38
とうとう、パメラの送迎パーティーの日がやってきた。会場は、アンドリュー侯爵家領にある舞踏会場で開かれた。
ヒロはエドと馬車に乗って会場にやってきた。ウィルとスチュアート公爵が中心となって企画したらしいパーティーは、会場の外も花などの飾りが施されており、そこだけで中も豪華なものだという想像がつくほどだった。ヒロは大きな会場を見上げながら、少しだけ深呼吸をした。ヒロの首元には、ビル伯爵夫人から貸してもらった、エメラルドグリーンの宝石のついたネックレスが輝いている。
「(きっと、大丈夫、きっと…)」
「入りましょうか」
エドに声をかけられて、ヒロは、はい、と言いながら顔を上げた。すると、エドの顔色が悪いことに気がつく。
「えっ、ど、どうかしましたか?」
「何がですか?」
「何がって、」
「やばい顔色してるけど」
後ろから声がして、振り向くとエドの隣にウィルがやってきた。ウィルはエドの背中をぽんと叩いた。
「見るからに大丈夫じゃなさそうだけど、大丈夫?」
「…そう見えているなら、それ以上聞かないでくれ」
「なんだよ、やっぱり何かあったんじゃん。正直に言えって。ヒロ、なんか聞いてる?」
ウィルはヒロに尋ねる。ヒロは、いやあ…、と誤魔化す。とぼけながらヒロは、エドがこれまでしてきた自分には中身がない発言は、パメラに振られたときの台詞が未だにトラウマになっていたからなのか、と今になって察した。
ウィルは口を割らない2人に、ふう、と小さく息をついた。
「…まあいいか。ここまで来ちゃったし、仕事だと思ってうまく取り繕ってくれ」
「…わかってるよ」
エドはネクタイを直しながら溜息をつく。ウィルは、ヒロの隣に行くと、ヒロの肩に手を回した。ヒロは突然のことに固まる。
「ヒロのことは俺に任せておいて、心おきなくパメラを接待してき、」
ウィルが言い終わる前に、エドがウィルからヒロを引き離した。
「ヒロに近づくなって言ってるだろ」
「その様子なら、再会ラブはなさそうだね」
ウィルは敵意がないことを示すように両手を挙げてみせた。エドはそんなウィルにため息をついたあと、ヒロの方を見た。
「昨日も言いましたけれど、俺がいない間はあなたのことはウィルに任せます」
「はい」
「安心して。俺のいる前で、俺が連れてる女性のこと悪く言う人がいたら、それはヒロがどうこうじゃなくて、その人たちの神経を疑っていいから」
ウィルは淡々と話す。現国王の甥っ子という、上級貴族ですら裸足で逃げ出す血筋のウィルの言葉に、ヒロは納得するしか無かった。
エドは、頼んだぞ、とウィルに言う。うん、とウィルは表情を変えずに返す。エドは一呼吸置いたあと、それじゃあ行きましょうか、と言うと会場の中にヒロとウィルと一緒に入っていった。
外観もさることながら、パーティー会場の中もとても豪華なものだった。呼ばれた貴族達はそうそうたる面々で、華やかな雰囲気であふれていた。ヒロは、余りの華やかさに目が回りそうな気持ちになる。
「アリスはさすがに来てないんだよね」
ウィルがそうヒロに話しかける。経緯が経緯のため、アリスは不参加のようだ。ヒロは小さく苦笑いを漏らす。
すると、ウィルが、あっ、と漏らした。彼の視線の先をヒロが見ると、たくさんの貴族たちに囲まれた一人の女性がいた。長く艶のある黒髪に、赤い妖艶な唇、凛とした黒い瞳は美しい、すらりとした長身の女性は、この会場の中でもひときわ目立って輝いていた。ヒロは、誰に説明されなくても、彼女がパメラだとわかった。
ウィルは隣を歩くエドの背中を叩いた。エドは、頷くと、彼女の方に向かった。ヒロは、その背中を見送った。ウィルは、エドのいなくなった場所を埋めるようにヒロの隣に来た。
「あんな青い顔して、大丈夫かな」
ウィルは冗談めかして言う。ヒロはそんなウィルに苦笑いを返す。ウィルは、ヒロが笑えていることにとりあえず安心したのか、少し口元を緩めた。
「ヒロには申し訳ないけど、今日は一芝居うってね」
「芝居、ですか?」
「そ。エドとパメラが2人並んでるのを見て、わあ素敵、私なんかとてもじゃないけれどパメラ様には敵いませんわ…!っていう顔をしてやってよ。一瞬パメラにその顔を見せたらそれで終わりでいいから」
「へ、え…?」
ヒロはきょとんとする。ウィルは腕を組んで、俺の予想では、と続けた。
「パメラはエドに未練がある。だから、妻のヒロまで呼んで、自分の方がエドとお似合いでしょ?って周りに見せつけたかったんだと思うんだよね」
「でもエドは、彼女は未練なんかないだろうって…」
「言ってたね。でも、俺は未練の線だと思う。アリスも俺の予想と同じようなこと言ってた。あの妹、こういう話に鋭いからさ」
ウィルの言葉に、はあ…、とヒロは呟く。すると、ウィルは、あ、と声を漏らした。視線の先を見るとそこには、パメラの隣に到着したエドがいた。ウィルはエドを見ながら、へー、と呟いた。
「あんなに真っ青な顔してたのに、パメラの前では何でもない顔してる。さすができる男、やるじゃん」
ヒロは、ウィルの隣でエドとパメラを眺める。エドはいつもの爽やかな笑顔でパメラの前に立ち、パメラも親しげな様子でエドに接する。パメラの周りにいた貴族たちは、エドが来ると静かにパメラの周りから引いた。
美しいパメラの隣に、美しいエドが立っているのはとてもしっくりきていた。まるでどこかの絵のようにお似合いの2人に、周りの貴族たちは視線を奪われて惚ける。ヒロは、そんな2人の様子に静かに傷つく。
「(…仕事、これはお仕事…)」
ヒロは小さく深呼吸をする。ウィルはヒロの方を向き、ヒロ、と彼女の名前を呼んだ。
「それじゃあ、彼らの前を通って、うらやましそうな顔を見せて、それからは一旦全部忘れて美味しいものでも食べよう。俺、料理には結構気合入れたんだ」
ウィルはそう言うと、行きますか、とヒロに微笑んだ。ヒロは、はい、となんとか笑顔を作って頷く。
ウィルに連れられて、ヒロはエドとパメラのいるところの前を少し遠くから歩く。彼らに視線を移す貴族達の間を縫って、ウィルに言われた通り2人を見つめる。
2人は何やら和やかに会話を進めており、楽しそうな笑顔を浮かべている。パメラが口角を上げると、同性のヒロですらはっとさせられる。
「(…私なんか到底敵いませんわ…という、芝居…)」
ヒロは、そう思いながら、しかしどこか目を泳がせながら2人を見た。すると、パメラと目が合った。パメラはヒロに気がつくと、にこりと優美に微笑んだ。ヒロははっとして、慌てて会釈をすると、彼女から視線を外した。
「(…なんていう、綺麗な人…)」
ヒロは、自分よりも年下のはずの彼女が醸し出す色気と雰囲気に、遠くから見ただけにも関わらず胸がどきどきとした。ときめきと言うよりは、嫌なドキドキだった。ヒロは、はあ、と息を吐きながら、はやくこんなパーティー終わらないだろうか、と心の中でつぶやいた。
招待客である貴族たちの間を縫って、エドは輪の中にいる1人の女性の元へ近づいた。エドは声を掛ける前に、人から悟られないように小さく深呼吸をした。
前にいる女性は、最後に見た時よりも当然だけれど随分大人になっていた。その黒く長い髪に、柔らかな笑みに、3年前の自分は恋に落ちていた。しかし、呆気なく、そしてこっぴどく振られた。
エドは、一度唇を噛んだあと、ぱっと華やかな笑顔に変えてみせた。
「ご婚約おめでとうございます」
エドがそう話しかけると、パメラはゆっくりとエドの方を振り向いた。そして、あら、と昔と変わらない笑顔を見せた。
「久しぶりね、エド」
「ああ。元気そうでよかった」
エドは笑顔でパメラを見つめる。パメラはエドの瞳を見つめ返すと、また微笑んだ。
2人は他愛ない話を少しの間繰り広げた。エドの話を、パメラはにこにこと愛想よく聞き、反応していた。彼女の素直な反応に、エドは、話を続けながらも、心の中で小首を傾げた。
「(…隣国に嫁ぐ前に、本当にただ元恋人の顔が見たかっただけ、なのか…?)」
その程度で終わる話なら良かった、と思いつつ、いやまだ油断はできないか、とエドは思い直す。
すると、パメラが少し遠くの方を見て、あら、と呟いて微笑んだ。エドは、え、と声を漏らして彼女の視線の先を見た。すると、人混みに消えていくヒロとウィルの背中が見えた。
「(…ヒロに何もないことだけを祈る…)」
「あの方があなたの結婚相手でしょう?スミス侯爵家の」
「ああ。ヒロというんだ」
「ヒロ、へえ…」
パメラはエドの方を見上げて微笑んだ。
「私と別れてから、ずいぶん派手に遊び始めたって聞いていたけれど、…ここ最近そんな噂が流れなくなったと思ったら、あの奥様に落ち着いたのね」
パメラはそう言って、ふふ、と笑う。エドは少し目を丸くしたあと、まあ…、と目線をパメラからそらしてため息をついた。
「君にバッサリ振られてから色々あったけど、なんとか落ち着いたよ、お陰様でね」
「あら、私そんなひどいことしていないわ」
「そうかな。好きな女の子のために必死になってた俺にかけるには、あんまりな言葉だったと思うけれど」
エドが冗談めかして言うと、パメラは満足そうに微笑み、あら、と声を漏らした。
「私のために頑張ってくれていたの?」
「それはもう。まあ結局、つまらない男で終わったけれど」
エドの言葉に、パメラはまた微笑む。そんなパメラを見ながら、エドもゆっくり笑う。まさか、こんなふうに彼女と話ができるなんて、少し前のエドからは想像もできなかった。彼女との記憶は、抜けないトゲのように彼の胸の奥に刺さり続けていたから。
「(…ヒロに話せたから。ヒロが、笑ってくれたから)」
エドはそんなことを心の奥で呟く。パメラはエドを見て、少し黙ったあと口元を緩めた。
「遠目から拝見しただけだけれど、可愛らしい奥様じゃない。仲良くしてるの?」
パメラはそう笑顔でエドに尋ねた。エドはその質問に少し驚いたような顔をした。そして、自然にこぼれた優しい笑みを浮かべた。そんなエドに、パメラは動揺したような顔をする。
「まあ」
エドはそれだけで済ませた。パメラはそんなエドに一瞬不穏な表情を見せたけれど、すぐに笑顔に戻した。
「さて、あなたをあんまり長く独占しては、可愛らしい奥様に申し訳ないわ。ご挨拶がてら、あなたと一緒に私も奥様のところへ向かおうかしら」
パメラはそう言って、行きましょう、とエドに促す。エドはパメラの言葉に、え、と声をもらす。
「(…彼女の意図がわからない以上、ヒロには会わせたくない。しかし、ここまで話しても彼女から敵意も何も感じられない…彼女がどうしたいのかよくわからない)」
エドは少し固まったあと、彼女もウィルがいる前では滅多なことを言わないだろう、と考えるが、すぐに、スチュアート公爵家頼りの自分に情けなくなる。
考えて固まるエドを置いて、パメラはさっさと歩き出してしまった。エドは慌ててパメラを追いかけた。その時に、古くから父がよく世話になっている老紳士にエドは捕まってしまった。エドはパメラを気にしながら談笑するが、彼女は姿を消してしまった。
ヒロは、ウィルにつれられて軽食の置かれたテーブルに向かった。美味しそうな食事が並んでおり、ヒロは目を輝かせる。ウィルは取り皿をヒロに渡すと、さあお食べ、とヒロに促した。
「さあさあ、嫌なことは忘れて食べなよ。…あ、別に君にとっては嫌なことではないんだった?」
ウィルが探るようにヒロに尋ねる。ヒロは、えっ、と声を漏らしたあと、目を伏せる。そんなヒロに、ウィルは、小さく口元を緩める。
「あら、エドの奥様じゃない」
聞き覚えのある声がして、振り向くとマリアと、見知らぬ男性がいた。ヒロは前のことを思い出して身を固くする。マリアは、ヒロの隣にいるウィルに気がつくと、あら…と口元に手を当てた。
「どうしてあなたが、スチュアート公爵家の方といらっしゃるの?」
「ええと…」
「エドはゲストの接待中だから、代わりに俺がエスコートしてるの」
答えに窮したヒロの代わりに、ウィルが淡々と答えた。マリアは、へえ…、と何かを察したようにヒロの方を見ると、にやりと口角を上げた。
「そうでしたの。パーティーだというのにお忙しい事ですわね」
ふふ、とマリアは笑うと、それでは、と言ってヒロとウィルの前から去っていった。その後ろを、眼鏡をかけた気弱そうな男性が追いかける。男性は、ちらりとヒロの方を見ると、はじめまして、と頭を下げた。ヒロは慌てて頭を下げる。男性はじっとヒロを見たあと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「…彼女はずっと、エド・アディントンに夢中なんだよ」
「は、はあ…」
「……君程度では、エド・アディントンを繋ぎ止められない…。いつか本当にマリアを取られてしまったら…」
うっ、とその男性は顔をつらそうにゆがめると、マリアの後を追いかけて去っていった。ヒロは、その背中を呆然と見つめた。ウィルは、えー…、とつぶやいた。
「嘘じゃん。いきなり神経疑うやつ現れちゃってるよ」
「あ、あはは…、あの…さっきのお方はご存じですか?」
「タイラー子爵家の嫡男、レオン。マリアの婚約者。レオンの方はマリアに随分惚れ込んでるらしいけど、マリアに全く振り向いてもらえず、気の毒にねって噂になってたけど、…あれはもう同情しなくていいやつだな」
ウィルはそう言うと、いやまてよ、と腕を組んだ。
「好きな人に振り向いてもらえないという点ではエドと同じか。いやー、共通点ってあるものだね」
ウィルはそう淡々と話す。ヒロは目を丸くした後、どう答えていいかわからずに目を伏せる。ウィルはそんなヒロを見て小さく微笑む。
「それとも、君はエドが好き?」
ウィルに尋ねられて、ヒロは顔を上げる。ヒロは胸の奥が苦しくなる。周りの談笑の声を聞きながら、ヒロは、私は、と口を開く。
「はじまして」
そんな時、透き通るような声が響いた。はっとして振り向くと、そこには先ほど見かけたパメラが笑顔で立っていた。
「あっ…」
ヒロは目を丸くして固まる。パメラは美しい笑顔のまま、パメラ・アンドリューと申します、とヒロに頭を下げた。
パメラの登場に、ウィルは、えっ、と声を漏らした後、後ろから追いかけてきたエドを見た。そしてエドに近づくと小声で、よく連れてきたな、と小突いた。エドは、返す言葉もない…とバツの悪そうな顔をする。
ヒロは頭を下げて、ヒロ・アディントンと申します、と挨拶をした。お辞儀をした際に、首元につけたネックレスが揺れる。揺れるネックレスに肌を優しく撫でられるたび、ヒロは心の中で、大丈夫、大丈夫、と呟く。
パメラはそんなヒロを見て優美な笑顔を見せると、ふう、と小さく息をついた。
「エドの奥様にきちんとご挨拶がしたいのに、パーティーに疲れてしまいました。どこか、静かに座れるところはありませんか?」
パメラがウィルに尋ねる。ウィルは、えっ、と一瞬嫌そうな顔をしたあと、ええもちろん、と返した。ウィルは控えていたウェイターを呼ぶと、ヒロたちを連れて歩き出した。
ウェイターに案内されたのは、舞踏会場に用意された個室だった。4人はソファーに座り、ウェイターの用意したお茶を飲んだ。
パメラはお茶を一口飲むと、はあ、と一息ついた。
「たくさんの方とお別れのご挨拶をさせていただいていたから、とても疲れてしまったの。我儘申し上げてしまってごめんなさい」
「いいえ、とんでもないですよ」
ウィルは隣のパメラに笑顔で返す。そして、向かいに座るエドに、なるべく早くここからでるぞ、と目で合図をする。エドは、わかった、という意味の小さな頷きをすると、隣に座るヒロの方に手のひらを向けて、パメラの方を向いた。
「改めて紹介するよ、俺の妻のヒロです」
ヒロはエドにそう言われて、また軽くお辞儀をした。パメラはヒロを見てにこりと微笑む。ヒロは、その美しい笑顔にどぎまぎとする。
「今日は私の我儘を聞き入れてくださってありがとうございました」
パメラにそう言われて、ヒロは、こちらこそお招きいただきありがとうございます、と頭を下げた。
「それにしても、あのエドが結婚だなんて、なんだか感慨深いわ」
パメラがくすくすと笑う。ヒロは緊張がとけないままに、なんとか笑顔を返す。
「どうですか、エドとの結婚生活は」
パメラは、ティーカップをソーサーに静かに置いた。ヒロは、あはは、と苦笑いを浮かべた。
「楽しく過ごさせていただいてます」
「あら、本当に?なんだか信じられないわ」
パメラは、口元に手を当てて小さく笑いながら、だって、と続ける。
「エドって、とってもつまらないでしょう?」
パメラの言葉に、ヒロは少しの間固まる。パメラはそんなヒロのそばに顔を少し近づけると小声で、スキンシップは上手だけれどね、と静かに笑った。
ウィルは彼女の言葉に、いきなりかましてきたよ…と内心頭を抱える。エドは、パメラの行動に顔を引き攣らせる。
ヒロは、向かい側に座るパメラをじっと見つめる。パメラは余裕の笑顔をヒロに見せる。ヒロは彼女の瞳を見つめながら、いいえ、と頭を振る。
「私は、とっても面白いと思います」
ヒロはそう言うと彼女に微笑みかけた。そんなヒロに、パメラは虚を突かれたような顔をした。ウィルは、吹き出しそうになるのを必死に堪える。エドはヒロの方を目を丸くして見たあと、小さく口元を緩めた。
パメラはすぐ笑顔に戻すと、あら、と口を開いた。
「そんなに面白くなりましたの?昔よりもどれだけ変わったか、私にも詳しく教えていただきたいわ」
「え?」
「また後日、エドを私に1日貸していただけないかしら」
パメラの発言に、今度はヒロが面食らった。エドが、パメラ、と彼女をなだめるように呼びかけた。
「どういうつもりだよ、何かの冗談か?」
「いいえ本気よ」
「そんなこと、俺はしない」
「あら、奥様があんまり自慢なさるからそうお願いしているのよ?」
パメラは意味深な視線をヒロに送る。ヒロは、どうやら自分の発言によりパメラの機嫌を損ねてしまったらしいことを察して顔が青くなる。そんなヒロに気がついたウィルが、まあまあ、と間に入った。
「この男はね、そういう仕事してないんですよ」
「それでは、夫によく伝えておきますわ。この国には無礼な妻を持つ家があるって」
パメラはそうウィルに向かって微笑みかける。ウィルは、口元だけ緩めて、眼鏡の奥の瞳は一切笑わずにパメラを見つめ返す。
「どうぞご自由に。ただし、あなたのご実家も言われますよ。とんでもなく傲慢な娘がいたってね」
「あら、私はそちらの我儘なご令嬢のために他国へ嫁いでいくのではなくって?」
「あなた自身もあなたの家も万々歳で乗った話でもあるでしょう?こちらが下手に出ていると勘違いされては困りますよ」
ウィルがそう言い放つと、パメラは笑みを深めた。2人が冷たく見つめ合う時間が少しの間流れる。
その時、部屋の扉がノックされた。入ってきたのは、アディントン侯爵だった。彼の登場に、エドとウィルは嫌な予感を肌で感じて顔を引き攣らせる。
アディントン侯爵は、ご婚約おめでとうございます、とパメラに笑顔で近づく。パメラは笑顔でそれに応える。
「ご出国の前に、息子に会いたいとおっしゃっていただけたようで…。楽しいお話はできましたか?」
「ええもちろん。…でも残念だわ。もう少しお話がしたくて、後日時間が取れないかお願いしたのだけれど、許していただけなさそうでしたわ」
でも仕方ありませんわよね、と口元に手を当てて微笑むパメラを見て、アディントン侯爵は鋭い視線をエドに送る。しかしすぐにパメラに対して笑顔を向ける。
「とんでもない。他国の王家へ嫁がれては、ご友人と遊ぶことすら自由にはできなくなりますから、息子でよければ、いつでも時間を作りますよ」
アディントン侯爵は笑顔でそうパメラと約束した。エドは一瞬固まったあと、父さん、と口を挟んだ。そんなエドに、ウィルは意外そうな顔をする。エドは真っすぐに父親の方を見る。
「俺はもう妻がある身です。そんなことはできません」
エドはそう真剣に返す。アディントン侯爵は、そんなエドを見て鼻で笑ったあと、ヒロの方を見た。
「ヒロ、構わないだろう?昔の友人同士として会うだけだ。なにも人から咎められることじゃない」
「えっ…」
ヒロはアディントン侯爵の威圧的な瞳に固まる。アディントン侯爵は、ヒロの考えなど何も気に留めない顔をしている。
「(…この顔に、この人は睨まれ続けてきたんだ…)」
幼少期からずっと、この視線に晒されてきたエドのことを思うとヒロは胸が苦しくなる。ヒロは彼の圧に何も言えずに俯く。そんなヒロを見て、自分に屈したと察したアディントン侯爵は、笑顔でパメラを見た。
「それでは、お約束の時間を決めましょう」
アディントン侯爵はパメラとどんどん話を進めていく。ヒロは何も言えないまま、ただ俯いていた。




