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アリスの家に行った日の夜、エドはヒロが寝る時間には帰ってこなかった。ヒロは久しぶりに自分の部屋で、1人で眠ることになった。

ベッドの側のテーブルに置いた明かりでしばらく本を読んだあと、眠気が襲ってきたため、ヒロは本を閉じた。本をテーブルに置いて寝ようとしたとき、伏せたままになっていたジムの写真立てに視線が移る。


「(…ジムだけを想っていれば、こんな思いしなくて済んだのに…)」


ヒロは目を伏せる。想い続けると約束してくれた彼のことを、そのままずっと想い続けていれば、あんな言葉で傷つけられることもなかった。


「(大人しく、立ち止まっていれば良かった。私なんかが、立ち上がって、新しい場所へ行こうとすることがそもそも無理な話だった)」


ヒロはため息をついて、布団に潜った。その夜は、何度も寝返りを打ち、ため息をつき、そして、眠れないまま過ぎていった。








次の朝、ヒロはいつものように起こしに来たハンナに体を揺すられてもなかなか起きられなかった。

目がようやく覚めて、慌てて準備をして、外に出られる格好になる頃には、エドが出かける時間になっていた。ハンナと急いで玄関に向かうと、丁度エドが出ていく直前に間に合った。

エドはヒロを見ると目を丸くして、おはようございます、と言った。ヒロは、寝坊したことが恥ずかしい気持ちで、おはようございます…と返した。


「体調が悪いんですか?」

「いえ、そんなことは…」

「それなら良いんです。…今日は、夕飯までには帰れると思います。それでは」


エドはそう言うと家から出ていった。ヒロはその背中を見送ると、はあ、とため息をついた。


「(寝過ごすなんて…)」

「奥様、食堂に向かわれますか?」

「は、はい。行きます」


ヒロはハンナに連れられて食堂に向かいながら、そういえば、今日アリスと城に行く話をエドに出来なかった、と心の中で思った。


「(…まあ、お城で出くわすこともないでしょう…)」

「旦那様、奥様のこと待っていらしたみたいですよ?

「えっ、あ、そ、そうでしたか…」

「…やっぱり、なにかあったんですね」


ハンナの眼光が鋭く光る。ヒロは苦笑いを返して、そんなことありません、と否定をしておいた。











エドが城の事務室に向かうと、昨日休みだったウィルが1人で机に座り作業をしていた。エドは彼の隣に座り、おはよう、と声をかけた。ウィルは、やあ、と手を止めてエドを見た。エドはウィルの方を見た。


「昨日はヒロが世話になった」

「いいえ。あの気の強い妹と仲良くしていただいて、兄としては感謝してるよ」

「ああ…」


エドはアリスのことを思い出して少し固まる。本当によく、ヒロは彼女と仲良くできているなと、エドは感心すらしていた。

エドは少し黙ったあと、何でもないようにウィルに、ヒロは何か言っていたか、と尋ねた。ウィルはちらりとエドを見た。


「何か、とは?」

「いや…」


メガネの奥の瞳が光っているのをエドは察する。エドは、この男には隠しても無駄かと思い、小さくため息をついたあと、日曜日に、と口を開いた。


「ビル伯爵のお茶会に呼ばれて、その時からヒロの様子がおかしいんだ。俺の学生時代の友人に、…怪しいけれど不注意で、ドレスを着替えないといけないようにされたんだが、着替えている際に、…後からヒロのそばにいた使用人に確認したところ、…マリアが彼女のもとへ来たらしいんだ」

「マリアが?」


ウィルは少し考えた後、へえ…、と棒読みで返した。


「で、マリアがなんか彼女に言ったんじゃないかと?」

「…その線が濃い」

「ふーん。…まあ、マリアの気持ちを考えてみたら?これまで楽しく軽く遊んできた男が、急に奥さん大事にしたいからなんて態度で来られたら、って」

「…君がそんなことを言うなんて意外だな」

「俺は別にマリアの肩は持ってないよ。君のこれまでの行いの報いが来てるって話をしてるんだよ」


ウィルの言葉にエドは固まる。ウィルはエドの方を見る。


「遊びだってわかってたって、君が本命作って急に梯子外したような態度取ったら、女性側も思うところがあるでしょう。怒りの矛先が、君の想い人に向かうこともあるさ。何が言いたいかって、ヒロが浮かないのは君が原因だってことだよ。可哀想に、君のせいでドレスまで汚されちゃってさ」

「…」


エドが固まったまま動かなくなった。ウィルは、そんなエドを見て小さくため息をつく。


「ごめんね、ちょっと言い過ぎちゃった。本当のことって心にくるよね」


ウィルのとどめのような言葉がエドに刺されたとき、他の貴族たちが事務室にやってきたため、2人は話を中断した。

次々と貴族たちが事務室に入り、部屋の机が満席になった頃、そうだ、とウィルがエドの方を見た。


「君に聞きたい話があったんだ」

「なにかな」

「パメラとなんで別れたの?」


ウィルの言葉に、周りの貴族たちが勢いよく立ち上がる。エドは驚いて、えっ、と声を漏らす。そんなエドの周りに、事務室にいた男たちが怒りの形相で集まってきた。エドが目を丸くして彼らを見上げる。男たちの中の数人が、悔しそうな顔でエドを睨みつける。


「パメラって、パメラ・アンドリューか?!」

「エド、お前パメラ嬢にまで手を出してるのか?!」


男がそう言うと、他の男達も口々にエドへの文句を言い出した。


「この国の美女全員に手を付けてるんじゃないだろうな?」

「1年前、気になってた女の子がお前のことを好きだったこと、未だに根に持ってるからな…!」

「パメラまで…!お前にはいつか必ず罰が下るぞ…!」


周りの男達の怒りがエドにぶつけられる。エドは周りの男達の顔を見ながら困惑する。すると、隣にいたウィルが、はあ、とため息をつきながらエドの肩を叩いた。


「ほらね、いわんこっちゃない。こんなところにまで報いがきてるよ」

「む、報い…」

「まあ、最近君が仕事で彼らと話すことも多くなったし、親しくなったから、君に言いやすくなっただけかもだけど」


ウィルがそう言い終わるやいなや、で、パメラとはどうだったんだ!と周りの男たちがエドに詰め寄る。エドは、苦々しい顔をしながら、学生時代の話ですよ、と返した。


「恋人だったのなんて学生時代のほんの短い間の話で、…別れた理由もたいしたものじゃないし、それから一度も会ってません。もう彼女と俺は無関係です」


エドがきっぱりと言うと、男たちはじっとエドの顔を観察したあと、少し不服そうではあるけれど、すごすごと自分の机に戻った。

エドは、眉をひそめながらウィルの方を睨んだ。


「なんだよ急にこんな話。しかも、他に人がいる前で聞くなよ」

「いやいや、仕事に関係する話だよ。だから、周りとも共有したほうがいいかなって」

「仕事?」

「パメラが他国に嫁ぐ話は知ってるだろ?」

「ああ…アリスが泣かせた相手だろ?」

「そそ。それのお礼ってことで、送迎パーティーをひらこうと企画してたんだけど、それに君とヒロを必ず連れてこいってお達しがあってさ」

「誰から?」

「パメラから」


エドは、え、と声を漏らす。すると、周りの男達がまた勢いよく立ち上がると、エドとウィルの周りを取り囲んだ。


「やっぱり!やっぱり何かあるんじゃないか!」

「パメラと別れた後に何があったんだ?!正直に言えって!!」

「…何も無いですって…」


男たちに詰められて、呆れながら返すエド。そのエドを見ながら、うーん、とウィルは腕を組む。


「君は嘘をついていなさそうだし…。じゃあパメラはどういうつもりなんだろう…。彼女も君に未練でもあるのかな?それとも、君に何か恨みがあるか…」

「だったらヒロまで名指しで呼ばないだろ」

「いやいやいや〜。君に未練があるなら、ヒロを牽制したいのかもね。私は隣国の王子にも見初められた女よ、ってなかんじでね。恨みがあるなら、ヒロごと君を傷つけるような何かを当日するつもりか…」

「…恨みはわからないけど、彼女は俺に未練はないよ」

「あれ、随分はっきり言い切るね」

「それは…」


エドは言いかけて、軽く咳払いをして、とにかく、と続けた。


「万が一、彼女がヒロに何かする可能性があるなら、俺はヒロを連れては行かないよ」

「あれ、やっぱり心当たりあるんじゃん」

「ないよ、ないけど、…最近色々あったから、万が一のことでも避けたい。俺だけでいいなら行くよ、…仕事だっていうのなら」


エドはひどく嫌そうにウィルに告げる。ウィルは、へー、とエドの顔を見つめる。


「すごい嫌々じゃん。やっぱ絶対なんかあったろ」

「…ない。そもそも、そこまで別れた理由を聞いてどうするんだよ」

「万が一、君とパメラが再会して再燃しちゃったら困るだろ。ただでさえ1回王子泣かせちゃってるのに、これ以上何かあったら今度こそ問題になる」

「そんなことあるわけないだろ。俺も彼女も、そんな気にはならないよ。…そんなこと言うなら、俺を呼ばなきゃ良いだろ」

「だって、パメラが呼べって言うから」

「どうして」

「それがわからないんだって」

「…」


エドは髪をかき上げてため息をつく。そして、わかったよ、とウィルに言った。


「俺だけ参加する。ヒロは風邪とでも言っておいてくれ。彼女が俺に恨みがあるなら甘んじて受けるよ。これでいいだろ」


ウィルは、へー、と意外そうに目を丸くする。周りの男達が、まさかエドがパーティーで恥でもかかされるのか、とざわつく。ウィルは、じゃあ、と口を開いた。


「もし未練の方だったら?」

「それはない」

「なんだよその謎の自信は」

「あったところで、俺はそれを受けないよ」


エドはきっぱりと言い切る。その言葉に、周りの男達が、おお!と声を上げる。


「そうだよな、お前はもう奥様一筋だもんな!」

「ずっとそのままでいてくれよな!」

「応援してるぞ!」


エドを囃し立てる周りの男たちに、エドは呆れた顔をする。ウィルが、君が一途になって一番喜んでる層かもね、とエドにひそひそと呟く。エドはそれに引きつった笑いを浮かべる。

ウィルは、まあ、と続けた。


「君がそう言うなら、ヒロは欠席ということで話を進めようかな」


エドは、それで頼む、とウィルに告げる。男達は、自分の仕事に戻っていった。

エドは時計を見て、会議の時間が近づいていることに気がついて立ち上がった。ウィルも同じタイミングで立ち上がった。エドはウィルに、君も会議?と尋ねた。すると、ううん、とウィルは頭を振った。


「そろそろアリスが来る頃だから、迎えに行こうかと」

「アリスが?」

「叔父さんと叔母さんとお茶会なんだって。月1くらいでアリスは呼ばれてる。叔父さんとこ息子ばっかりだから、姪っ子が可愛いみたい。隣国の王子を泣かせても叔父さんたちがなんにも言わないのは、アリスのこと目に入れても痛くないくらい可愛がってるからだな」


ウィルは淡々と話す。それに、へえ、と苦笑いをエドは返す。ウィルは事務室を出る準備をしながら、そうだ、と言った。


「お茶会が終わる頃には、君の会議も終わるだろ。帰る前にヒロをここに連れてこようか?旦那の職場見学ということで」

「ヒロ?なんでヒロが出てくるんだよ」

「アリスとここに来るからだよ。叔父さんたちとお茶会をしに」


ウィルがあまりにも普通に言うものだから、エドは一瞬意味が理解できなかった。


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