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城の中で行われた会議が終わり、エドはアディントン侯爵とともに部屋を後にしようとしたところ、アディントン侯爵は別の貴族の当主に会議とは別件のことで話しかけられた。

少し席を外せとアディントン侯爵に言われたエドは、彼らから離れた。すると、同じく会議に出席していたウィルとスチュアート公爵につかまった。エドは、パメラの送迎パーティーの話か、と思いながら彼らを見ると、ウィルが、噂になってるよ、と話し始めた。エドは、噂?と首を傾げた。ウィルは、うん、と頷いた。


「城でめっちゃヒロにプロポーズしてたって」

「…」


ウィルの言葉にエドは固まる。ウィルとスチュアート公爵がお互い視線を合わせて、ねー、と言い合う。エドは、そうか見られていたのか、と焦る。

スチュアート公爵は優しい笑顔で、いやあ、と自身の髭を指で弄った。


「エドもそうなっちゃうのかあ、そうかあ…いいねえ、愛だねえ」


エドは恥ずかしさに慌てつつ、あの、と声を漏らす。するとスチュアート公爵は、いいんだよ、とエドの肩を叩いた。


「アンドリュー侯爵家のご令嬢の送迎パーティーについては、エドは出席しなくていいよ。こんな2人に水を差すようなことはしたくないし、そもそも、なんでご令嬢がエドを指名するのかこちらもわからないし。こっちでうまくやっておくから、エドは何も心配しないで」

「でも、」


エドがそう言うと、良いって良いって、とウィルが口を開いた。


「君だってめちゃくちゃ行きたくなさそうだったじゃないか」

「仕事なら行くと言っただろ。…でもまあ、そう言ってもらえるのなら…」

「あっ、安心してる。行かなくてよくなったから安心してる。やっぱパメラとなんかあったんだ」

「ない」


エドは苦々しそうにウィルに言う。ウィルは、そんなエドを訝しそうに見たあと、ふーん、とだけ返した。エドは、ウィルとスチュアート公爵の方を見て頭を下げた。


「お心遣いありがとうございます」

「いーよお」


スチュアート公爵がにこにことした顔でエドの肩を叩いたとき、話を終えたアディントン侯爵が戻ってきた。アディントン侯爵は、スチュアート公爵を見ると笑顔を作り上げて近づいた。


「スチュアート公爵、どうかいたしましたか」

「ああ、いえいえ、エドと奥様がうまくやっているか、話していたんです」


ねえ、とにこにこ笑顔でスチュアート公爵がエドに話し掛ける。エドは、は、はあ…、と曖昧な顔を返す。

アディントン侯爵は、息子へのお気遣い、いつもありがとうございます、と頭を下げた。

2人が、なにやら仕事の話を始めたとき、ウィルがエドの方に近づいて、ひそひそと耳打ちをした。


「相変わらずの圧だね、アディントン侯爵」

「…まあ」

「いつもあの人の下でよくやってるよな、俺なら逃げ出すよ」

「どうせ、君なら上手くやるだろ」


エドは小さく息をつく。そんなエドをウィルは小突くと、拗ねるなって、と小さく笑う。エドはウィルを小突き返すと、拗ねてない、と返す。ウィルはエドの横顔を見て小さく笑った。

エドが、そうだ、とウィルの方を見た。ウィルは、なに、と首を傾げた。


「君に聞きたいことがあった」

「俺に?いいよ、お兄様になんでも聞いてごらん」

「…前からなんだよお兄様って…。いや、正しくは君に聞いてもらいたい、だな」

「え?」

「アリスに…」


エドがそのまま話を続けると、話を聞きながらウィルは少しずつ目を丸くして、そして、はいはい、とにやにやしながらエドをまた小突いた。











前回のビル伯爵家でのパーティーで借りたワンピースのクリーニングがようやく済んだため、ヒロはハンナと共にビル伯爵の家に返却をしに行くことになった。エドも一緒に行くという話だったけれど、ビル伯爵となかなか予定が合わず、結局ヒロだけで返しに行くことになった。

ビル伯爵家の屋敷に着くと、使用人たちによって応接室に通された。ヒロは椅子に座り、お茶の準備を始めた使用人をぼんやり見ていたら、ビル伯爵夫人がやってきた。夫人は、挨拶をするヒロの前に座ると、笑顔で、わざわざありがとう、と言った。ヒロは、いえ、と頭を振った。


「こちらを貸していただいて、本当にありがとうございました」

「いいえ。それより、せっかくのパーティーだったのに、残念なことになってしまって…」

「いえ…。お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」

「あなたが謝ることじゃないわ。…今日、エドは仕事だったかしら?」

「はい」

「うちの人も急に仕事が入ったのよ。もうおじいさんなんだから、息子に任せたら良いのに」


夫人は頬に手を当ててため息をつく。ヒロはそんな夫人に、笑顔を返す。夫人はヒロの方を見ると、にこりと笑った。


「思ったより元気そうでよかったわ」

「え?」


ヒロは声を漏らした。夫人はにこりと笑った。


「私もよくあったのよ。主人のことが好きな女の子に嫌がらせされてね。主人の見えないところで、あなたなんて全然似つかわしくないわ!なんて。本当に品がないわよね、どこのお嬢様だっていうのかしらねえ」

「ふ、夫人が、ですか?」

「そうよ。もう何回もあったんだから」


くすくすと上品に微笑む夫人は美しく、若い頃も同じように綺麗な女性であったことがヒロには容易に想像がついた。こんな人までそんなことを言われたのか、とヒロは驚く。夫人はそんなヒロを優しい目で見つめる。


「私も若い頃は大人しかったのに、いじわるを言われ続けて随分たくましくなってしまったわ」


冗談めかして言う夫人に、ヒロはくすくすと笑う。夫人は、でもね、と続ける。


「こういうのに、無理に耐える必要はないと思うの。耐えきれない人だってきっといるもの。…私はね、ヒロ、あなたが耐えられなかったらって、心配なのよ」


夫人の瞳が心配そうに揺れる。そんな視線に、ヒロは目を伏せた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「私、小さい頃からずっと、周りの人たちと比べて器量が悪いと言われてきたんです。だから、彼のことを好きであろう女性から容姿のことを貶されたときも、ああやっぱりって、そう思ったんです。これ以上傷つきたくなくて、気持ちに蓋をしていました」


夫人はヒロの言葉に真剣に耳を傾ける。ヒロはゆっくりと視線を上げて、夫人の目を見た。


「でも彼が、私を綺麗だって、そう言ってくれたんです。…それは彼の優しさだとわかっている、本来自分に掛けられる言葉ではないってこともわかっている、…でも、その言葉を素直に信じてみたいって、…今は無理だけれど、でもいつか、って、そう思ったんです」


ヒロは、ティーカップに注がれた紅茶にうつる自分が見えて、反射的に目を逸らした。

夫人は、ヒロの瞳を見つめながら、目を細める。


「信じることは恐ろしいわ。裏切られるかもしれないということだもの。でも、そうやって自分の心に蓋をしてしまうことは、また別の傷を自分につけ続けるということ。信じることが怖い気持ちはよく分かる。…でも、信じられる人は必ずどこかにいるはず。…それに、あの子は軽々しい冗談でそんなこと言わないと思うわ」


ねえ、と夫人が後ろに控えていたメイドに話し掛けた。ヒロがそちらをみると、パーティーの日にヒロに付き添ってくれた女性だった。メイドは微笑むと、はい、と頷いた。ヒロは、え、と呟いた。


「あの日エドが、帰る直前にこの子を探しにきて、ヒロのところに誰か来ませんでしたか!って、すごい形相で聞いてきたみたいよ。あなたに元気がなかったことを察したんじゃないかしら」


夫人がくすくす笑いながらそう話す。メイドも、口元に手を当ててほほ笑ましそうに笑う。ヒロは、エドがそんな素振りをヒロに見せていなかったため、目を丸くして驚いた。

夫人は、ヒロの方を見ると優しく目を細める。


「また、いつでもこちらにいらして。こんなおばあさんでも、話を聞くことしか出来なくても、いくらか気持ちは晴れるでしょう」

「そんな…」

「ご遠慮なさらないで。歳を取ると、若い人たちのお話を聞くだけで元気になれるから」


夫人は、そうだ、と言うと控えていた使用人に合図をした。使用人は後ろに下がると、すぐに戻って、小さな箱を持ってきた。それを夫人が受け取ると、彼女はヒロにそれを渡した。ヒロは、おずおずと両手で受け取ると、これは、と夫人に尋ねた。


「ネックレスよ。私が使っていたものだけれど、若い人のデザインのものだから、よろしければお使いになって」

「そんな…頂けません」

「ええ、そうおっしゃると思ったわ。だから、お貸しするだけ」


夫人は、ふふ、と微笑む。ヒロは、夫人の瞳を見つめる。夫人は、ヒロの手にある箱の蓋を開けた。中からは、エメラルドグリーンの宝石のついた繊細な飾りのついたネックレスが入っていた。ヒロは目を丸くする。


「素敵です…」

「負けそうになったとき、これをお守りにして。私はこれをつけて、いろんな物を乗り越えたわ。そんなことを思い出して、盾にしてみて。もちろん、無理をなさってはだめよ」


夫人は、開けた箱をそっと閉じた。そして、ヒロの目を見た。


「そして、それを返しにいらしたとき、その時のお話を聞かせて。もちろん、負けた話でも良い」

「…奥様…」

「あなたを見ていると、昔の自分を見ているようなの。あなたのこともだけれど、あなたを通して、昔の自分も助けたいの」


夫人はそう言うとまた優しく微笑んだ。ヒロは少しの間、彼女の綺麗な瞳を見つめた後、いえ、と頭を振った。


「私なんか、そんなことをしていただけるようなものではありません」

「なぜ?」

「…私、好きな人がいるんです。エドではありません。彼も知っています。…数年前に結婚してしまった人です。その人が忘れられないまま、ずるずると生きているんです」


ヒロの言葉に、まあ、と夫人が口元に手を当てた。そして、くすくすと微笑んだ。


「私にも覚えがあるわ。当時好きだった人と別れさせられて、今の旦那に嫁いだときは世界を恨んだもの」

「奥様…」

「ますます私みたいよ。…さあ、これをお持ちになって」


夫人にヒロはネックレスを勧められると、ありがとうございます、と深々とお辞儀をした。










ヒロが、ビル伯爵家から家に帰ると、3時過ぎにもかかわらず、馬車が置いてあり、エドがもう帰宅していたようだった。

ヒロは馬車からおりると、中庭を通って屋敷に向かった。すると、中庭のガーデンテーブルに座って本を読んでいるエドの背中が見えた。ヒロは、そんなエドに気がついて少し身構える。ハンナは、ヒロの方をちらりと見たあと、小声で、私は先に帰っております、と言うと、そそくさと屋敷に戻っていってしまった。ヒロは、ハンナの気遣いにさらに緊張する。ヒロは深呼吸をしたあと、気合を入れてエドのそばに向かった。ヒロはエドの前に立つと、ただいま戻りました、と声をかけようとした。しかし、なんだかエドの様子がおかしいことにヒロは気がつく。よく見ると、本を読んだ態勢のまま、エドは眠ってしまっていた。


「(…こんなところで寝てる…)」


ヒロは、腰をかがめると、そっとエドの寝顔を見つめる。きれいな銀髪が、2月も終わりにさしかかった昼間の太陽に優しく照らされて、きらきらと輝いている。エドの長い睫毛は、彼の白い肌に影を落としている。彼の前の花壇には可愛いアネモネの花が咲き誇っている。


「(…私は、この人のことが好きなんだろうか)」


自分で自分に尋ねる。この人に綺麗だと言われた時に、胸が苦しくなった。素直にその言葉を喜べる人間でありたかったと、深く後悔した。綺麗だと言ってくれるその言葉を信じたい、瞳を信じたい。それでも、そんなわけがないと笑う誰かの声がヒロの耳に届くと、背筋が凍るような気持ちになる。自分の嫌いで仕方ない顔が脳裏によぎると、ヒロははっと息を呑む。


「(…私なんか、誰にも好かれるわけがない…)」


かつて言われたジムの言葉が頭の中で響く。ヒロは頭痛がして、曲げていた腰を伸ばす。


「…あれ…」


エドの眠そうな声がした。ヒロは、はっとしてエドの方を見た。エドは目をこすると、ヒロの方を見上げた。そして、あ、と声をもらした。ヒロの姿に驚いたのか、エドは寝ながら手に持っていた本を地面に落とした。


「おかえりなさい」


エドは、落ちた本を拾いながらそういった。ヒロは、あなたも、おかえりなさい、早かったんですね、と返した。エドは本を拾うと、土を払いながら、はい、と返した。


「今日は思いのほか早く終わって。…ビル伯爵はお元気でしたか?」

「ええと、お仕事が入ったようで、奥様とお話させていただきました」

「そうでしたか」


エドは本をテーブルに置いた。ヒロは視線をエドの方へやれずにその本を見つめる。沈黙がなんとなく恥ずかしくて、ヒロは、珍しいですね、と話し掛けた。


「ここで本を読まれるなんて」

「ああ…、日差しが暖かくて天気が良かったので」


エドは眩しそうに空を見上げた。そして、それに、と続けた。


「それに、花壇の花が綺麗だったから」


エドの言葉に、ヒロは花壇に視線が移る。冬の空の下で綺麗に咲く赤いアネモネが見える。ヒロは花壇の方に足を向けると、花の前でしゃがんだ。


「それは、…何か良いことがあったんですか」


ヒロはそう花を見つめながら返す。エドは、良いこと…、と言ったあと少し黙る。ヒロは風に揺れる花びらを見つめながら、きっとあったんですね、と微笑む。


「それならよかったです」

「…」


エドはヒロの背中を少し見つめた後、椅子から立ち上がり、ヒロの隣に来てしゃがんだ。ヒロはエドの方に顔を向ける。エドと目が合ったとき、ヒロは恥ずかしさに視線を花に逃した。その時、あ、とヒロは声を漏らした。


「そうだ、夫人からネックレスを貸していただきました」

「ネックレス、ですか?」

「はい。とっても素敵なもので。夫人が昔よく身に着けていらしたものみたいです」

「そんな大切なものを…」


エドが少し驚いたような声を出す。ヒロは、夫人と交わした話をエドには深く話すことが出来ずに、曖昧に、また着けさせていただこうと思います、とだけ返す。エドは、そうですか、と呟く。


「とはいえ、直近にパーティーの誘いはあったかな…」


エドの言葉に、ヒロはあれ、と思う。ウィルの話では、パメラの送迎パーティーの話が来週あるはずだけれど、とヒロは思ったけれど、すぐに、そうか自分はでないから関係ないのか、と思い直し、あの、と声に出した。


「ええと、来月、アリスの20歳の誕生日パーティーがあったはずです。近い内に招待状が届くかと」

「そうなんですか。…それはすごく豪勢なものになりそうですね」

「ですね」


ヒロは花を見つめながら目を細める。スチュアート公爵家のパーティーとあらば、さらには可愛い娘のためとあらば、特別なパーティーになるのだろう。アリスが主役になるおめでたい日を思い描いてヒロは口元を緩める。

エドはヒロの横顔を見つめると、あの、と話し始めた。ヒロは、はい、とエドの方を見た。


「今週、出かけませんか?」

「はい。どこへですか?」

「近くの山に」

「山?」


ヒロは予想外の提案に目を丸くする。エドは、登りはしませんけれど、と続ける。


「麓の方で、野花が咲いているところがありますから、見に行きましょう、一緒に」


エドの言葉に、ヒロは目を輝かせる。そして、はい!と勢いよく頷いた。そんなヒロを見て、エドは目を細めた。

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