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翌日、ヒロはエドが仕事へ行ってから自分の部屋のベッドから起き上がり、朝の支度をして、朝食を取った。

中庭の花の世話をしながら、花たちにヒロはしばしのお別れを告げる。ヒロがいない間の世話は、ハンナに任せることにした。

ヒロの後ろでその様子を見ていたハンナが、奥様、と心配そうに声をかけた。


「すぐに、戻ってこられるんですよね?」

「…」


ヒロはハンナに背中を向けたまま、はい、と答えた。そんなヒロに、ハンナは何も言わずに黙った。





実家へ帰省する自宅を整えて、ヒロは馬車に乗り込んだ。すると、兵士の2人が一緒に乗り込んだ。ヒロは、あの、ついてくるんですか…、と2人に尋ねた。すると、陛下のご命令ですので、と兵士のうちの1人が答えた。


「(…お父様もお母様も、何ごとかと思われないかしら…)」


ヒロは一抹の不安を覚えながらも、彼らと一緒に馬車に乗って、そして、家を出た。ヒロは窓から遠くなる屋敷を眺めた。少しの間でも、エドと離れられることに、ヒロはどこか安心していた。










久しぶりのスミス侯爵家への帰省だった。ヒロはアディントン侯爵家に嫁いでから、一度も帰っていなかった。

ヒロの帰宅に両親は喜んだけれど、すぐに、ヒロについてきた兵士に目を丸くした。最近物騒だからって、護衛の方がついているの、とヒロは説明した。両親は顔を合わせた後、王国の兵士が護衛…?と首を傾げた。ヒロもその点についてはよくわからないので、曖昧に笑うしかなかった。




両親としばらく他愛のない話をしたあと、ヒロは家の中庭に出た。久しぶりの花壇は、綺麗に手入れがされており、季節の花が色鮮やかに咲いていた。

ヒロは花壇の前にしゃがみこみ、じっと花壇を見つめた。すると、後ろから母がヒロに近づいた。


「綺麗にしているでしょう?」

「ええ、とっても」

「私が毎日、丹精を込めて育てているから」


母はそう言って微笑んだ。その言葉に、ヒロは目を丸くして彼女を見上げた。


「お母様が育ててくださっていたのですか?」


てっきり、使用人に任せてしまっているのだとヒロは思っていた。母は花壇の世話をもともとしない人だったからだ。母はヒロの隣にしゃがみ込んだ。ヒロはその横顔を見つめる。


「あなたがこの家からいなくなってしまってから、あなたが残していった花壇を、あなたと思って育てていたの。少しはさみしいのがまぎれるかなって。…でも、実際にあなたと会うのとは、当たり前だけれど全然違うわね」


そう、母は目を細めた。母の言葉に、ヒロは目を伏せる。その言葉は本当なのだろうか?血のつながらない自分に、なぜそこまで言ってくれるのか、ヒロには理解ができない。


「(…落ち着いて、顔を見る。声を聞く…)」


ビル伯爵夫人に言われた言葉をヒロは思い返すけれど、どうしても実践できなかった。もしきちんと顔をみて、そして、拒絶されたとしたら?白黒はっきりつけるくらいなら、曖昧なままでいたい。自分には、顔を見る勇気はない。ヒロは、目線を上げることができず、花ばかり見ていた。


「……ねえヒロ」


母は、ヒロの方を見た。ヒロは、はっとして、彼女の方を見た。


「…いつまでも、この家にいてもいいのよ」

「…」


ヒロは目を丸くした。動揺を知られないように、ありがとうございます、と苦笑いをした。


「でも、嫁いでいった身として、いつまでも家を空けるわけにはいきませんから」

「…そう、…そうね」


母は、ヒロの顔を見つめて、少しだけ寂しそうに目を細める。ヒロは彼女の顔を見られずに花の方を見つめていた。


「(…もしもエドと離婚することになったら、失望されるのかな)」


ヒロはそんなことを考える。そうなれば、ヒロはアディントン侯爵家にいるしかない。でも、そこにヒロの居場所はない。どうしたらいいのかわからないまま、ただ黙って花を見ていたら、門の方から兄が歩いてくるのが見えた。


「あら、ランドルフ、おかえりなさい」


母はランドルフに気がつくと、立ち上がって笑顔を見せた。ランドルフは、ただいま戻りました、と答えたあと、ヒロの姿を見ると目を丸くした。


「ヒロ?どうしたんだ一体」


ランドルフはヒロに近づき、ヒロを見下ろす。以前、あんなにエドとのことで怒られたため、ヒロはぎこちなく苦笑いを漏らすしかなかった。そんなヒロに、母は、花壇を久しぶりに見たいって、ねえ、と話し掛けた。ヒロはそれに、はい、と頷いた。

ランドルフは、そう答えたヒロを訝しげに見たあと、ヒロの少し後ろに控える兵士の姿を見た。そして、あれは、と尋ねた。


「…私の護衛です」

「王国の兵士が?なぜ?」

「最近物騒だから、だそうです」

「…」


ランドルフは腕を組んで少し考え込んだ。そして、眉をひそめるとヒロの方を見た。


「エドにまた何かされたんだな」


ランドルフがヒロにそう問うた。ヒロは、えっ、と声をもらす。ヒロはランドルフの迫力に押されて、目を少しだけ泳がせた後、なにも、と答えた。


「夫婦ですもの、色々あるわよ。仕方がないわ」


母が兄妹の間に入って宥めた。しかしランドルフは、ヒロの方を見つめている。ランドルフはまた少しだまったあと、母さん、と声をかけた。


「父さんはいますか?」

「ええ、いるわ」

「話があります。ヒロも」


ランドルフはそう言うと、ヒロの腕を引いて彼女を立ち上がらせると、すたすたと家の方へ歩き出してしまった。ヒロは、なにが何かよくわからないまま、ランドルフに連れられるがまま歩くしかなかった。






リビングに向かうと、ソファーに座って、コーヒーを飲みながら本を読む父の姿があった。母は、ランドルフに促されて、父の隣に座った。ランドルフは立ったまま、ヒロの腕を引いて、両親の前に来た。


「お話があります」


ランドルフは、ヒロの方を見た。ヒロは、そんなランドルフに、え、と首を傾げた。


「ヒロは今、エドと夫婦関係を継続するか否かを協議している最中です」


ランドルフはそう話し始めた。ヒロは、ぎょっとしてランドルフを見上げた。両親には秘密にしてほしいとお願いした事実を堂々と話し出す兄に、ヒロは頭が真っ白になった。


「お、お兄様…」

「その原因のほとんどはエドにあります。彼はもとより、他の女性との乱れた交友が目立っていました。その悪癖は結婚後も変わらずに続き、それにより今、ヒロとは婚姻関係の継続が可能かどうか協議中の関係になったのです」


兄のかなり偏った説明に、ヒロはどこから訂正しようかと口をパクパクとさせる。ランドルフは、そんなヒロは気にせずに続ける。


「以前、エドは数日間家に戻らなかったときがあります。ヒロを置いてどこへ行っていたのか…。まあそれはおいておいて、その話を聞いたときに、俺は、またこんなふうに見ていられないようなことがあったら家に連れ戻すと、ヒロに言いました。そして今、彼女はエドとの生活に耐えられずにこの家に帰ってきた」

「お、お兄様、」

「さらには、王国の兵士まで連れてきた。これは異常事態です。彼の何らかの行動により、ヒロが危険に晒されているという事実に他なりません。結婚して半年でここまで問題が目立つ結婚で、果たしてヒロは幸せなんでしょうか。俺は、ヒロとエドは即離婚するべきだと思います」


ランドルフはそう提言した。ヒロは動揺して何も言葉が出てこない。

両親は、ランドルフの言葉を黙って聞いていた。ヒロがエドとそんな状況にあったことを初めて聞くにしては落ち着いている、とヒロが思っていたら、父が、ヒロ、と口を開いた。


「エドと、夫婦関係が継続できるか協議している、というのは本当なのかな」

「…はい。今月末が期限です」

「…そうか」


父は静かに頷いた。そして、まっすぐにヒロの方を見つめた。


「ヒロが決めたらいい。家のことは心配しなくていい。ヒロが辛い思いでいることが、私たちにはなにより苦しいんだ」

「でも、離婚なんてことになったら…」


ヒロは困惑する。また再度縁談探しから始まるのだろうか。離婚歴のある20過ぎの令嬢を引き取る家が、この国に多くあるとは思えない。しかも、新しい結婚相手のもとに行ったところで、ジムのことを静かに思い続けられない生活なら、ただただ今の結婚の二の舞になるだけだ。

考え込むヒロに、父はやさしく微笑む。


「このまま家にいたらいい。…ずっとジムのことを引きずっているんだろう。世間体だなんだといって、それを知りながら無理に結婚させてしまったことを、心残りに思っていたんだ」

「でも、家にずっと置いてもらうなんて…」

「それなら、俺と結婚したらいい」


ランドルフがそう話した。ヒロは、え、と兄を見上げる。ランドルフは、真面目な顔で話していた。


「俺とヒロが結婚したらいい。ヒロのことは俺がよくわかっている。新しい縁談を探すのも苦労するだろうし、ヒロが幸せになる結婚相手が見つかる保証もない。俺なら、他の誰よりヒロを幸せにできる」


ランドルフの言葉に、ヒロは自分の言葉を失う。父はランドルフの方を見つめる。


「ヒロをいったん他の家に養子に出して、ランドルフと結婚する、ということか?」

「そうです」

「2人は血の繋がりもないし…そうか…」


父は額に手を当てた。そして、ふう、と息を吐いた。


「…ランドルフ、君の気持ちはずっと気づいていたよ。ヒロのことが、ずっと好きだったんだろう?君が自分の縁談に身が入らないのも、ヒロのことをずっと想っているからだって、わかっていたさ…。父としてどうしてやればいいのかわからずに、気が付かないふりをしていた、すまなかった…」


父の言葉に、ヒロは絶句した。兄の自分への気持ちを、ヒロは今初めて知ったのだ。

父はまた息を吐いた。母は、そんな父の背中を撫でた。


「…わかった。ヒロがエドとの夫婦関係の継続ができないと判断したら、そうしたら、ランドルフと結婚することにしよう」


父の言葉にランドルフは笑みを深める。ヒロは、お、お父様…、と声を震わせる。父はヒロの方を見た。


「もちろん、ヒロが嫌だというのなら、結婚せず家にいたらいい。ランドルフも、ヒロが君との結婚を選ばなければ、ヒロのことはきっぱりあきらめるんだよ、わかったかな」

「はい、もちろん」


ランドルフは、そう言うと嬉しそうにヒロの方を見た。ヒロは顔を青くして、ただ地面を見ていた。



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