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休み明けにエドが城に向かうと、事務室にウィルとスチュアート公爵がいた。エドが、おはようございます、と挨拶をすると、ああエド、とスチュアート公爵が申し訳無さそうな顔をして言った。
「何かあったんですか?」
「それよりエド、昨日はヒロとうまくいったかな」
ウィルがそう話しかけてきた。エドは、そんなウィルに首をかしげる。
「なんだよ急に…」
「その雰囲気はいったな。うまくやれたんだな。それはよかった。アリスのおかげだな。感謝してるよな?ということは、ちょっとはこちらの言うことも聞いてくれるよな?」
「ど、どうしたんだ…」
「実はね、エド、アンドリュー侯爵家のご令嬢の送迎会が…」
スチュアート公爵が言いかけたところで、事務室の扉があいた。入ってきたのはアディントン侯爵だった。アディントン侯爵はエドを見ると、そちらへ真っ直ぐやってきた。
「エド、聞いたぞ、アンドリュー侯爵家のご令嬢の送迎パーティーにせっかく呼んでいただいているのに、不参加だそうじゃないか」
アディントン侯爵は、呆れたような顔でエドのもとへきた。スチュアート公爵は、ですから、とエドに詰め寄るアディントン侯爵をなだめるように声を掛ける。
「意図が分からないあちらからの要望に、全て応える必要はないと思いまして、私の方から不参加で良いと決めたんです。…2人は過去に恋人同士であったことも聞いていますし、もしエドが、何か不都合なことを彼女にされたりしたら、」
「だとしても、うまくいなせば良いだけの話。私の息子ならばできて当然です」
アディントン侯爵はそう言うと、エド、と息子の名前を厳しい口調で呼んだ。
「陛下は、国益のために他国へ嫁いでくださるご令嬢に対して大変感謝していらっしゃり、更には、件のこともあり御心を痛めていらっしゃる。そのお気持ちを少しでもお慰めするためだ。あちらが望んでいるんだから、お前が顔を出して、ご令嬢の気分をよくして差し上げればいいだけの話だ」
アディントン侯爵はそうエドに言い放つ。エドは仕方なく、わかりました、と頷く。アディントン侯爵は、それと、と続けた。
「ヒロもお誘いいただいているのだろう。もちろん連れてきなさい」
「そ、それは…」
エドが断ろうとしたけれど、アディントン侯爵はそれを遮るように、わかったな、と彼を威圧した。エドはその圧によってほとんど反射的に、はい…、と返してしまった。
アディントン侯爵は、スチュアート公爵に向き直すと、申し訳ありません、と貼り付けた笑顔を見せた。
「うちの愚息が、お忙しいスチュアート公爵のお手間を取らせましたこと、心より謝罪させていただきます」
「いや、ほんとにエドは出なくても、」
「それでは、次の用事がありますので、失礼致します」
アディントン侯爵は頭を下げると事務室を出ていった。固まるエドの肩を、ぽんとウィルが叩いた。
「ごめんね、鬼父には何度も父さんが説明したんだけどさ、なにせ圧が強すぎて」
「ねー、負けちゃうよねえ」
はあ、ごめんねえ、と肩を落とすスチュアート公爵。エドは、公爵のせいではありません、と慌ててフォローする。ウィルはメガネの位置を軽く直すと、まあさ、と話しだした。
「アディントン侯爵、パメラの結婚によってアンドリュー侯爵家が王家に恩を売っちゃったから、出し抜かれたと思ってカリカリしてたんじゃないかな?少しでも巻き返そうと、エドを売った感じかな」
「…俺は、仕事ならやるさ。ただ、ヒロが…」
エドは、そこまで言いかけて口をつぐむ。ウィルが、エドの背中を軽く叩いた。
「君とヒロのことは、こちらが責任もって絶対守るからさ。安心してよ」
「…そう言ってもらえると助かる」
スチュアート公爵は、怖いねぇ、と眉を下げた。
「パメラ嬢は何をするつもりなのかな。エドにビンタかな?パンチかな??」
「…俺にだけなら構わないんですけど」
そう言いながら嫌そうな顔をしたエドに、…やっぱり、痴情がもつれてるんじゃん、とウィルが呟く。しかしエドはすかさず、ない、と断言した。
ヒロは、書斎に1人でいた。静かな部屋で、床に座って、じっと本を読んでいた。
しかし、ふと気がつけば、ヒロはエドのことを考えていた。綺麗だと言ってくれた声、やさしい笑顔、抱きしめられたときの温度を思い出しては、顔を覆いたいくらい恥ずかしくなった。
「(…好きなのか…私はあの人が好きなのか…)」
ヒロはそう何度も自分に問いかける。自分がエドを好きなのであれば、エドは自分が好きなのだから、もうそれでハッピーエンドではないかと、そうヒロは自分に尋ねるけれど、心の中で、いや、違う、と否定が入る。
「(…エドが本当に私を好きでいるのだろうか)」
ヒロは、いまだに彼の気持ちを信じられずにいた。こんなにも素直に思いを伝えてもらっても、それでも、心の隅で、自分なんかが好かれるわけがないと疑ってしまうのだ。捻くれている自分の性分が憎らしくて、もっと素直な人になりたかったと心から渇望した。
「(…たとえば、とても素敵で綺麗な人が現れたとしたら、そしたら私はすぐに見捨てられる…)」
そんなマイナスな妄想がヒロには容易にできた。そんなときにふと、パメラという女性のことを思い出した。
「(そうだ、パメラ…。今週あの人の送迎パーティーがあるはず。それにエドは参加するはずなのに、私に何も言わない…)」
ヒロはそんなことを思うと、もしかして、エドはなにかやましいことがあって自分に言わないのではないか、という不安が胸に押し寄せた。やはり彼はパメラに心残りがあって、だから(一応)妻であるヒロにパーティーで会うことを隠しているのだというのだろうか。
「(…もしも、パーティーで2人が再会したとしたら…)」
学生時代以来数年ぶりに出会って、一度思いを通い合わせた2人が、また思いを通じ合わせたとしたら?ヒロはそんな想像を繰り広げて居てもたってもいられなくなる。本を閉じて、立てた膝に顔をぐりぐりと埋める。
「(…隣の国の王子様に見初められるような素敵な女性…私は絶対に敵わない…。しかも、エドを変えてしまった人だとか言う話も聞いた…。どんな人なんだ…いったいどんな…)」
ヒロは、胸の奥に矢が刺さったような痛みを覚えながら、はあ、と重い溜息をつく。
「(…かといって、私に聞く権利はないのか…)」
ヒロはもやもやする気持ちをなんとかなだめようとしたけれど、できず、読もうと思っていた本を読み進められないまま、ずっとうずくまっていた。
その日、エドは夕飯の時間には帰ってこなかった。
ヒロは使用人たちと談笑しながら夕飯を食べて、お風呂をすませて、寝る準備を整えていた。もう寝ようかという頃、ノックすら忘れたハンナが部屋に飛んで入ってきた。
「奥様、旦那様がお帰りです!寝てはダメです!!」
ベッドに入って横たわろうとしていたヒロの腕を引き、ハンナはヒロを立ち上がらせた。ヒロは、は、はい、とハンナに言われるがままになる。
ハンナはヒロの背中を押すと、エドの部屋につながる扉をノックした。ハンナはエドの返事を聞くと扉を開けて、ヒロを部屋の中に押し込んだ。
「(…相変わらず、有無を言わせない手際の良さ…)」
「ただいま帰りました」
部屋に入ってきたヒロに、エドが話し掛けた。上着を脱ぎ、シャツ姿になっていたエドは、どうやら今からシャワーを浴びるつもりだったようだ。
「お、おかえりなさいませ。お夕飯は?」
「昼が遅かったので、食べないつもりです」
「(…相変わらずの私には信じられない文化の違い…)」
エドはネクタイを緩めながら何か考え事をしていた。ヒロはそんなエドを横目で盗み見しながら、パメラのことを聞きたい欲と戦っていた。
「(…聞きたいことは聞く…ハンナもそうしろって言ってた…)」
都合よくハンナの言葉を思い出すけれど、でも…、と戸惑う。ヒロは、何度目かの決心のあと、エドの方を見た。
「あの、」
「あの、」
2人同時に話しかけてしまった。2人は一緒に口をつぐむと、少しの間のあと、お先にどうぞ、と言った。
「…」
「…」
お互い見つめ合って黙った。更に少しの間のあと、実は、とエドから話し始めた。
「急で申し訳ないんですが、今週、一緒にパーティーへ参加していただけないでしょうか?」
「へ?」
ヒロは目を丸くする。エドは、こういう場が連続になってしまって、本当に申し訳ないんですが…と呟く。ヒロはそんなエドを見てぽかんとする。エドは、とりあえず座ってください、とヒロをソファーに促した。ヒロは言われるがままにソファーに座った。エドは、その隣に腰掛けた。
「(…あれ、どういうことだろう?私はでなくても良いってウィルから聞いていたやつじゃなかったっけ?)」
「…そのパーティーというのが、他国へ嫁ぐアンドリュー侯爵家のご令嬢の送迎会でして、その、…その方が、俺が学生時代にお付き合いをしていた方なんです」
エドは、バツが悪そうな顔をする。ヒロは、そんなエドをぽかんとしたまま見つめる。
「俺は参加しなくてもいい手はずになっていたのですが、…アンドリュー侯爵家のご令嬢から、俺とあなたが必ず参加するように要求されていたこともあり、父が、その、どうしてもと…」
エドが申し訳なさそうに続ける。ヒロはエドの言葉を聞きながら、ヒロがウィルから話を聞いてからまた話が変わりエドも出なくて良いことになっていたけれど、さらにそこからアディントン侯爵が入ったことで、エドもヒロも参加しなくてはいけない、という事態に変わったことを察した。
ヒロはそんなエドを見つめながら、しってました、と答えた。ヒロの言葉に、エドは、えっ、と声をもらした。ヒロは、苦笑いをもらした。
「実は、知っていました。アリスの家に行ったとき、ウィルから話を聞いていたので」
「ああ…」
エドは目を丸くしたあと、ウィルの奴、俺に黙ってたな…、と呟いた。
エドは、ヒロの方を伺うように見た。
「それじゃあ、俺とパメラのことも…」
「ウィルはあんまり知らなかったみたいで、ほとんど聞いていません」
「そうですか…」
「…」
ヒロは、エドに聞きたくて聞きたくてうずうずするのを感じた。しかし、いざエドを目の前にすると、何を話されるのかが怖くなった。ヒロはしばらく黙ったあと、あの、とエドの方を見た。
「どうして、パメラはあなたと私を呼ぶのでしょうか?」
「…それが全く」
「…ものすごく心残りのあるお別れをしたとか」
「いえ、全く」
エドが言い切るので、ヒロは少し拍子抜けた。エドは、少し考えた後、あなたは興味がないかもしれませんが、と口を開いた。ヒロはそんなエドに、いいえ、と反射的に言った。
「興味があります」
ヒロは、そう言ってしまった後、言った後悔を感じて、エドから視線をそらした。
エドはそんなヒロを見つめて少し固まった後、俺は、と口を開いた。
「…ものすごくばっさり、パメラに振られたんです」
「…へ」
予想外の言葉に、ヒロは少しの間ぽかんとした。エドは、バツが悪そうに目を泳がせた。
「つまらない、中身のない男だって。彼女は俺にすっかり呆れていました」
「そうなんですか…。つ、つまらなかったんですか?」
「…ものすごくつまらなかったと思います。俺はずっと勉強ばかりしていましたから」
エドは目を伏せる。ヒロは、ウィルから聞いていた話を思い出しながら、そうなんですか…、と呟いた。
「俺は学生時代の放課後、ほとんどの時間を図書館で過ごしていました。父から、1番の成績を取らないと見捨てられると思っていましたから。だから、必ず1番を取るように、遊ばずにずっと。そんなある日、どこで俺を知ったのかわかりませんが、彼女が図書館にいた俺に話しかけてきたんです。彼女とは話があって、仲良くなって、すぐに恋人同士になったんです」
エドの話を聞きながら、昔の話のはずだけれど、胸が痛む自分かいることにヒロは気がつく。それを心の中で誤魔化しながら、ヒロはエドの言葉に耳を傾ける。
「彼女は俺が優秀な生徒であることを喜んだし、俺は彼女の期待にも応えようと勉強をしていました。それでも、彼女は恋人としても楽しい俺を望んだ。必死だった俺には、その2つは相反していて、それでもなんとか両立しようとして、…ある日のテストで、成績1位の位置が危うい時があったんです。その時俺は、父に見放されるのを恐れて、彼女の誘いを断った。そうしたら彼女に言われたんです。あなたには中身がない。自分がどうしたいのかなんてなにも考えていない。薄っぺらい、つまらない男だって」
エドはそう言い終わってすぐに、小さく息をついたあと、図星でした、と続けた。
「確かに俺には何にもなかった。何になりたいとか、どうしたいとか、そんな考えは一切なくて、ただ父の顔色ばかりうかがっていた。でも今更、俺には考える力がなかった。ただ見放されたくないというだけで懸命に走ってきた先に、自分のしたいことなんか何もなかったから。…そう気がついたら何もかも虚しくて、自分が惨めで、…ただ他人に手放しで褒めてもらえる見た目だけにすがるようになって…それで、あの日、初めてあなたに会ったときのような男に変わっていったんです」
エドはそう言うと、目を伏せた。ヒロはエドを見つめた。エドはヒロの方を見ると、これがすべてです、と言った。
「こんなふうに、俺は完膚なきまでに振られています。彼女は俺に未練もないだろうし、あるとしたら、学生時代の貴重な時間を半年弱ほど、つまらない男に浪費させられたことの恨みくらいです」
エドは、そう言うとなんともバツが悪そうな顔をした。ヒロはそんなエドを見て、ゆっくり目を細めた。そんなヒロを見て、エドは、う、と言葉を詰まらせる。
「…やっぱり、格好悪くて笑えますか…?」
「え?いいえ、全く」
ヒロは頭を振る。ヒロは少し目を伏せたあと、もし、と言った。
「もし私が、あなたと同じ学生時代を過ごしていたなら、その時に、そんなに自分を削らなくてもいいのにって、忠告しにいきたいくらいです。…なんて、とっても無責任ですけれど」
ヒロはそう言って苦笑いをする。エドはそんなヒロをしばらく見つめたあと、ゆっくり目を細めた。
「…もしも、あなたが同じ学校にいたら、俺は捻くれないで生きられた気がします」
「え?」
「あなたのことを好きになってから、早く家に帰りたくて、自分ではできないところは周りに頼るようになったんです。そうしたら、生きるのが少し楽になった。俺は頑なに、自分の弱いところは見せられない人間になっていたけれど、あなたが俺の見せたくないところを肯定してくれたから、そのおかげです」
エドはそう言うと、それに、とヒロの目を見て言った。
「それに、学生時代にあなたに会っていたら、その時に俺は、あなたにプロポーズをしていたと思います」
「えっ、え?」
エドがあまりにも大真面目に言うものだから、ヒロは拍子抜ける。エドは、いやまてよ…、と考え込む。
「でもあなたは、学生時代はジムと付き合っていたから断られるのか…。いやでも、最終的には別れるからその時に…いや、俺が捻くれていたからあなたは縁談を了承したのか、そうか…」
うん…、と考え込むエドに、ヒロは呆然としたあと、くすくすと笑った。そんなヒロに気がつくと、エドもつられるように笑った。
ヒロは笑いながら、わかりませんね、と言った。
「パメラは、あなたのどこがつまらなかったんでしょう。こんなに面白い方なのに」
ヒロは、まだ笑いながらそう話す。エドは目を丸くしたあと、また優しく目を細めた。
「他ならぬあなたに、そう言ってもらえてなによりです」
そうエドが笑って言うので、ヒロはまたくすくす笑った。エドはそんなヒロを見て、安心したように息をついた。
「…実は、思い出したくないことだったんです、このことは、ずっと」
「そ、そうなんですか?ごめんなさい、無理やり聞いてしまって…」
「いえ、あなたのおかげで、思い出して、消化できたような気がします」
エドは、すっきりしたような表情を見せた。その横顔を見つめて、ヒロは小さく微笑む。するとエドは、あ、と声を漏らした。
「そういえば、ウィルは俺のことで、何か余計なこと言ってませんでしたか?」
「よ、余計なこと…」
ヒロは固まる。エドは、何か言ったと察して眉をひそめる。ヒロは、た、大したことは何も!と慌ててフォローする。
「学生時代は暗かったとか、勉強教えたら素直に懐いてきて可愛かったとか…」
「は、はあ…」
「本当にそれくらいです」
エドは、それなら…、としかし不満そうに呟く。そんなエドを見て、ヒロは口元を緩める。
「…なんだか、すっきりしました」
ヒロは少し伸びをしてそう言った。エドは、え、と呟いた。
「もやもやとしていたので、教えてもらえてよかったです」
「…もやもや、してくれてたんですか?」
エドがそうヒロに尋ねる。ヒロは、えっ、と声を漏らしたあとエドの目を見た。そして、すこしずつ頬を紅潮させていった。ヒロは目を伏せると少し黙り、それからゆっくり口を開いた。
「…もやもや、していました…」
「…」
エドもヒロもお互い目を伏せたまま黙り込んでしまった。ヒロは耳まで赤くなるのを感じながら顔を覆いたくなる。
エドはゆっくり視線を上げてヒロを見ると、あの、と口を開いた。
「抱きしめてもいいでしょうか」
「えっ」
ヒロは目を丸くして目線を上げた。エドは小さく笑って、日曜日から味を占めました、と言った。ヒロはそんなエドにまた目を丸くしたあと、はい、と頷いて、両手を広げた。エドはそんなヒロを見て愛おしそうに微笑むと、ヒロを優しく抱きしめた。ヒロは広げた手をぎこちなくエドの背中に回す。彼の匂いや体温に包まれて、心臓の鼓動は速くなるけれど、でも、どこか安心できた。
「今週の日曜日は、前みたいなことは絶対に起こしません」
ヒロの肩に顔を埋めたまま、エドはそう告げる。ヒロは、マリアとのことを彼は知っているのか、と思い出し、あの時のことを思い出して少し胸が痛む。しかし、その考えを忘れるようにヒロは目を閉じて、はい、と頷く。
「…とはいっても、当日俺はパメラの接待に回る時間が長いと思うので、その時はウィル任せにはなるんですが…」
エドは、そう無念そうに言う。ヒロはそれに苦笑いをして、お仕事なら仕方ありません、と返した。
「(…そうだ、これは仕事。何も心配なんてなかった)」
ヒロは、エドの腕の中でもう一度瞳を閉じる。エドは、ヒロの背中に回した腕に少し力を込める。
「あなたのことが、好きです」
エドがそうヒロに告げる。ヒロは閉じていた目を開ける。のどの奥から出かけた言葉がどうしてもでなくて、ヒロはただ黙り込んでしまった。
「(…私もって、言いたかった)」
「(…やっぱり返事はない、よな…)」
「…」
「…」
エドはゆっくりヒロから体を離すと、ヒロと目を合わせて微笑んだ。
「そろそろ寝る時間です。俺はシャワーを浴びてきます」
エドはそう言うと立ち上がり、バスルームに姿を消した。ヒロはその背中見届けると、はあ、とため息をついてソファーに深く腰掛けた。そして、何も言葉が出ない自分が情けなくてもどかしくて、静かに足をジタバタとさせるしかなかった。




