだ肌寒い。ヒロは変な色のストールを首に巻き、ふう、と小さく息を吐いた。空を見上げると、とても良い天気だった。ヒロは目を細めて、青い空を見つめる。

すると、仕事に行くらしいエドが屋敷から出てくるのが見えた。ヒロは花壇に向けていた体を、エドの方に向けた。エドはヒロに気がつくと、少し驚いたような顔をしたあと、ヒロの前に来た。


「…おはようございます。今日は早いんですね」

「おはようございます。最近ずっと寝坊していましたから。いい加減、普通にしなくちゃと思って」


ヒロはそう言うと、エドを見上げて苦笑いをした。

エドは、そんなヒロを見て固まる。


「(…普通に、戻っている…?)」


エドは、ヒロの様子に狼狽える。エドはヒロの表情をまじまじと見ながら、頭の中で、いや違う、と呟く。


「(…結婚当初の雰囲気に戻っている…)」


昨夜言っていた通り、自分とは仮面夫婦でいる道を選んだらしいヒロに、エドは硬直する。パメラのことが原因だというのはわかりきっているのに、説明する隙を与えてもらえないことが、エドはもどかしい。エドは小さく咳払いをしたあと、それでは、と言った。ヒロは、はい、と小さく微笑むと、また花壇に向き直った。


「(…夕食に間に合うかどうかも、もう言わなくていいのか…)」


エドは、背中を向けてしまったヒロのことを少しだけみながら、後ろ髪を引かれる思いで馬車に向かった。







ヒロは、再びスミス侯爵家に向かった。実家には、両親しかおらず、ランドルフは帰るまでもうしばらくかかるようだった。


「ごめんなさいね、待たせることになって」


リビングのソファーに座るヒロに、向かい側に座る母が言った。ヒロは、いいえ、と頭を振った。


「…それで、どうするのかな」


母の隣に座る父が、ヒロに尋ねた。ヒロはまっすぐに2人を見つめて、アディントン侯爵家に残ることにします、と告げた。


「…それでいいのかな、エドと夫婦でいることを選ぶのか?」


父が確かめるようにヒロに聞いた。ヒロは、はい、とよどみなく答えた。母はヒロの方を見て、エドとよく話し合ったのね?と尋ねた。その言葉にも、ヒロはよどみなくはいと答えた。


「なら、エドのことが好きなのね?愛しているのね?」


母はそうヒロに問うた。ヒロは母の目を見つめて、はい、と答えた。母は少しの間ヒロの目を見たあと、そう、とだけ答えた。父はヒロの方を見ると、それじゃあ、と話し始めた。


「…ランドルフには、私たちから伝えるよ。ヒロからは言いにくいだろうし」

「でも、」

「大丈夫よ。ランドルフもわかってくれる」


母はそうヒロに言った。ヒロは目を伏せると、ありがとうございます、と2人に頭を下げた。







馬車まで送ると言った両親に、中庭を見てから帰りたいから、と伝えて、ヒロは1人で屋敷を出た。

数日前と変わらずに良く整備された花壇を、ヒロはじっと見つめる。相変わらず花をきれいだと思えず、ヒロは落胆してため息をつく。もう帰ろうかと思った時、ヒロ?という声がした。顔を上げると、ランドルフがそこにいた。


「お兄様…」

「どうしたんだ?…やっぱり、エドのところはいられなかったか?」


ランドルフがそう言いながらヒロのそばに来た。ヒロは、ランドルフを見上げる。


「いいえ」


ヒロはまっすぐにランドルフを見つめる。ランドルフは、ヒロの様子に何かを察して眉をひそめる。


「エドの妻としてアディントン侯爵家に残ることを決めたので、そのお話をしに来たのです」


ヒロの言葉に、ランドルフは神妙な顔をする。しばらく黙ったあと、ランドルフは重いため息をついた。


「…あんな奴でいいんだな?」


ランドルフは、そうヒロに尋ねた。ヒロはランドルフの瞳を見つめ続ける。優しい兄にいつも助けられてきた。ヒロは心から慕ってきた。そんな人が差し出した手を払うことはひどく胸が締め付けられることだった。それでも、そんな人のところへ不誠実に逃げ込むほうがきっと酷い。ヒロは、何もなくただただ兄妹で笑いあえた日々を思い返す。


「…こんな愚図な私を、好きだと言ってくださって、結婚まで考えてくださって、本当にありがとうございました」


ヒロはそう言って頭を下げた。ランドルフは、そんなヒロを見つめて、眉を下げて苦しそうに笑った。


「…ぐずだって言って、俺はお前を苦しめていたんだな」


ランドルフはそう言うと、すまない、とヒロに頭を下げた。ヒロは、え、と目を丸くする。


「お前が可愛くて、愛おしくて、…そんな気持ちでぐずだって言ってたんだ。…いや、俺が実はこう思ってたなんて、何も意味をなさないな。お前を傷つけてたことに何も変わりはないのだから。…俺は結局、ヒロの気持ちなんかちゃんと見ていなかった」


ランドルフは、ヒロの目を見ると、強引に話を進めて、すまなかった、とまた頭を下げた。ヒロは、そんなことは…、と頭を振る。


「…お兄様は私のことを心配してくださっていたのですから」

「でも、お前を困らせていたら何の意味もない。…マーガレットに叱られていたのに、俺は何も学べなかったな」


ランドルフの言葉に、ヒロは、え、と声をもらす。


「マーガレットが、ですか?」

「ああ。可愛がってるつもりでも、ヒロの方は嫌がってるって。…マーガレットの言う通りだったな」


ランドルフはそう悲しそうに笑う。ヒロは目線を下げて、そうだったんですか…、と声を漏らした。ヒロは胸が締め付けられて、苦しくなって、唇をかみしめた。ヒロは深呼吸をすると、ランドルフの方を見て、それでは失礼いたします、と頭を下げた。


「…幸せにしてもらえ。何かされたら、いつでも帰ってこい」


ランドルフは、ヒロを見てそう優しく微笑んだ。ヒロは、その優しさに胸を貫かれる。自分は、こんな優しい人も欺こうというのか。ヒロは罪悪感に溺れそうになるけれど、しかし、彼に笑顔を見せる。エドと正式な夫婦になることを決めた顔を作って。







本日は城で会議が連続で開かれたため、エドが事務室に戻ってきたのはほとんど夕方になってからだった。昼食すらまだだったエドは、しかしまだやることが山積みのため、それを先に済ませるために机に座ると書類を並べ始めた。

すると、隣に座っていたウィルがエドのそばに近づいた。


「一応報告だけど」

「ああ、どうした?」

「パメラが、隣国へ出国したよ。これでそうそうこっちへ帰ってくることもないよ」


ウィルの言葉に、エドは安堵のため息をつき、そうか、と呟いた。ウィルは、んで、と続けた。


「取り敢えず、王国の兵士は引き上げるって叔父さんが言ってたよ。でもなんかあったらすぐ言ってってさ」

「ああ、…本当に、お気を使っていただいて、」

「叔父さん、ヒロとのことも心配してたけど」

「…」

「…その様子だと、まだ説明できてないんだね」


エドは、バツが悪そうにウィルから視線を逸らした。ウィルが腕を組んでため息をついた時、事務室の扉がノックされた。ウィルが、はーい、と返事をした。このドアをノックする人が珍しく、事務室にいた人たちが扉に注目した。扉を開けて入ってきたのは、アリスだった。

貴族の男たちが、アリスの登場に一気に色めき立った。彼女を一目見ようと、奥にいた貴族まで顔を出している。

ウィルが、その人混みを避けながら、ドアのそばに立つアリスに近づいた。


「あれ、アリスじゃん。叔父さんとのお茶会だっけ?」

「ええ。それが終わりましたので、少し顔を出させていただきました」

「珍しいね。どしたの?」

「エドとお話ができたらって」


アリスはにこにこと微笑んだ。アリスの発言に、男たちの視線が一気にエドに向かう。椅子に座っていたエドは、その視線に動揺する。そんなエドに男たちが、口々に不満をぶつけだした。


「…お前…奥様一筋とかいうのはどうなったんだ!!」

「前はパメラ嬢とベタベタして…こんどはアリス嬢か?!」

「罰が下る!罰が下る!!」

「というか、実家に帰った奥様を迎えに行くとかいって、その後どうなったんだよ?仲直りしたのか?」


そんな疑問に、エドはダメージを受ける。固まるエドに、一瞬男たちは口をつぐんだあと、怒りの形相をエドに向けた。


「まさか…まさか奥様とうまくいってないのか?!だからまた女性に声をかけだしたのか?!」

「お前、またあの女たらしに戻る気か?!」

「やめろ馬鹿!!ぜったいそんなの許さねえから!!」


怒号が飛び交う中、エドは頭痛に苦しめられる。アリスはそんな様子をただ笑顔で見つめる。ウィルは、えーっと、と口を開く。


「ここで会話は無理だから、違う部屋へ行こう。こっちこっち」

「はい、お兄様」

「ほら、エドも早く」


ウィルはエドを手招きした。エドは、周りの視線が痛いほど刺さりながら、事務室を後にした。





開いていた部屋に3人が入ると、ソファーに腰掛けた。エドはアリスの向かいに座り、アリスの隣にはウィルが座った。


「…そういえば、俺っていても大丈夫?」


ウィルがアリスに尋ねた。アリスは、もちろんですわ、と微笑む。エドが、頼むからいてくれ、とため息をつく。


「アリスと2人きりでいたら、事務室の奴らに何をされるかわからん…」

「それじゃあ、俺もここにいよう。で、エドに何の用?」


ウィルがアリスに尋ねた。アリスは、はい、と微笑んだ。


「実は先日、ヒロに会いましたの」


アリスの言葉に、そういえばハンナづてに、ヒロの友人が家に来る予定だということを聞いていたようなことをエドは思い出す。アリスは頬に手を当てて、ですので、と言った。 


「一応、エドとヒロがこんなことになった責任の一端が私にもあると思いまして、パメラと会った日の誤解を、差し出がましいとはおもいましたけれど、私が解こうと思ったんです。…けれど、少し別件で問題が起こり、説明ができませんでした」

「別件?」

「まあ…女性には色々ありますから」


ウィルの質問に、アリスはにこにこ笑顔で返した。


「おそらく、まだヒロへの誤解は解いていないかと思ったのですが、どうでしょうか?」

「…解けてない」

「ですわよね」


エドの答えに、アリスは頬に手を当てて微笑む。エドは、ぐ、と口をつぐむ。

アリスは微笑を浮かべたままエドの目を見た。


「…少し、あの日のヒロの様子が心配で、ですので、近い内にお会いする時間を作って、私の方からまた誤解を解こうかと思ったんです。でも、…男のメンツというものもあるかと存じますので、せっかくお城に来る用事があったものですから、エドの許可をとってからにしようかと思いまして」


アリスの言葉に、エドは目を丸くする。ウィルは、心配になるような様子ってどんなだよ、と尋ねた。するとアリスは、女性には色々ありますから、と笑顔で返した。

エドはアリスの目を見て、ありがとう、と返した。


「…でもやっぱり、俺の口から言いたい」

「まあ、ここまで言えなかったのに、まだ粘られるんですか?」

「うっ…、でも、…言いたいんだ」


エドの言葉を、アリスはにこにこと聞いていた。


「わかりましたわ。私からお伝えは致しません。お仕事がお忙しい所、お時間頂きありがとうございました」


アリスはエドに頭を下げた。エドは、こちらこそ、すまない、気を使わせて、と謝った。

アリスは、またエドの方を見ると、小さく微笑んだ。


「なんだか、恋愛小説の展開みたいで、私、ドキドキいたしますわ」


ふふ、と微笑むアリスの腹の底がわからずに、エドは顔が引きつる。ウィルは、本当に責任の一端を担ってる自覚ある?と呆れたように言った。

アリスは、にこりと微笑むと、それでは失礼いたします、と言って立ち上がった。エドは、…それじゃあ、と力なく返したわ

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