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パメラの送迎パーティーの翌日、エドは午前中は父と領内での仕事をして、午後から城に向かった。

事務室にエドが向かうと、椅子に座って作業をしていた貴族の男たちが一斉にエドの方を見た。そして、ひどい形相でエドを取り囲んだ。エドは、え、と声を漏らして彼らを見回す。すると、男たちの中のひとりが、聴いたぞ、と怒りの声で口火をきった。


「あのパメラ・アンドリューと、パーティーで随分親しくしていたそうじゃないか」

「しかも、最愛の奥様をおいて2人きりで」

「どういうことだ?お前はもう奥様一筋になったのではないのか?」


彼らはエドの方を睨見つける。エドは、何と説明してもいいかわからずにため息をつくと、軽く会話をしていただけです、と返すと、いつもの自分の席に座った。周りは殺気だった様子のまま、各々の席に着いた。しかしすぐに、彼らは会議の時刻になり、事務室から出ていってしまった。部屋には急にエドとウィルの2人きりになった。

すると、隣の席のウィルがエドに耳打ちした。


「彼ら、明日2人で出かけるなんて聞いたら、君を一発殴りそうな勢いだったね」


ウィルの言葉に、エドは重いため息をつく。ウィルは、はあ、とため息をつくと机の上で片方の腕を立てると頬杖をついた。


「パメラもやりたい放題だよね。他国にいる婚約者には絶対バレないだろうと踏んでさ。確かにこんなこと、他国の王子の耳まで届かないだろうからバレようもないし、万が一バレたとしても、こんなたった一回のこと、友だちだって流せば終わるし」

「…」

「それに彼女、完全にヒロをいじめに来てたね。ヒロをいびるようなこわーい言い方してさ」


あの日のパメラを思い出して、エドはうんざりとする。


「…俺が、パメラがヒロに会いに行くのを止めなかったのが悪かったのか…」

「あの感じだと、どうしたってヒロに会いに来てたし、ヒロをいびってたよ彼女。それに、あそこで鬼父さえこなければかわせてたのに…。あの圧に誰も勝てなかったよ」


ウィルの言葉に、エドは机に顔を伏せる。ヒロに、もうあんなことは起こさないと誓った矢先にこんなことを引き起こしてしまった自分の不甲斐なさに、エドは机にめり込みたくなる。


「…報いか…俺のしてきたことの報いなのか…」

「あれ、やっぱり、学生時代にパメラをめちゃくちゃ冷たく振ったりしたの?」

「違う、俺が振られたんだよ」


エドはそう言って、はっとして固まる。ウィルがゆっくり瞬きをしたあと、にんまりと口角を上げた。


「なんだ、君がパメラに振られたんだ。だから頑なに言わなかったのか」

「…」

「なになに、なんで振られたの?やっぱり君が勉強しかしないつまらない男だったから?」

「…」

「なんだ当たりか〜そうか〜」


ウィルは、エドの肩をぽんぽんと叩いた。エドは、口が滑った、と思いながらも、言ってしまった後悔はそこまでなかった。以前ヒロと話して、自分の中で消化できたからだと、エドは心の中で思う。

ウィルは、何かを考えながら腕を組んだ。


「…だとしたら更によくわかんないな。彼女から振っておいて、どうしてあんなに未練がありそうな感じだったんだろう。うーん、アリスに意見を聞くか…」

「俺は明日、どういうスタンスで臨めばいいんだよ。普通に彼女を楽しませて終わればいいのか?」

「まあ、気分よく終わらせればそれでいいんじゃない?どうせもうすぐ他国に嫁ぐんだから、もう明日以降君と会うこともないよ。というか、できないよ、そうやすやすとはね」

「…」


エドは、重い気持ちでため息をつく。そんなエドの肩を、ウィルが叩く。


「念の為言っておくけど、一線は超えるなよ。さすがにそうくると国同士の問題に発展するから。あの王子、パメラにめっちゃ入れ込んでるらしいから」

「ないよ」


エドは明日が早く終わることを祈りながら、また重いため息をついた。








お昼ご飯のあと、ヒロは中庭の花壇の前でしゃがみこみ、ぼんやり花を見つめていた。アネモネの咲きほこる隣では、ペチュニアを植えるために耕した土が待機している。もう少ししたら種をまこう、とぼんやり考えながら、ヒロは、はあ、とため息をついた。


「(…私のせいで、こんなことに…)」


ヒロは、しゃがみこむ自分の膝に項垂れる。あの時、自分が余計なことを言わなければ、パメラは1日エドを貸せなんて言ってこなかった。自分の愚図さがまた嫌になる。ヒロは今日何度目かわからないため息をつく。

あのあと、落ち込むヒロにウィルは、絶対あの人は何かにこじつけてエドと遊ぶことを要求してきただろうから、ヒロのせいじゃないよ、と言ってくれた。それに少し救われたものの、しかし、自分が引き金であることは変わらないので、罪悪感は消せなかった。


「(…明日か…)」


ヒロは風に揺れる色とりどりのアネモネを見つめる。いい加減立ち上がろうと思い、足に力を入れたとき、足がもつれてヒロはそのまま前に倒れ込んでしまった。顔や手に土がついたのを感じながら、ヒロは、はあ、とため息をつきながら体を起こした。地面にお尻をつけた状態で、体についた土を払う。


「(もういやだ、本当に愚図…)」


土を払い終わり、尻もちをついたまま、目を伏せて花を見つめていたとき、馬車が到着した音が聞こえた。どうやら、エドがもう帰ってきたようだった。

ヒロは立ち上がり、こちらに来るエドに頭を下げた。

エドはヒロに気がつくと、ヒロの方に来た。ヒロは、おかえりなさいませ、とエドに言った。エドは、ただいま帰りました、とヒロに返した。ヒロはそんなエドを見上げる。


「今日は早いですね」

「ええ、…明日があるので、早めに帰ることにしました」


エドの言葉にヒロは、う、と言葉を詰まらせる。ヒロは、ごめんなさい、と頭を下げる。


「私が、…私が余計なことを言ったから…」

「そんなことありません。ウィルも言っていましたけど、あなたが何も言わなくても、どうせ他に難癖をつけてきていましたよ」

「…でも、ごめんなさい」

「いえ、…俺は嬉しかったんです」


エドの言葉に、ヒロは、え、と声をもらす。エドはヒロの目を見て微笑んだ。


「あなたが俺を、かばってくれたから」


ヒロは、そう言うエドの瞳を見つめるけれど、目を伏せた。しかし勇気を出すようにゆっくり深呼吸をして、また見上げた。


「好き勝手言わせたくなかったんです。自分がそう思わなかっただけなのに、まるで共通の事実のようにあなたのことを貶されることが。あの方にとってはそうじゃなかったとしても、私にとって、あなたはとっても面白い人です」


ヒロはそう大真面目に言う。その後、面白い…は、褒め言葉じゃ、…ないかもしれません…けど…、としどろもどろに続けた。

エドは、ヒロの方を見て目を丸くした後、ゆっくり微笑んだ。


「…ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえたことが、何より嬉しいです」


エドはそう言うと、花壇の方を見た。綺麗に咲くアネモネを見て、よく咲いていますね、と言った。ヒロは、はい、と頷く。エドは花壇の方を見たまま、今日、と続けた。ヒロはその横顔を見つめる。


「今日早く帰ってきたのは、明日に備えて、あなたとよく話そうと思ったんです」

「明日に備えて、ですか?」

「はい」


エドは、風に揺れるアネモネを見つめる。そして、ヒロの方を見た。


「明日、俺は別の女性と出かけます。でも決して、あなたが不安になるようなことはしません。絶対にです」


エドは、ヒロの瞳を見てそう宣言した。ヒロは、エドの瞳を見つめ返した。


「明日は、オーケストラの演奏を鑑賞して、それからレストランで昼食を食べて、それで終わりです。彼女が望めばその後カフェにも入りますが、だとしても、夕食の時間には帰ってきます。必ずです」

「…はい」

「2回目はありません。これが最初で最後です」

「……はい」


エドはヒロの目を見る。もう、彼女が自分に興味がないだろうとは、彼は思わない。ヒロはエドの瞳を見つめて、そして、微笑む。


「明日、あなたの帰りを待ってます。この庭で」


ヒロの言葉に、はい、とエドは優しい顔で頷いた。春の優しい風が、2人の間を通り過ぎていった。

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