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先週に続き、ヒロは今週もエドに連れられて、ビル伯爵の開いたパーティーにやってきた。ビル伯爵家とアディントン侯爵家は昔からの付き合いらしく、ヒロはそんな人の開いたパーティーに行くことに、何か粗相をしてしまわないかと緊張していた。


エドと一緒にヒロはビル伯爵と夫人に挨拶をした。穏やかそうな老夫婦で、彼らと他愛のない話を繰り広げた。パーティーなどで人を集めるのが好きな夫婦のようで、2人は、また近い内に家でパーティーを開くから来てほしいとエドに話していた。エドは笑顔で、もちろんです、と返していた。

ビル伯爵とエドが、仕事の話をし始めたので、ヒロはじっと静かにその話を隣で聞いていた。ビル伯爵夫人は、朗らかな笑顔でエドを見つめたあと、ヒロの方を見つめた。夫人の視線に気がついたヒロは、彼女の瞳を見つめ返した。すると、夫人はヒロの隣に来て、笑顔でヒロに耳打ちをした。


「私、小さい頃からエドを知っているから、彼のことをよく知っていたつもりでいたけれど、…随分表情が変わったわね、私の知らない顔をしている。あなたの影響かしら」


夫人の言葉に目を丸くしたヒロが、驚いて、えっ、と声を漏らす。あわてるヒロのことを、微笑ましそうに夫人が見つめる。


「あの子はいつも何かに押しつぶされそうだったから、心配していたの。もうその必要もないのかしらね」


夫人は目を細めて嬉しそうにそう告げる。ヒロは、彼女の横顔を見つめる。夫人は、はたと、周りの視線に気がつく。若い令嬢達がエドに視線を送るのを見ると、含みのある視線をヒロに送った。


「私の夫も、今はこんなしわくちゃお爺さんでも、昔はものすごくもてて大変だったんだから。でもね、しっかり手綱を握れば大丈夫なのよ。コツを教えましょうか?」


夫人の言葉に、ヒロは小さく吹き出す。

エドが、2人が話しているのに気がつくと、どうかしましたか、と尋ねた。夫人は笑って、女同士の話よ、と返した。エドは不思議そうな顔をしながら、くすくす笑うヒロを見た。





ビル伯爵夫妻と別れて、ヒロとエドはまた挨拶に回った。エドの隣を歩きながら、すこしずつ、エドの妻として慣れてきた自分がいることにヒロは気がついていた。

挨拶のために顔を合わせた貴族たちの中には、まだエドが妻を連れて歩くことに驚く人たちは大勢いたけれど、そんな反応にもヒロは慣れてきていた。

会場を周りながら、エドがヒロの方を振り向く。ヒロの瞳を見つめながら、疲れていませんか、とエドが尋ねる。ヒロが、大丈夫です、と返すと、エドは優しく微笑む。その笑顔に、ヒロは心の奥がまた揺れる。

心を開いて、彼を信じてみたら良い。

ヒロはそんなことを思う。華やかなパーティー会場を歩きながら、ヒロはエドの後ろ姿を見つめる。もしもこのまま、この人の妻として生きていけたとしたら。


「エド」


聞き覚えのある声がして、ヒロが振り向くとそこにはマリアがいた。エドは、マリア、と彼女の名前を呼んだ。


「君も来ていたのか」

「ええ。奥様も、ごきげんよう」


マリアがヒロの方を見て微笑んだ。ヒロは、マリアに笑顔を浮かべてお辞儀をする。


「今日はダニエルたちも来ているわ。あなたも来るでしょう?」


マリアがそうエドに話しかける。エドは、軽く話そうかな、とつぶやくと、ヒロの方を見た。


「少しの間、付き合ってもらってもいいですか?学生時代の友人が来ているんです。彼らにあなたを紹介したい」

「え、ええ、もちろん…」


ヒロは恐る恐るマリアの方を見る。マリアは、前と同じように不機嫌な顔をしていた。ヒロはまたそんな彼女に怖気づく。前にアリスとウィルに言われた、彼女はエドに未練がある、という言葉を思い出す。


「(…未練、とはいっても、彼女はもうすぐ別の方と結婚するわけだし…)」


そう思いながら、自分だってジムを引きずっているかとヒロは思い直す。

エドには見られていないとわかって不機嫌な顔をするマリアに怖気づいたヒロはエドを見上げて、やっぱり…、と苦笑いを漏らした。


「学生時代の友人同士水入らずでお話なさってください」

「あなたを1人にはできない。前みたいなことがあったら困る」

「(…前はマーガレットとアリスがいたからそのついでに話しかけられただけだしな…)でも…」

「なら、奥様もご一緒にいらして」


マリアは、先ほどまでとは変わって、笑顔でヒロに話しかける。彼女の豹変ぶりが更に怖いとヒロは思いつつ、ヒロが来なければ自分も動かないというエドの固い意志も感じていたため、ヒロはエドとマリアと一緒に、エドの学生時代の友人たちのところへ行くことになった。





ヒロが連れてこられた先には、男性3人に、女性2人が談笑していた。全員華やかな雰囲気の人たちで、ヒロが学生時代にもこういった人たちがいたけれど、一切関わってこなかったな、とヒロは胸の奥で思った。

軽く挨拶を交わしたあと、ヒロとエドを交えて彼らは話し始めた。話の内容は学生時代の話や、近況の話で、ヒロはずっと聞いているだけでよかったので助かった。

すると、マリアを含めた女性たちが目線を合わせて、何やら頷いた。ヒロは、特に彼女たちのことを気にせずにいたけれど、ヒロの隣にいた輪の中の女性が、あっ、と声をもらし、ヒロのドレスに飲み物をかけてしまった。ヒロの着ていたドレスにシミが広がる。


「ごめんなさい!早く着替えないと」


飲み物をかけてしまった女性が慌ててヒロに謝る。ヒロは、大丈夫ですよ、と笑顔で返す。これなら、苦手なこういう集まりから帰る口実もできたな、という下心がヒロには浮かんでいた。

エドが、控えていた屋敷のメイドを呼んだ。彼女に頼むと、ヒロは着替えられる部屋に案内してもらえることになった。ヒロは、まだ謝る女性に笑顔で返しつつ、メイドについていった。


「帰る準備が終わった頃、迎えに行きます」


エドが、そうヒロの背中に話し掛けた。ヒロはそんなエドに、はい、と返した。








ヒロを見送ると、エドは小さく息をついた。パーティーの序盤で退出することになるため、帰る前にビル伯爵に挨拶しておかないと、ということを考えていると、輪の中にいたダニエルが、なあ、とエドに話し掛けた。


「ハリス男爵家のご令嬢が来てるらしいぜ。ご挨拶に行こう」


ダニエルの提案に、女性陣は眉をひそめる。


「なにそれ、今から皆で楽しく話すんじゃないの?」

「せっかく奥様が帰るんだから、羽根を伸ばしたいよなあ?エド」

「何を言ってるんだ。俺は妻と帰るよ」


エドは、それじゃあまた、と輪から離れようとした。そんなエドの肩をダニエルが掴む。そして、ダニエルは笑いながらエドに話し掛ける。


「なにつまらない冗談言ってるんだよ。お前がいないと始まらないだろ」

「冗談なんかじゃない。悪いけれど、俺はもう、そういうのはやめたんだ」


エドはそう言うと、ダニエルの手から離れた。すると、それじゃあ、とマリアがエドの腕を引いた。


「私たちと話しましょうよ。ダニエルみたいな馬鹿は放っておいて」


マリアがそう笑うと、馬鹿とは何だ、とダニエルが眉をひそめる。マリアの周りの2人の女性陣もくすくす笑う。

エドは、マリアの目を見ると、それもしない、と言った。マリアはエドの言葉に、え、と声を漏らす。エドはマリアの手から優しく逃れると、マリアの瞳を見つめた。


「俺たちは昔からの知り合いだから、こういうことも許容しあってきた。でも、もうこういうのはやめよう。妻に誤解をされたくないから」


エドはそう言うと、それじゃあ、と彼らに挨拶をしてその場から去っていった。マリアは、その背中を睨みつけたあと、怒った表情で何処かへ行ってしまった。







ヒロは、この屋敷のメイドに脱いだドレスの応急処置の染み抜きをしてもらっていた。事情を知ったビル伯爵の孫娘が、ヒロにワンピースを貸してくれるということで、ありがたくヒロはそれを着させてもらうことにした。

だいたいの処置をしてもらい、ヒロはメイドにお礼を言った。すると、扉がノックされた。エドかと思いヒロが返事をすると、マリアが入ってきた。

マリアはメイドに微笑むと、ジュースをひっかけてしまったお詫びがしたいの、と告げて、メイドを部屋から出した。ヒロは、彼女がかけたわけではないのに、と不思議に思っていた。

マリアは、メイドが部屋から出たのを見ると、ヒロの前にやってきた。そして、冷たい目で見下ろした。


「ねえ、わからない?」

「え?」


マリアは、ずいとヒロの前に顔を近づける。ヒロは、マリアに見つめられながら、なにが何かわからずに混乱する。マリアは、敵意に満ちた瞳でヒロを睨みつける。


「さっき、あの輪にいたときのあなた、浮いてたわよ。みんな華やかで綺麗なのに、あなただけしみったれで、垢抜けない雰囲気で。過去にエドと付き合ってきた人たちのことを見たことある?あなたみたいなへんてこな女誰一人としていなかったわ。本当は私がエドの婚約者になるはずだった。あなたなんかより、ずっと私のほうがエドに似つかわしかった。そんなこともわからずに、よくも堂々とあの場に、エドの妻ですなんて顔していられたわね。恥ずかしくないの?」


マリアの言葉に、ヒロは呼吸が止まる。マリアは、はあ、と重い溜息をつく。


「…あなたじゃなくてパメラなら、まだ諦めがついたのに…」

「ぱ、パメラ…?」


ヒロが呟くと、あら、とマリアが意地悪く笑った。


「エドから教えてもらってないの?エドの大切な人よ。彼女にエドはすごく変えられたんだから」


マリアは、ふん、と鼻を鳴らすと、踵を返して部屋から出ていった。ヒロは彼女の背中をぼんやりと見つめた。








エドは人波を抜けてビル伯爵を探した。夫人と仲良さそうに歩くビル伯爵に声をかけて、エドは経緯を話し、先に帰ることを詫びた。すると、まあ、とビル伯爵夫人が口元に手を当てた。


「ヒロは大丈夫?」

「ええ、特にケガもないですし、」

「そうじゃないわよ。…エドのことを好きな女の子に、嫌がらせをされたんじゃないの?」


夫人がこそこそとエドに話し掛ける。エドは、え、と目を丸くする。


「私も、若い頃よくそういう嫌がらせをされたわ。この人のせいでね」


夫人が、ビル伯爵にちらりと視線を送る。ビル伯爵は、えへん、と乾いた咳払いをすると、エドの方を見た。


「ここは気にしないでいいから、早く奥様のところへ行っておやりなさい」

「は、はい」


ビル伯爵に促されて、エドはヒロのもとに向かった。その背中を、ビル伯爵夫妻は微笑ましそうに見つめていた。







エドが、ヒロの待つ部屋に入ると、着替えを終えたヒロがいた。ヒロはエドを見上げると、あ、と呟いて、頭を下げた。


「ごめんなさい、途中で帰ることになってしまって」

「あなたのせいじゃない。気にしないでください」


エドは、あの輪にいた女性陣の様子を思い出し、本当に彼女たちがヒロに嫌がらせをしたのか、ということを半信半疑に思っていたけれど、マリアのあの自分に執拗に近づいてくる様子から、もしかしたら本当にそうなのかもしれない、という予感がエドにした。

エドは、もう彼女たちに容易にヒロを近づけられないな、と思いながら、ヒロの方を見た。そのとき、エドは違和感がした。ヒロの雰囲気が、このパーティーに来たときとがらりと変わっているようにエドは感じた。


「…大丈夫ですか?」

「ええ、私は何とも」


ヒロはそう笑顔で返すけれど、少しの異変をエドは察知した。帰りましょうか、と歩き出すヒロに、あの、とエドが呼び止める。


「何かありましたか?…誰かがここに来たとか…」

「いいえ、どなたも」


ヒロは頭を振ると、行きましょう、とすぐに話を切り上げてしまった。エドは、歩いていくヒロの背中に、何かを言いたいけれど、言えない。仕方なくエドは、ヒロと一緒に歩きだした。


「(…絶対に何かがあった…)」


エドは、馬車に向かって歩きながら、隣にいるヒロをちらちらと見る。ヒロは、すんとした表情で前を向いている。夫婦になれるかの試用期間が一月半以上たち、少しずつ自分に対して心をひらいてきてくれたように思っていた彼女の心が、また固く閉じてしまったようにエドには見えた。



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