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エドは、城の事務室で仕事をしていた。昨日、王子の会議デビューを問題なく終えることができた。エドの事前説明が素晴らしかったと、周りからは讃えられた。

そんな華々しい戦果の後は、王子のために時間を割いたことで溜まった事務仕事の消化作業だった。エドは地道に黙々と仕事を進めていく。周りの貴族たちも自分の仕事に没頭している。エドは、仕事のことだけを考えていればいいこの空間に癒される日が来るとは、と内心驚いていた。

すると、部屋にウィルが入ってきた。


「おっ、先生じゃん」

「…先生?」

「そ。パーシー王子の先生を、次の会議出席の時もエドにしようって話が出てるよ」


よかったね、とウィルはエドの背中を叩いた。エドは、ああそう、と少し覇気のない様子で返した。


「まあ、一旦激務が終わってよかったね。急ぎの仕事がないなら、今日は早く帰ったら?」

「…明後日提出の分があるから、それを急ぎでまとめている」

「手伝うよ。俺手が空いてるし」

「いや、いい」


エドはウィルの申し出を断る。ウィルは、遠慮するなよ、と返す。


「ここ数日遅くまで残ってたんだろ?休日まででてきてさ。久しぶりにヒロとゆっくりしたら?」


ウィルの言葉に、エドの心の地雷が踏みにじられる。固まるエドに、えっ、とウィルは目を丸くする。


「もしかして、まだあの誤解とけてないの?」

「…色々あったんだよ」

「それ以上こじれる前に、俺がヒロに話しに行くよ。俺だけだと怪しいからアリスも連れて行くからさ」

「…あの日アリスも来てたのか。……いや、来てもらっても仕方ない」

「なんで?」

「……ヒロは実家に帰ったから」


エドの言葉にウィルは固まる。しばらく硬直したあと、ウィルは、えっと…、と話し始めた。


「…プラスに考えよう。例の件で君が浮気したと誤解して、それで実家に帰ったのだとしたら、それはもうヒロが君のことを好きだという解釈で良いのでは?だめだよ、出ていかれる前に引き留めなくちゃ」

「…引き留められなかったんだよ」


エドは、あの日のヒロの顔を思い出す。自分が釈明をしようとしたときの、あのおびえた顔。あの夜の時から、エドはヒロのおびえた顔を見られなくなっていた。

エドの横顔を見つめながら、ウィルは、まあ、と呟いた。


「色々聞きたいけど、実は俺、君を呼びに来たんだよ」

「どこに?」

「叔父さんの部屋。君を呼んでるんだ」


ウィルの言葉にエドは目を丸くして固まった後、それは早く言ってくれよ…!とウィルに凄み、慌てて立ち上がった。ウィルはそのエドに続いてゆっくり立ち上がった。






国王の部屋に向かうと、重厚な扉の先に、立って待機するアディントン侯爵の姿が見えた。そしてその奥の王座に、国王が座っていた。

エドは深くお辞儀をして、父の隣に立った。ウィルは、国王の隣に立った。

国王は、荘厳な顔つきでしばらく黙っていた。エドは、重い緊張感の中、じっと国王を見つめる。国王は、しばらくの間の後、ゆっくりと口を開いた。


「…ありがとね」


そう、ぽつりと一言だけ国王は告げた。エドは、内心、え、と声をもらす。国王の隣にいたウィルが、パメラの件で感謝してるんだって、と補足をした。アディントン侯爵は、もったいないお言葉…!と言うと深々と頭を下げた。それに続いて、エドも頭を下げた。

国王は、何やらひそひそとウィルに耳打ちをした。ウィルは数回頷くと、アディントン侯爵の方を見た。


「アディントン侯爵は、次の会議の時間だろうから、退出しても良い、とのことです」

「お気遣い誠にありがとうございます、しかし、陛下より大切な会議など…」

「もう話も終わりだそうです。退出していただいて結構ですよ」


アディントン侯爵は、国王からウィルを通してそう言われると、また深々と頭を下げ、そして部屋から出ていった。エドは、自分だけ残されたことに首をかしげる。国王は、エドの方を見ると、ちょいちょいと手招きをした。エドは不思議に思いながら、少しずつ国王のそばに近づいた。国王はまた荘厳な顔つきをしたあと、ゆっくり口を開いた。


「……大丈夫だった?」


国王の言葉に、えっ、とエドは声をもらす。するとウィルが、ヒロとのこと心配してるみたい、と補足した。エドは、あ、ああ…とつぶやくと、はい、大丈夫です、と返した。

するとウィルが、エドに聞こえる音量で国王に、ヒロと喧嘩しちゃったみたいですよ、と内緒話の恰好をして告げた。エドは、内心ウィルに、おいっ、とつっこむ。

ウィルの言葉を聞いた国王が、少し目を丸くしたあと、ウィルにまたこしょこしょと内緒話をした。ウィルは、うん、うん、と頷くと、エドの方を見た。


「近い内に、この部屋にヒロを呼んでお茶会でも開こうかって。叔父さんからヒロに説明してくれるらしいよ」

「いえ、そんなことは…!」


エドはすかさず断る。そして目を伏せると、私は、と続けた。


「自分の口から、信じてもらえるように話したいんです。お心遣い、痛み入ります。けれど、お気持ちだけ、有り難くいただかせてください」


エドはそう言うと国王に頭を下げた。国王は、肘置きに腕を置いて、しばらく黙ったあと、がんばってね、と呟いた。ウィルは、応援してるってさ、と補足した。それに対してエドは、さすがに、それはわかる、と内心つっこんだ。





エドはウィルとともに事務室に戻った。エドはまた作業を再開した。ウィルは、そんなエドを見る。


「アディントン侯爵も、陛下からお褒めの言葉をいただいたとあれば、もうルンルンだね」

「ああ…」

「息子を売ってまでして、ほめられてよかったんじゃない?」


ウィルはそう言うと、デスクの上に書類を広げた。エドはそんなウィルを横目で見る。ウィルは、そうだ、と言った。


「駄目じゃん。ヒロ帰っちゃったんでしょ?迎えに行っておいでよ。いつから実家に帰ってるの?」

「昨日。…彼女もしばらく俺と離れたいんだろ」

「そんなこと言ってたらそのまま夫婦期間の期限が終わるよ。今月まででしょ」

「…」

「それに、君がヒロを本当に好きなら迎えに行くべきだ。ヒロに帰れって言われたら、…その時は素直に帰ればいい」


ほら、とウィルは促す。エドは、手元に残る仕事に視線を移す。ウィルはため息をつくと、その書類を持って立ち上がった。そして、席で作業をする貴族たちの方に向かった。エドは、お、おい、とウィルを追いかける。


「すいません、今手が空いてますか?」


ウィルが貴族の男たちに話しかけると、彼らは怪訝そうな顔をした。


「空いてないよ」

「エドの奥さんが、実家に帰っちゃったみたいなんです。このままじゃ離婚かも…。この仕事さえ終われば、エドは迎えに行けるみたいなんです。手伝ってもらえませんか?」


エドは、家庭の事情を話されたことに背筋が凍る。しかし、男たちはその話を聞くと全員勢いよく立ち上がり、ウィルの手にある書類を分担し始めた。そして、男たちの1人がエドの方を見た。


「このくらいやっておくから、早く帰れよ」


男の言葉に、エドは目を丸くする。すると、分担作業をしていた男たちが、そうだそうだ、とエドの方を見た。


「早く奥さんと仲直りしてこいって」

「男なんて、奥さんに平謝りするしかないんだから」

「こっちは気にせずに、ほら」


男たちにそう背中を押され、エドは少し呆然とする。そんなエドの背中を、ウィルが軽く叩いた。


「驚いたな…。君を本気で心配する人の割合が以前より増えてる。依然、ご令嬢をとられたくない層のほうが多いけど」

「…なんだよその分析は」


エドは少し考えたあと、ありがとうございます、と頭を下げた。男たちは、おう!と気味よく返す。エドは彼らにまた頭を下げたあと、事務室をあとにした。












今月末にエドとの結婚生活を継続しないことを選べば、ランドルフと結婚する、という話のあった翌日、ヒロは浮かない顔で中庭にいた。

両親たちはヒロに変わらずに優しく接してくれるけれど、ヒロはそれを素直に受けられない。さらには昨日あんな話があって、ヒロはよけいにこの家にいづらさを感じていた。


「(…そして、護衛の方には見られ続けている…)」


ヒロは、背後に感じる視線にまたうんざりとした。はあ、とため息をつきながら、椅子に腰掛けた。昼ご飯を終えた昼下がり、春の暖かい太陽を感じながら、気晴らしに本でも読もうかと考える。しかし、きっと本の内容も頭に入らない。


「(…いつ家に帰ろうか)」


この家にも、やはり居場所がない。あんな話がでたから余計に居場所がない。かといって、エドのいる家にも帰りたくない。自分はどこにいたらいいのだろうか。なにもわからずに、ヒロは呼吸すらうまくできない。

すると、仕事を終えたランドルフが帰宅してきた。ヒロは彼の姿を見ると立ち上がり、おかえりなさいませ、と頭を下げた。ランドルフはそんなヒロを見ると、満足そうに、ああ、と頷いた。

ヒロは、ランドルフが自分のことを好きだった、といわれたことに、なんとも気まずい気持ちになる。昨日の話の中から察するに、ずいぶん前から自分を好いていたようだけれど、ヒロは彼からの好意に全く気が付かなかった。そもそも、こんなに愚図だ愚図だと言っていた彼が、本当に自分を女性として好きなのか、それはヒロには甚だ疑問だった。妹を可愛がっていた気持ちをなにか勘違いしているのではないだろうか、としかヒロには思えなかった。

ランドルフは、ヒロ、と呼んだ。ヒロがランドルフの方をおずおずと見上げると、ランドルフは突然ヒロのことを抱きしめた。ヒロは驚いて、体を硬直させる。


「もう大丈夫だ。俺と結婚したら、全部上手くいく」


ランドルフは、腕の中に収めたヒロの頭を愛おしそうに撫でた。ヒロは、ランドルフの行動に困惑する。兄の強い力に勝てずに、ただヒロはなされるがままになるしかなかった。

ランドルフは、ヒロから体を離すと、ヒロの目を見て微笑む。ヒロは、そんなランドルフを呆然と見上げて、一歩ランドルフから後ずさった。


「…お兄様、私なんかと結婚したいと言ってくださったのはとても、とてもありがたいです。けれど、…私と結婚しても、お兄様は何もよくないと思います」

「好きな女と結婚することの、何がよくないんだ」

「…私は、ジムが好きなんです。お兄様のお気持ちにとても不誠実に接することになります」


ヒロはランドルフにそう言いながら、エドに対しても、自分はずっと不誠実だったと思い出す。彼の自分への気持ちを、心の片隅にジムを残して、真正面から受け取れずにいた。

しかしそんなエドも、もう自分には心がない、と思えば、ヒロは目線が下がった。

ランドルフは、いつまでそんな馬鹿なことを言っているんだ、とヒロを見て笑った。


「俺と結婚したら、ジムのことなんかすぐ忘れる。さっさと忘れて、俺と幸せになれる」

「そんなこと、できるんでしょうか…」

「できるさ。俺が忘れさせてやる」


ランドルフはそうヒロの目を見てまっすぐに言う。ヒロは、そんなランドルフに不安な気持ちで視線を揺らす。


「だいたいあの男、昔から気に食わなかったんだ。いつもヒロが自分のものみたいな口調と態度でいて。あんなしょうもない男、さっさと忘れてしまえ。お前がいつまでも心に残しておく価値もないんだ」


ランドルフは、そうヒロに笑う。ヒロは、自分の記憶にあるジムが傷つけられたことに、胸が痛む。ランドルフのことを見ていられずに、ヒロはランドルフにそっと背中を向けて、花壇に向き合った。そして、そうですね…、と曖昧に返した。

ヒロは、余計に自分の居場所がわからなくなった。どのみち、家のことを考えたら結婚せずに家にいることなどできない。未婚のまま家にいたら、家に悪い評判が立つ。それは両親に迷惑をかけてしまう。つまり、エドと離婚するのなら、ランドルフと結婚することになる。

困惑するヒロを、後ろからランドルフが抱きしめた。ヒロは目を丸くする。ランドルフは、ヒロの肩に顔を埋めて、大丈夫だ、とヒロに言った。


「もう何も不安に思わなくていい。俺がお前を守る」


ランドルフは、そうヒロに告げる。ヒロは呆然と花壇の方を見つめる。ヒロは目を伏せたあと、お兄様、と声をかけた。


「あの、苦しいです…」

「そう言うな。もう少しこのまま」


ランドルフは、そう言うと、ヒロの肩に顎を乗せてヒロに頬ずりをする。ずっと頼れる兄だと思っていた人のことを、結婚相手として見られる気が、ヒロにはしなかった。優しい兄との昔の記憶が浮かんだとき、ヒロはなんとも形容しがたい気持ちになる。ヒロは彼の腕から逃れたくて、もう一度、さっきよりも強く、苦しいです、と伝える。しかし兄は、そんなヒロの声を聞かずにヒロから離れない。ヒロにはどうしようもなく、ただ兄の腕の中にいるしかなかったとき、後ろから、ヒロ…?という声がした。振り向いた兄が、その声の主を睨見つける。兄の手の力が緩んだとき、ヒロはようやくその手から抜け出した。そして、声のした方を見た。そこには、エドが立っていた。


「エド…」


ヒロは声を漏らした。エドは、ヒロとランドルフを順番に見た。


「今…」


エドは呆然とそう呟いた。どうやら、ヒロとランドルフが抱き合っていたところを見ていたようだった。ヒロは、その事実に言葉が詰まる。

そんなヒロとエドをおいて、ランドルフは、ヒロの肩を自分の方に抱き寄せた。エドは、更に目を丸くして2人を見る。


「ヒロと君の話は、両親にこちらからきちんとさせてもらった。君たちの試用期間とやらが終わって、ヒロが君を選ばなかったら、俺たちが結婚する」


ランドルフの言葉に、エドは、えっ、と声をもらす。ヒロは、エドの方を見られずに視線を落とす。ヒロとエドの重い空気の中、ランドルフだけが、勝ち誇った顔でヒロの肩を抱き続けた。

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