旦那と私とサシミンの冒険
私、東堂射美は平凡な主婦である。名前はまだ無い。
「うーん、名前何にしようかな」
スマホの画面に名前を決めてほしいと言われている。そして悩み始めて早くも十分が経過していた。流れ続ける単調な音楽は頭の中に染み付いていて、今日の夕飯を作る時間にはエンドレスになりそう。
「やっぱりクルミン、いやタムシン……駄目だ過去のトラウマが。カズミン……ゲームの中でまで旦那を思い出したくない」
そんなこんなで名前決めもエンドレス。いやでもなぁ。
「サシミンにしよう」
やっぱり好物の名前の方がテンション上がる。そうでしょ？ 私の名前でもあるし。
ゲームのオープニングが始まった。昔を懐かしんでレトロゲームをスマホでやりだしたはいいけど、名前を決めるだけで時間がかかってしまった。もうこんな時間だ、夕ご飯の計画を立てなくては。それにぼちぼち近所の友達の家に遊びに行った息子を迎えにいかないと。
名前を決めたことで始まったオープニングもそこそこに止め、私は重い腰を上げてスマホから目を離した。スマホで時間を見たけど、なんとなく壁の時計も見上げて時間を確認する。壁を夕陽が照らしていた。
さて息子のところに行くかな。今日の夕ご飯のことを考えながら息子の友だちの家で長話し。大丈夫、旦那はすぐには帰ってこない。心配なのは息子が疲れて寝てしまうことだけ。
うちは旦那は細々した残業が多くて平日は大抵遅い。一人息子は今年から小学生で毎日元気に学校に行ってくれるし、夜はスイッチが切れてすぐ寝てくれる。そして私は専業主婦、スキマ時間を探せば冒険に出るヒマは作れる。あぁ、私ってなんて恵まれているんだろう。
はぁ〜。ごめん、これはため息。こんな今が苦痛です。だから私は冒険に出る。
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スマホで冒険を始めて二日目、冒険は順調だ。ちなみに私はゲームの内容はすっかり八割は忘れている。だから結構新鮮な気分で進めている。ゲームはいいんだけど、私自身の経験値でわかることが実はある。私の身体がもう若くない。つまりはそろそろ目が疲労でやばくなり、肩が凝りだすだろうということ。
と思っているんだけど、意外とまだ平気、私ってまだまだいけるのか。そうだよ。そうに違いない。思ったよりは若かったよ。
反対に旦那はお疲れ気味、目がショボショボして肩凝りが酷いらしい。そりゃ歳ってもんですよ。待って、旦那は私と同じ歳だった。私は絶好調に平気だけど。ちなみに子どもは元気いっぱい。うん、旦那には今日は肉を食べてもらおう。それがいい、ホットプレート出しとけば勝手に肉を焼いてくれるし。サラダは袋から出すだけ。あとは漬物でも出しとこう。便利な時代になったものだ。
旦那は今日は息子と並んで早寝したので、台所でゲームの続きをする。冒険者サシミンはストーリーが進み、仲間が全員集まった。ここから若い頃に涙でコントローラーを濡らしたあの展開がやってくることを思い出す。今でも感動するのかなぁ。
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スマホで冒険を始めて三日目、私はまだまだ絶好調と言いたかった。でも昼過ぎになぜか右手が突然痛くなった。なんていうか痺れている。そうだよ、いままで絶好調なのがおかしいんだよ。こんな小さな画面でポチポチやってて身体がなにも不調を感じないなんてことありえない。そんなはずないじゃん。
右手も痛いし疲れたしと紅茶飲んで休み、それでもすぐにスマホ画面を見つめてた。そしたら旦那が早退してきた。私は慌ててスマホを隠す。いや別に後ろめたくなんかないよ、ただダークヒーロってやつ。当時のビジュアルイラストが格好良くてジグソーパズル買った覚えがある。もう捨てたけど。そのキャラが登場して、当時を思い出しているタイミングだっただけ。くぅ、人が思い出に浸っているときに。
旦那は右手に怪我をしていた。仕事中に棚から書類出そうとして、激重ファイルケースが落ちてきたらしい。旦那の会社は書類管理どうなっているの、今はペーパーレスでしょ。いやそれより高いところに重い書類を置いておくってどうなのさ。旦那よ大丈夫か。いや大丈夫ならいいんだけど、腫れてるぞ。
ただ旦那は不思議がっている。しっかり青痣だし、腫れてる。痛いはずなのに別になんともないって。まぁわからんでもない。歳取ると痛覚鈍くなるんじゃないのかな。翌日か二日後にきちゃうのよ。大事取って早退させてくれたんだって。なんていい会社だ、んっ違うか会社の書類管理が悪いんだもの。あと旦那、会社に必要とされているよね、嫌がらせじゃないよね。聞いてみたい。
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スマホで冒険を始めて四日目、右腕が痛くてスマホを触っていない。まだ痛いの、なんでぇ。医者行ったほうが良いかなぁ。ポチポチしてたのが効いてきて腱鞘炎とかあり得る。別に無理したつもりないのに。スマホポチポチが無謀だったのか。
それと今日は子どもが熱を出した。朝は元気に学校に行ったのに、学校から電話が来て迎えに行った。その帰りに医者に寄ったらどこかで小銭入れ落とした。うん。いいことなし。小銭で二千円くらいは入っていたはず。見つかるかなぁ。明日にでも病院電話してダメなら交番行こ。
そして旦那は定時で帰ってきた。熱っぽいらしい。そうか犯人はお前か。そういうことにしとこう。
今日の晩飯はお粥だな。グズる子どもと自分の右腕を大事にしとこう。回復魔法使えたらなぁ。旦那は頑丈だからいい、何せ柔道三段だから体力だけは半端ない。寝ればゲーム並にすぐ治る。
お粥を煮ながらネギを切っていたら指も切ってしまった。慌てて包丁を落としそうになる。主婦として凹みそうになる。
切った指は痛い……わけでもない。痛くないな。不思議だ不思議、でも血は出ているから旦那に絆創膏を貼ってもらう。そしたら旦那が指が痛いんだと。何言ってんの。切ったの私なんだけど。あんた布団で寝てたじゃん。
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スマホで冒険始めて五日目。『土日くる 専業主婦に 休みなし』ｂｙクルミン。今日は土曜で休み。旦那と子どもがだけど。でも一晩寝て見事に復活した旦那は朝からニヤニヤしている。
昨日の夜中に目が覚めて、コンビニ行った道で一万拾ったらしい。私はお金落としたってのに。交番届けろよ。というか熱っぽかったんじゃないのかい。出歩くな。そして旦那はギャンブルデーとか言い放って出かけていった。交番以外のどこかに貯金するんだろう。まぁいいさ。旦那が居なくてちょうどいいか。
私はサシミンと冒険に出ることなく、やっぱり一晩寝て復活した息子とボードゲームを始めた。もしかしてだけど、すごいことがわかったかもって思って。その実験のため。
夕方に旦那は帰ってきた。なんと交番にちゃんと届けてからギャンブルに行ったと自慢げに言った。そのおかげかたんまり儲けたと。交番は褒めれるが、ギャンブル関係ないだろ。
私にも幸せのお裾分けだと高級牛肉を買ってきた。これ、自分が食べたいだけなんじゃ。一日ギャンブル子育て放棄でドヤ顔の旦那に腹が立つ。
まぁそんなことどうでもいいさ。これで凄いあの事に確証もったから。お肉は急いでスキヤキの支度して食べました。美味しいけど予定外のメニューは困るんだよね。
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スマホで冒険初めて七日目、旦那は日曜なのに仕事に行った。私は久々にサシミンと冒険に出掛ける。順調に進み、中間管理職みたいな中ボスを倒した。ちょっと達成感あり、キリがいいので今日はここで終わる。やりたいこともあるし。
そのままスマホを弄って、あることをする。これが秘策ですよ。ひ、さ、く。
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スマホで冒険始めて八日目、冒険はレベル上げが辛くて滞りがち。あの秘策の成果は寝て待とう。
ちょっと気になるでしょ。まだ仮説なんだけど、旦那と私のいろいろが反対になっているんじゃないかって。ファンタジーみたいだけど。私がゲームで目と肩を酷使しても眼精疲労にならず、旦那は眼精疲労になった。旦那が指怪我したはずなのに私の指が同じ場所痛かったり。私が包丁で指怪我したら旦那が指痛い。私がお金落とせば、旦那が拾う。私が息子とのボードゲームでボロ負けしたら、旦那がギャンブルでボロ勝ちした。これって偶然？ いや違うよ。これは必然的にそうなっている。
私と旦那は結果がひっくり返るんだ。つまり私が電子通貨を購入する。旦那がなんかやらかす。息子とゲームやらせてワザと負けたげてって頼んでもいい。すると電子通貨が高騰する。そのはず。これが秘策ですよ。
なんで電子通貨って、結婚前にちょっとだけ手を出したことあるんだよね。当時のはやりで電子通貨富豪になりたくてさ。その時はダメだったけど。今回は自信がある。
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スマホで冒険初めてｘ日目、冒険は終盤に差し掛かっている。そう、ストーリーの大半が終わり、ラスボス攻略が見えてきた。そして肝心の秘策はというと、一進一退である。
あの翌日に息子と旦那で勝負させて旦那にわざと負けさそうとしたんだけど、旦那はそんな手加減しても息子は喜ばんといい、全力で息子を泣かせていた。はい、相場横ばい。
そしてその翌日は旦那がギャンブルでちょびっと負けてきた。はい、相場微上昇。
別の日は旦那が自転車でコケて怪我してきた。え、怪我も対象なのかい。私が膝痛いんだけど、相場上昇。
別の日は私が風呂場で転んだ。誰だよこんなとこに石けん置いたのは。これもなのか、相場下落。
別の日は息子と旦那がジャンケンして旦那が負けてた。はい、相場微下落。
別の日は旦那がハム貰ってきた。それを摘み食いした私が腹を下した。賞味期限切れてんじゃん。変なもの貰ってくるから。相場下落。
更に……。まぁつまるところなかなか儲かんないのですよ。
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スマホで冒険初めてｙ日目、冒険はラスボスダンジョン攻略中である。この冒険生活もあと少しです。
そして秘策の話、旦那がギャンブルで負けが多くなった。いやそもそもギャンブルなんて胴元が儲かるようにできてんのよ。そして秘策相場もググッと上昇したよ。ちなみにギャンブルの負けよりも秘策相場の設けのほうが大きい。
なに、これはもしや投資が多ければ凄いことになるんじゃ。ということで、夫婦で貯めてた虎の子預金を注ぎ込んじゃった。旦那にバレたら離婚騒動かも。なにせ教育アンド住宅資金だし。
そしてその夜、旦那が上機嫌で帰ってきた。久しぶりに会社の人と飲み会をしてきたらしい。そしてとんでもないことを聞いた。
「俺、仕事で大きな商談を成約できてさ、特別ボーナスが出るくらいの。いやちょいちょい残業したかいがあった。サシミありがとう。これで出世コースに乗るぞ」
な、ん、で、す、と。私はなんでありがとう言われたのかわからない。でも分かることはある。最悪の結果かも。
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スマホで冒険初めてｚ日目、ラスボスに挑んで負けました。そして心も折れました。
秘策相場、大暴落です。虎の子貯金が溶けました。もう相場上がる雰囲気ないってスマホ情報が言っている。電子通貨なんて手を出したの誰だよ。私だよ。
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スマホで冒険は終わった。それどこじゃない。私は旦那への言い訳で頭が手一杯。どうするよ。マイホームも息子の教育も、どうするよ。私、どこにも頼れない。きっと、離婚です。いやぁぁぁぁぁ、私の専業主婦ライフが失くなってしまう。
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私は一発逆転に賭けることにした。電子マネーは首の皮一枚で上昇する可能性がある。らしい。つまり旦那に何かあれば絶対に上がるはずだ。つまりは……。
そういえば旦那が急に仕事でうまくいったきた件、旦那も似た法則に気付いていて……。なんてことはあるだろうか。
私はそんなことを考えながら、それでも引きかえすことができず、包丁を片手に旦那を待ち受けた。
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『おぉ、サシミよ。死んでしまうとは……」
