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ヒロは、生まれて初めてお城へ向かっていた。アリスと馬車に乗り、窓から大きなお城を見上げた。幼い頃、父が時々お城へ行くと言って出かけていったとき、その背中を見つめながらとても特別な気持ちになったことを思い出す。

馬車を止めて、ヒロとアリスは外へ降り立った。大きなお城をまた見上げて、ヒロは感嘆のため息が出る。


「(…こんなところに、エドはいつも仕事に行っているのか…)」

「あら、お兄様」


アリスが笑顔を向けた方を見ると、そこにはウィルがいた。ウィルは軽く手を挙げて、やあ、とヒロとアリスに声をかけた。ヒロはウィルに頭を下げた。ウィルはそんなヒロを見て小さく微笑む。


「叔父さんのとこへ案内するよ。ご令嬢2人だけで歩いてると目立つだろうし」

「お気遣いありがとうございます」


アリスはそうウィルに微笑む。ウィルは、それじゃあ行こう、と歩き出す。ヒロは、2人の叔父様は、このお城のどこにいるのだろう、と考える。その時、あれ、とヒロは何かに気がつく。


「そういえば、2人の叔父様って…」


ヒロは、嫌な予感がしてアリスの方を見る。アリスは笑顔で、叔父様は叔父様ですわ、と返す。


「叔父様はそうだろうけど、叔父様…アリスのお父様の、ご兄弟…」

「お父様のお兄様にあたる方ですわ」

「お父様のお兄様…」


ようやく気がついたヒロは、はっ、と呼吸が止まった。ウィルはヒロの異変に気が付き足を止める。


「どうかしたの?」

「あの、…もしかして、叔父様って、…この国の…」

「国王だね」


さらりと言ってしまうウィルに、ヒロはまた呼吸か止まる。そして、足を止めて高速で頭を振った。


「む、むり…むりです!ごめんなさい!」


ヒロは必死に2人に謝った。アリスは、あら、と頬に手を当てた。


「叔父様、ヒロと会うことをとっても楽しみにしていらしたんですのよ?急に断るなんて…」

「だって、まさか叔父様が国王陛下のことだとは思ってなくて……いや、2人からしたら叔父様なんだろうけども…!そうなんだろうけどもっ…!とにかく、恐れ多くて無理です…!」


ヒロはどんどん顔を青くしていく。ウィルは、仕方ないよ、とアリスに話し掛けた。


「詐欺みたいな方法でヒロを連れてきた俺たちも悪いし」

「(…騙している自覚はあったんだ…)」

「叔父様も、この作戦なら大丈夫だっておっしゃってましたのにね」

「(まさかの国王陛下も共犯…。そして、なぜそんなに私を呼びたいんだ…)」

「仕方ありませんわ。1時間ほどで終わりますから、お待ちいただいてもよろしいですか?」


アリスにそう言われて、ヒロは頷く。ウィルが、それじゃあ、とヒロに話し掛ける。


「ヒロは俺と事務室で待っていようか」

「事務室、ですか?」

「城で働く人たちが普段仕事してるとこ。丁度エドの席が俺の隣だから、そこにいたらいいよ」


ウィルは、アリスの連れてきた使用人にアリスを任せると、ヒロと一緒に城内を歩き出した。









ヒロは、ウィルに連れられて、広い城内を歩いた。様々な貴族が話しながら歩いていたり、山のような書類を抱えて駆け回っていたり、普段は屋敷にずっといるヒロからしたら、とても不思議な光景だった。通り過ぎる人たちは何やら難しい話をしており、ヒロまで緊張してしまうほどだった。

ウィルは、事務室の前にヒロをつれてきた。彼が開けた扉の中に、ヒロは足を踏み入れた。20弱ほどの机が並んでおり、奥には本棚もたくさん並んでいた。机のどれも、書類が山積みになっている。父からよく、城で働ける人は優秀な人ばかりなんだよ、という話を聞いていたヒロは、背筋が伸びるような気持ちになる。

事務室には誰もおらず、しんとしていた。


「ここ、ここだよヒロ」


ウィルがヒロを手招きした。振り向くと、自分の机の隣を指さすウィルがいた。ヒロは、はい、と言うと、ウィルの側に来た。


「ここがエドの席。座って」


ウィルは、椅子を後ろに引くとヒロに促した。ヒロは一瞬戸惑ったが、立ち続けるわけにもいかず、言われた通りに座った。ウィルはその隣に座った。

エドの机には、他の机と同じように本や書類が山積みにされていた。よく遅くまで仕事をしている彼の苦労が、この机から漂ってくる。

ウィルは、どう、とヒロに尋ねた。ヒロは、え、と声を漏らして、ウィルの方を見た。ウィルは淡々とした口調で続けた。


「旦那の職場見学」

「えっと、…すごいな、って…」

「だよね。毎日毎日、よくこんな事してるよね」

「ウィルもでしょう?」

「そだね。自分でもびっくりしすぎて引いちゃうよ」


ウィルはテーブルに肘をつき、手のひらの上に頬を乗せて、眼鏡の奥の瞳を細めた。ヒロは、そんなウィルにつられて小さく笑う。

ウィルは、あっちが仮眠室、と本棚の奥にある扉を指さして言った。ヒロは、仮眠室?と首を傾げた。ウィルは、そそ、と頷いた。


「マジでヤバイとき、みんな城に泊まり込みで仕事するから、その人用」

「す、すごそうですね…」

「エドも前まではよく使ってたよ。朝帰りしてたこと、結婚してからも結構あったでしょ?エドの父上が鬼だからさ、よく無茶苦茶言われて泊まり込んでたよ」


ウィルが苦笑いをもらす。ヒロは、そんなウィルの言葉に固まる。そんなヒロに、どうかした?とウィルが尋ねる。


「あ、いえ…」

「なーに?お兄様になんでも聞いてごらん」

「…同い年じゃないですか」

「まあまあ。で、何か気になることでもあった?」

「…エドが朝帰りしてるのは、その、女性のところに行っていたからかと思っていて…」

「ああ」


ウィルはそう声を漏らすと、にやりと目を細めた。


「どうだろう?そういうこともしてたかな。エドに聞いてみたら?」

「えっ、き、聞けませんよそんなこと…」


ヒロはそう返すと、目を伏せた。自分には聞く価値がない、それに、その事実を聞けば傷つくような気がしたからだ。

黙り込むヒロに、ウィルは口元を緩めた。


「冗談だよ。エドはそんなことしてないと思うよ」

「え?」

「エド、根はガリ勉の真面目ちゃんだから。遊びまくってるって言う割に、そういう一線越えるようなこと、遊びでは絶対できないタイプだから」


ウィルはそう言いながら、まあ、これがフォローになってるかは微妙か、と頭を掻いた。

ウィルの言葉に、ヒロの胸に安堵の気持ちが広がった。ヒロはそんな自分に、なぜ、とわからなくなる。


「(…一線越えることは遊びではできない…)」


ヒロはウィルの言葉を頭の中でくり返したとき、あの夜のことを思い出して顔がどんどん熱くなるのを感じた。ヒロは恥ずかしい気持ちで一杯になり、ウィルから視線をそらした。

ウィルは少し黙った後、エドはさ、と口を開いた。


「エドは、昔はもっと素直で可愛げがあってさ。まあ、華やかさとは程遠い根暗だったけど。兄貴分として勉強教えてやったりして可愛がってたのに、それが卒業してから久しぶりに城で会ったらすっごいいけ好かない男になっててびっくりした。何があった?って感じでさ。華やかになった代わりに、プライドは高いわ、女遊びは激しいわ…。なにより、初めて会った時よりもっと追い詰められてて、それを人に知られないように必死になってて…。冗談抜きに、いつかこの人は壊れるんじゃないかって、俺本気で思ってた」


ウィルはヒロを見つめながらゆっくり目を細めた。


「それが、最近は昔に戻ってきているように見える。ヒロと夕食を食べたいからって、死んでも人に頼らないって感じだった奴が、周りに仕事の助けを頼んでてさ。ヒロのことを好きになったからだって、俺は思う。…つべこべ言う周りはたくさんいるだろうけど、それはエドが遊びすぎてたのが悪いのであって、ヒロが傷つくことじゃない。マリアがヒロに何か言ったのだって、エドが好きだったから、嫉妬して過ぎた言葉が出たんだよ。君がどうこうって話じゃない。周りが何と言おうと、俺は、エドと結婚したのがヒロで良かったって思ってる」


ヒロは、ウィルの言葉に目を丸くする。ウィルは腕を組むと、まあ、と言いながらため息をつく。


「あいつ子どもみたいなとこあるし、へたれてるとこもあるから、ヒロも苦労するだろうけど、そんなやつでよければ付き合ってやってよ。根は悪いやつじゃないからさ」


ウィルの言葉に、ヒロは固まる。少し黙った後、ヒロはまた目を伏せる。ウィルはそんなヒロに首を傾げる。


「(…俺、ナイスフォローをしたつもりだったんだけどな…)」

「…ありがとうございます。でも」

「でも?」

「マリアの言う事も、もっともだなって、思ったから」

「もっとも、とは…」


ウィルがヒロに尋ねようとしたとき、事務室の扉が開いた。すると、男達が3人入ってきた。そして、ヒロを見ると目を丸くした。ヒロは、目が合うと慌ててお辞儀をした。


「あれ、こちらのご令嬢は…?」

「エドの奥様。ヒロ・アディントンですよ」


ウィルがヒロを紹介した。すると、ああ、と男達が社交的な笑みを見せた。


「はじめまして」

「いやあ、お会いしたいと思ってたんです」


男達がヒロの方に来て、笑顔でそう話す。ヒロは彼らを見上げながら、は、はあ…とぎこちなく返す。ウィルは、彼らを見て、ヒロ、と呼んだ。


「彼らは右から、これまで散々エドに狙っていた女性を取られてきた男ABCだよ」

「え、えっ?」

「おいウィル、なんていう紹介の仕方だよ!」


男がウィルにそう怒る。ウィルは、あれ、違いましたか?ととぼける。そんなウィルに、男達はため息をつきながら、自分の机に戻った。

ヒロは、ウィルの言葉が頭から離れず固まる。ウィルは小声で、だから、ヒロに感謝してる男達だよ、と説明した。そんな説明に、ヒロは苦笑いを返すしかなかった。

先ほどの男達も、黙々と机に向かって作業を始めた。そんな彼らを見て、ヒロは、あ、と呟く。


「そうだ、ごめんなさい、あなたの仕事の手を止めてしまって」

「大丈夫だよ。俺、だいたいの仕事は終わってるから。あとは、来週のパメラの送迎パーティーの準備くらいだから」

「ああ…」

「結局、エドはそれほど口を割らなかったよ。本当に2人は大したことがないのか、実はあるのか…」


ウィルは少し考えた後、あ、とヒロの目を見た。そして、すすすとヒロの側によると、ヒロにしか聞こえないように耳打ちをした。


「ヒロは出ない方向に持ってくみたい。エドの意向でね」

「エドの…」

「ヒロがマリアに何か言われたってこと、エドは勘づいてるみたいだよ。何言われたかエドには言っておいたら?パメラのこと以外にも、何か言われたんでしょ?」

「…」

「とても言えないようなこと言われちゃった?」

「…」


ヒロは目を伏せて黙り込む。ウィルはそんなヒロをじっと見つめる。すると、ヒロの肩に誰かの手が乗った。そして、ウィルがヒロから離れ、誰かがヒロとウィルの間に立った。ヒロが顔を上げると、怒った顔をしたエドがウィルを睨んでいた。


「ヒロに近づくなって言っただろ」

「君…お兄様がせっかく君のためを思ってヒロと話をしてあげてたのに…」

「誰がお兄様だ、誰が」


ウィルは、エドに睨まれると、はいはい、と言って、椅子を定位置に戻した。エドはため息をつくと、ヒロの方を見た。


「今日、城に来る予定だったんですね」

「あ、あの、ごめんなさい、言うタイミングがなくって」

「いえ…。もう帰るんですか?」


エドに尋ねられて、ヒロは時計を見た。もうそろそろ、アリスのお茶会も終わる頃合いだった。ヒロは、はい、と頷いた。エドは、そうですか、と返した。


「陛下とお茶会をしてきたんですか?」

「えっ?し、してません…」

「え?」


エドは首を傾げる。ウィルが、直前でヒロ、怖気づいちゃったもんね、と笑う。ヒロは、う、と言葉をつまらせた後、ごめんなさい…と少しうなだれた。


「まさか陛下のことを、アリスが叔父様と呼んでいるなんて想像がつかなくって…」

「(…まさかお茶の相手が陛下とは思わずについてきたのか…)ああ…」


エドが何かを察したような顔をしたあと、じろりとウィルを見た。


「君、謀っただろ」

「俺発信じゃないよ。叔父さんだよ」

「…そこまでして何をお尋ねになりたいんだよ」

「仕方ないよ、叔父さんも叔母さんも、君のことが好きだから、気になって仕方ないんだよ」

「王妃のことを叔母さんって呼ぶな」


エドは、はあ、とため息をつくと、ごめんなさい、とヒロに謝った。


「なんというか…王家の戯れにあなたを巻き込んでしまったとでも言うのか…」

「(王家の戯れ…)は、はあ…」

「とりあえず、馬車まで送ります。行きましょう」


エドはそう言うと、ヒロを呼んだ。ヒロは、はい、と言うと、ウィルの方を振り返った。そして、ありがとうございました、とお辞儀をした。ウィルはそんなヒロを見て目を細めると、じゃあね、と軽く手を振った。


事務室を出ると、エドの従者が立っていた。エドに気がつくと、もう会議に出られますか、と尋ねた。エドは、いや、と頭を振った。


「妻が来ているんだ。彼女を送ってから行く」

「半刻後ですけれど…」

「間に合う」


エドはそう言うと、従者を置いて歩き出す。ヒロはその後ろを追いかける。少し迷ったあと、ヒロはエドの背中に、あの、と声をかけた。


「お忙しいのなら、1人で帰れますから」

「大丈夫です。行きましょう」


エドはそう言うとまたヒロを連れて歩き出す。ヒロは、何となく申し訳ない気持ちと、それと気まずい気持ちが同居する不思議な感情になる。

すると今度は、貴族の若い男がエドに話し掛けた。


「すまない、さっきの会議の話でわからないところがあって」

「ああ…後でいいかな。今急いでいて」

「俺もすぐ城を出ないといけないんだ。頼むよ」

「…」


エドは必死な彼に少し困惑した。ヒロは、あの、大丈夫です、とエドに声を掛ける。エドは困ったような顔をしたあと、ごめんなさい、すぐ戻ります、と言うと、貴族の男となにやら仕事の話を始めた。

ヒロは、邪魔にならないように彼らの側から少し離れて、今来た道をゆっくり歩いて戻った。あの角を曲がったら、またエドのもとに戻ろう。そう思いながら角を曲がったとき、先ほど事務室で挨拶をした3人の男が廊下で話し込んでいた。男の1人がヒロに気がつくと、嫌みな笑顔を浮かべ、他の2人になにやらひそひそと話した。他の2人もヒロの方を見ると、小さく笑った。


「あのエドも、最後の女があの程度か」

「残念だよな。お家のためなら仕方ないけどさ」

「にしたって、もうちょっと選べただろ」

「遊び人の最後がこれなんて、笑えるよな」


くつくつと笑う3人に、ヒロは瞬きをくり返したあと、ゆっくり目を伏せた。

傷ついてはいけない。

ヒロはそう心の中で呟く。自分は至極当然のことを、当然のように彼らから言われているだけ。傷つくということは、自分はそんなんじゃないと、そう自分を高く見積もりすぎているということ。

これまでもそうだった。よくあったこと。もうとっくの昔に慣れてしまったこと。

ヒロは表情を消して、心も消す。今、自分に似つかわしい言葉を投げかけられているだけ。花を綺麗というのと同じこと。それだけ。だから、心を揺らしてはいけない。いけない。


彼らに背中を向けて、ヒロは元いた場所に戻ろうと歩き出そうとした。すると、ものすごい勢いでこちらへ来る誰かとすれ違った。ヒロは、えっ、と声をもらし、その誰かを振り返った。すると、怒った顔をしたエドが、3人に対して凄んでいる所が見えた。

男たちが顔に汗をかいて、い、いたのか…と慌てて呟く。エドは、見たことがないほど怖い顔で3人の男たちを睨みつけていた。


「彼女に謝ってください」


エドは、そう男たちに凄む。男たちはエドの迫力に完全に怯んでいる。ヒロは慌ててエドのそばに寄り、彼の腕を引っ張った。


「あ、あの、いいんです、慣れていますから」

「良くない、何も良くない。こんなことに、慣れちゃだめだ」


エドは、そうヒロに真っ直ぐ訴える。ヒロは、そんなエドに目を丸くする。エドはまた男たちの方を向くと、彼らを睨みつけた。


「謝ってください。謝るまで、俺はここから離れません」

「…」


エドの迫力に、3人はお互い顔を見合わせると、ご、ごめんなさい…、と力なくヒロに謝った。


「…エドにこれまで散々女性をとられてきたから…そのやっかみで、つい言ってしまいました…」


3人のうちの1人の男がそう言うと、また他の2人も、ごめんなさい…と謝った。彼らの言葉に、エドは、う、と何やらダメージを食らう。


「(…また…、また俺の行いの報いがヒロに……)」

「…」


ヒロは少し呆然としたあと、いえ、気にしていません、と彼らに告げた。彼らは安堵のため息をつくと、そそくさとこの場から逃げていった。









馬車の乗り場まで、エドはヒロを送った。ヒロはエドの方を向き、ありがとうございました、と頭を下げた。エドは、いえ、と頭を振ったあと、それより、と続けた。


「今日はごめんなさい、俺のせいで不快な思いをさせてしまって…」

「…」


ヒロは申し訳なさそうな顔をするエドを見上げて、いえ、と頭を振った。エドは心配そうに、でも、と続ける。そんなエドに、ヒロは少し黙ったあと、あの、と口を開いた。


「性格の悪いことを言います」

「え?はい」

「…彼らに容姿を貶されたとき、ああまたかって、思いました。でも彼らから、あなたへの嫉妬から言ってしまったって聞いたとき、なんだって、少し安心したんです。今まで何度も容姿を貶されてきたから、今回は、ああ、私の見た目が原因じゃないんだって、そう思ったら、いつもより全然傷つかなかった。…ごめんなさい、あなたは良い気がしないですよね、周りから妬まれてるってことだから…」


ヒロは、説明に困ったように苦笑いをする。そんなヒロを見て、エドは少し呆然とする。


「(…どういう展開だろう…。彼女が傷ついていないのならいいのか…?)」

「あ、お忙しいんでしたよね。ありかとうございました、それでは、」

「いや、良くない、良くないです」


エドはそう言うと、向かい合うヒロの手を握った。ヒロは、え、と声を漏らしたあと、エドの瞳を見つめた。


「あなたは綺麗です。本当に、本当に綺麗です」


エドは真剣に、まっすぐにヒロの瞳をみてそう告げる。ヒロは、エドの赤い瞳から目が離せなくなる。エドの手の力がまた強くなる。


「もしあなたが、100人に否定されたなら、俺が1000回でも、100万回でも、あなたに綺麗だと伝えます」


エドはヒロの手を握り、真面目な顔をする。


「俺の目には、あなたが一番綺麗に見えます」


エドの言葉に、ヒロは呼吸が止まる。もう揺らしたくないと思っていた胸の奥が、否応なしに揺らされる。

信じてはいけない。傷つくのは自分。そう言い聞かせても、何度も何度も言い聞かせても、ヒロの心臓が動こうとする。心が震える。胸の奥が熱くて、苦しいくらいになる。こんな気持ちになってはいけない。傷ついてしまう。そう自分で自分に防波堤を建てるけれど、どうにもならないほど心が揺れていた。


ヒロがエドの目をから目を離せないでいたら、周りから拍手の音が聞こえた。えっ、とヒロが声を漏らして周りを見ると、城に用があって来たらしい貴族たち十数人がいつのまにか観衆となり、ヒロとエドに温かい拍手と歓声を送っていた。

ヒロは硬直しながら今の状況を確認する。確認する度にどんどんヒロの顔が熱くなる。ヒロは耐えきれずに、エドの手から慌てて逃れると、スカートを翻してそのまま馬車に乗り込んだ。


荒い呼吸をしながら馬車の椅子に座ると、すでにアリスは戻ってきていたらしく、笑顔でヒロの向かい側に座っていた。ヒロはアリスと目を合わせて固まった。アリスは口元に手を当てて、くすくす、と微笑んだ。


「素敵な告白でしたわ。大きい数を言う所が小さい子どもみたいで可愛らしくって、とってもよき、ですわ」

「あ、アリス…」

「どうしますか、お返事してから帰りましょうか?」

「も、もう無理です、合わせる顔がありません…」

「まあ、では、深呼吸してから向かいましょうか?私、このあとの予定がありませんので、いくらでもお待ちいたしますわ」

「お願いします、馬車を出してください…!」


ヒロの懇願に、アリスはくすくすと笑うと、それでは参りましょうか、と運転手に告げた。安堵するヒロを連れて馬車は動き出すけれど、でも直に家にエドが帰ってくるのだという事実に、ヒロは更に顔を赤くするしかなかった。

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