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エドは、目の前の光景に固まる。義兄が激怒の表情で、ヒロの肩を抱き自分の方へ引き寄せて、このまま妹を家へ連れて帰ると断言している。突然の出来事にエドが反応できないでいると、ランドルフはそのまま何も言わずに踵を返すと、ヒロを連れて歩き出してしまった。エドは、待ってください、とランドルフの腕をつかむ。止められたランドルフは睨みつけながらエドの方を振り向く。そして、エドの腕を振り払った。


「君の話はよく聞いている。結婚をしてもなお、ヒロを置いて楽しそうに遊び回っているようじゃないか」 


ランドルフの言葉に、何も否定できずにエドは固まる。確かに自分は、ヒロと結婚してからもずっと、他の女性と会うことをやめなかった。ヒロをないがしろにして社交の場に出て遊んでいたことも確かである。この状態でできる言い訳など何もなく、エドは目を伏せる。


「…それは事実です。俺は彼女に対して、あなたたち彼女の家族に対して不誠実でした」


エドはランドルフを見上げる。ランドルフは、思いのほか素直に認めるエドに少し目を丸くしたけれど、すぐに厳しい表情に戻す。エドはそんなランドルフの瞳を見つめ続ける。


「それでもこれから、彼女に機会をもらえるのなら、俺は彼女と夫婦になりたいと思っています」


真剣なエドの言葉に、ランドルフは、なんだそれは、と一笑に付す。ヒロは、エドの方を見る。しかし、話を聞く気のないランドルフはヒロの体を馬車の方へ向けるとエドに口を開いた。


「どう信じろと?君の何を信じろって言うんだ?話にならない。ヒロ、帰るぞ」


ランドルフはヒロを無理やり連れて歩き出す。ヒロは、待ってください、とランドルフに懇願する。ランドルフは苛立った表情で立ち止まり、ヒロを見下ろす。ヒロはランドルフの方を見つめる。


「私は、家には帰りません」


前にランドルフが訪れたときと変わらないヒロに、ランドルフはため息をつく。


「なら、ここのどこにお前の居場所があるんだ?」

「それは…」


ヒロはランドルフの言葉に詰まる。これまでは、エドとヒロはお互いをいないものと思って生活できた。それが、これからは夫婦として生きていけるのか確かめるような生活をしなくてはいけない。ヒロが望んでいた、ジムを静かに思い続ける生活は難しくなる。

ランドルフは、黙り込むヒロを優しい目で見つめる。


「こんな状態で、お前に何ができる?小さい頃からずっとぐずだったお前に。素直に家に帰ってきたほうがお前は幸せになれるんだ」


愚図という言葉に、ヒロが口を噤む。そんなヒロを見て、ランドルフは、しまったという顔をする。


「いや、ぐずは違う、すまない。…とにかく、お前が心配なんだ」


そう取り繕うランドルフを、エドは見つめる。


「(…彼女はこうやって、ずっと周りから言われ続けてきたのか)」


愚図と言われて自分に自信を無くしたように表情を無くすヒロに、エドは視線を移す。ずっと、自分を過剰に卑下するヒロのことがエドには不思議だった。その理由が垣間見えたとき、このままこの兄にヒロを連れて行かれてはいけないと思ったとき、エドはランドルフの方を見て口を開いていた。


「3ヶ月の期限を、彼女から了承してもらっています。3ヶ月だけ、待ってもらえませんか」


エドの言葉に、はあ?とランドルフは声を漏らす。エドはただ真剣にランドルフを見つめる。ランドルフはヒロの方を見た。


「そうなのか、ヒロ」

「…はい」


ヒロはランドルフに頷く。ランドルフは、少し黙ったあと、大きなため息をつきながら髪をかき上げた。








結局、ランドルフは3ヶ月という期限を了承すると、しかし怒りの表情は収めないままこの場はおとなしく帰ることになった。

ランドルフを見送る場に、エドがいると余計にランドルフが怒る可能性があるため、ヒロだけが向かった。

ランドルフは馬車に乗り込む前に、またヒロの方を心配そうに見た。


「…本当に良いんだな?」


ランドルフの瞳に、ヒロははい、と頷いた。そんなヒロに、ランドルフは不服そうな顔をする。


「3ヶ月経って、あいつと夫婦になれなければどうするんだ」

「…そうしたら、仮面夫婦として、別居するための場所も用意してくださるみたいです」

「べ、別居…」


ランドルフは怒りと困惑で、足元がふらつきそうになった。ヒロはそんな兄を見上げて苦笑いをする。


「そうなったらとっとと離婚して家に帰ってくるんだ」

「そういうわけにはいきません。家族に迷惑をかけてしまいます」


エドと離婚して、また他の結婚相手を探しても、年齢の過ぎた出戻り娘に、アディントン侯爵家と同じくらいの家との縁談なんか来ない。自分を育ててくれた人たちのことを思えば、離婚せずにいたほうが当然良い。


「迷惑じゃない」


ランドルフは真剣にヒロの瞳を見つめるけれど、ヒロはランドルフに苦笑いを返すだけである。ヒロは、そうだ、と声を漏らす。


「このこと、お父様とお母様には…」

「……内緒なんだろ、わかってる、わかってるよ…」


ランドルフはため息をつきながら髪をかき上げる。ヒロは、ありがとうございます、と頭を下げた。ランドルフはそんなヒロを見つめたあと、後ろ髪を引かれるような思いで馬車に乗り込んだ。ヒロは、兄を見送ると、はあ、と小さくため息をついた。


「(…まさか、お兄様がまた来るなんて…)」


ヒロは、怒る兄の顔を思い出してまた憂鬱になる。家に帰っても自分に居場所なんかない。だから、無理やり連れ出そうとしないでほしい。


「(…かといって、この家にも自分の居場所はなくなってしまったのか…)」


ヒロは、屋敷の方に戻りながらそんなことを考える。エドがもしほんとうにヒロを好きだというのなら、それを無視して彼の妻であるヒロがジムを思い続けるわけにもいかない。3ヶ月経って、やっぱり夫婦にはなれないと決まったときに、彼の好意に甘えて別居をしてまで留まり続けることも肩身が狭い。かといって、彼のヒロを好きだという気持ちを信じることは彼女にとって難しい。3ヶ月後、自分だけがエドを好きになって、エドはヒロへの好意が勘違いだったと気づく絵が容易に想像できるからである。


「(…こういうことを考えたくなかったからこの結婚をしたのに…)」


考えても考えても堂々巡りで、ヒロは頭を抱えたくなる。はあ、と思いため息をつきながら中庭に戻ると、ヒロが育てている花壇を見ているエドの後ろ姿が見えた。


「お騒がせしました」


ヒロはエドの背中に話しかけた。エドは振り向くと、あ、と声を漏らした。


「なんとか帰ってもらえてよかった」


エドは安心したように一息つく。ヒロは苦笑いを漏らす。


「本当にごめんなさい、昔から私がこんなだから、心配する癖が抜けないんだと思います」

「…いや、あれは俺が悪い」


エドが、バツの悪そうな顔をする。ヒロは、え、と声を漏らす。


「俺のこれまでの様子を見ていたら、心配するのは当然です。あなたにも心配を…」


エドは言いかけて、ヒロの方を見て止まる。ヒロはきょとんとした顔をしている。そんなヒロを見て、エドは、う、と声を漏らし、ショックを受けたような顔をする。


「心配は、…していないか、そうか…そうですよね…」

「(…なぜか落ち込んでしまった…)」


ヒロはエドの横顔を見つめながら首を傾げる。エドは、少し息を吐いたあと、それでも、と続ける。


「もうこれまでのように、他の女性と会ったりしません。約束します」


エドはヒロの目を見て真っ直ぐにそういった。ヒロはそんなエドの瞳を見つめ返す。


「(……不倫が文化の家系なのに大丈夫なのかな…)」


ヒロは、疑わしそうにエドを見つめる。エドはそんなヒロの視線にまたバツが悪そうな顔をする。


「…浮気しそうだって思ってますか?」

「え?ええっと、…そういうことでストレス発散してただろうに、大丈夫かなって」


まあ、ストレス発散のためだなんて相手の女性に失礼か、と考えた瞬間、いや、相手も浮気とわかってやってるし同類か、ともヒロは思う。

エドは少し黙った後、ゆっくり口を開いた。


「ずっと、褒められたかったんだと思います。でも、俺はそのレベルに本来達せない人間で、そのギャップを埋めたくて、俺のことを愛して必要としてくれる人を探していたんだと思います。でも、深く知られたら失望されそうで、浅い付き合いしか出来なかった。結局いつもほんの一瞬だけ安心して、でもすぐに、何もないことが露呈して失望されないかずっと不安だった」


ヒロは、そう話すエドを不思議な気持ちで見つめる。この人は、何が満ち足りないというのだろうか、それがヒロには不思議で仕方なかった。


「(…アディントン侯爵に、言われ続けてきたのだろうか)」


あの日のアディントン侯爵の口調をヒロは思い出して、何となく納得してしまった。彼からの言葉に、ずっとエドは自分を不足した人間だと思わされ続けているのだろうか。

エドは、でも、と続ける。


「そういうのは、もうやめようと思ったんです。あなたに自分の見られたくない部分を見せてしまったとき、そこを肯定してもらったとき、気持ちが楽になったから。これで良いのかもしれないって、思えたから。…それに、あなたを好きになって、こういう気持ちを利用して他の女性に近づいていたことが、自分で許せなくなった。なんて酷いことをしていたんだって、やっと理解できた」


エドは真っ直ぐにヒロを見つめて話す。ヒロは、そんなエドに後ろめたい気持ちを感じて目を伏せる。


「…でも私は、あなたにそんなに変わってもらっても、まだジムが好きです」


ヒロが後ろめたい気持ちの原因を口に出すと、エドは、う、と言葉に詰まる。エドは少しだけ考えた後、俺が、とヒロの目を見て話す。


「俺が、あなたにかけられた魔法を解きます」

「魔法…」

「あの男があなたにかけていった魔法を、解いてみせます」


エドはそう真面目に話した。ヒロはそんなエドに目を丸くする。エドは言い終わった後から、少しずつ恥ずかしそうに頬を染めていった。


「(……いや、どうなんだ、さっきのは…さむいか…?)」

「……」


ヒロは、エドに言われた言葉にしばらく考え込んでしまった。

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