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その後、どこからか話を聞きつけた男たちが、参考になる資料を持ってきたり説明をしたりするために、エドの元へやってきた。彼らが去った後、あれはみんなエドにこれ以上女性を取られたくない人たちだな、とウィルがつぶやいた。そんなウィルに、なんだそれ、とエドが苦笑した。
ようやく資料が終わったのは、今から帰ればギリギリ夕飯の時間に間に合うか、といったころだった。エドは、ありがとう、とまたウィルに告げた。ウィルは、いーえ、と頭を振った。
「君、昔に戻ったみたいだね」
「昔?」
「素直で可愛かった頃」
「…いつの話だよ」
エドは、あきれたように返す。そんなエドに、ウィルが目を細める。
「ヒロと一緒に、戻っていけたらいいね、元の君に。いや、元の君に戻るだけじゃだめか」
「何の話だよ」
「いいから、ほら、早く帰りなよ」
ウィルに急かされ、エドは、ああ、ありがとう、とまたお礼を言い、事務室から出ていった。そんなエドの背中を、小さく口元を緩めながらウィルは見つめた。
夕飯前の時間、ヒロは何となく落ち着かなくて、中庭で花を見ていた。雪の積もった花壇の中で、花が懸命に咲いている。ヒロは花弁に積もった重そうな雪を指でどける。
「(…帰ってくる、とは言っていたけど、帰ってこないかもしれない)」
ヒロはそんな思いがよぎる。ヒロにあんな事を言っておいて、お城へ行った時にきれいな女性に会ったりして誘われたら、気持ちが変わってそれについていくかもしれない。自分が男だったら、そんな場合自分を選ばない、とヒロは思う。
「(…だから、帰ってこなくても、傷ついちゃいけない。過度な期待をしてはいけない。エドが約束通り帰ってこなくても、それは自分にふさわしい結末)」
ヒロはそんなことを言い聞かせつつ、そもそもお城で女性に誘われることなんてあるのだろうか、と自分の乏しい知識に問いかける。
その時、馬車の音が聞こえた。ヒロははたと顔を上げた。しばらくすると、夕陽の中からスーツ姿のエドがこちらに向かってくるのが見えた。
「(…ほんとうに、かえってきた)」
ヒロはエドの姿に少しの間呆然としてしまった。少し慌てた様子で足を進めるエドが、中庭でしゃがむヒロに気がつくと、あ、と声を漏らした。そして、目を細めた。そんなエドに、ヒロは自分の心臓が動くのに気がつく。
「ただいま帰りました」
エドはそう言うとヒロの前に来た。ヒロは、はっとすると立ち上がり、スカートを手で払った後エドを見上げた。
「お、おかえりなさいませ」
「仕事が急に入って、少し遅れました、ごめんなさい」
エドはそう言って小さくため息をつく。ヒロは、その言葉に、そうか、別に女の人と遊ぶから遅くなるだけじゃないのか、と今更気がつく。
「(…そうだよね、前からこの人仕事に熱心だってわかっていたのに、なんで私、そっち方面のことばかり考えてやきもきしていたんだろうか…)」
ヒロは、何となく気恥ずかしくなって、首に巻いたストールに顔を少し埋めた。そのときに、ちゃっかり自分がエドから贈られたストールの方を身に付けていたことを思い出す。
「(う、浮かれている…私は今、好きだと言われたことにより、まごうことなく浮かれている…!)」
「…」
エドは、ヒロのストールを見ると嬉しそうに頬を緩める。そんなエドに気がついたヒロは頬がどんどん熱くなるのを感じる。
エドの方を見られずに、ヒロは花壇に視線を落とす。そのとき、真っ白な雪が積もっているのが目に入る。吐く息は白く、澄んだ空気が肺に入り込むのが心地良い。
「…随分降りましたね。寒いわけです」
ヒロはぽつりとつぶやく。エドは、本当ですね、と花壇の雪に視線を落として返す。ヒロは花壇を見つめたまま、あの、とエドに口を開いた。
「あなたは、冬が好きですか?」
「冬?」
エドは首を傾げて少し考えた後、いえ、と呟く。
「特定の季節を、好きとか嫌いとか、考えたことがありませんでした」
「そうですか…」
そういう人もいるんですね、とヒロは小さく笑う。そんなヒロを見てつられるようにエドは口元を緩める。
「あなたは、冬が好きなんですか?」
「え?」
「あなたを見ていて、なんとなくそうかなと」
「…」
ヒロは、少し黙った後、なんか変ですよね、と苦笑いを漏らす。エドは、変?と尋ねる。ヒロは花壇を見たまま、だって、と続ける。
「花が好きなのに、冬が好きなんて。多くの草木が枯れてしまう季節なのに」
ジムに言われたことを思い出しながら、ヒロはジムの言葉をなぞるように、まるで、自分の言葉のように口から吐く。
エドは、少し黙った後、そうですか?と尋ねた。ヒロは、え、と声を漏らすとエドを見上げた。エドはヒロの方を優しい瞳で見ていた。
「全く変じゃないと思います。花と冬が好きということは、何も相反しませんよ。冬に育つ植物なんていくらでもあります」
まあ、俺は植物に詳しくありませんが…、とエドは髪をかく。ヒロは、そんなエドをしばらく見つめてしまった。
「(…そうか、好きでもいいんだ…)」
ジムに言われてからずっと信じ切っていたことが、心の中でゆっくりと溶けていくのを感じた。ヒロは、そうか、と心の中でもう一度つぶやきながら、口元を緩める。
冬の風が強く吹き付けたとき、エドは目を丸くして体を硬直させた。
「…どうやら俺は、寒いのが駄目みたいです。…そろそろ家に入りましょうか」
寒そうな顔をするエドに言われて、つい笑ってしまいながら、ヒロは、はい、と頷いた。エドは、笑われたことを不服に思いながらも、ヒロが微笑むのを見ると嬉しそうに目を細めた。




