少年の名前
炊き出しが終わると、ハナスは少年とレナ、そして他の仲間たちを連れて、建設中の学校へと向かった。彼は少年とレナの肩を優しく抱きながら、ほら、見てごらん、と指さした。そこには、間もなく完成する学校の骨組みがそびえ立っていた。
「ここにもうすぐ学校ができるんだ。寮も完備しているから、温かい布団で眠れるようになるよ」
ハナスの言葉に、レナは目を輝かせた。「ほんとに!?」
しかし、少年はうつむいたままだった。「……僕たち、お金がないんだ。授業料なんて払えないよ」
その瞬間、リベットが少年の頭にそっと手を置いた。「大丈夫です!この学校は、望んだ人が誰でも通えるんです。ご飯だって、無料で食べられます!」
リベットの力強い声に、周りからは感嘆の声が上がった。「おおー!」
少年はゆっくりと顔を上げ、まだ信じられないという表情を浮かべていた。
「でも、そんなこと教えちゃったら、食べ物と寝床だけ目当てに来ちゃう人がいるんじゃない?」
獣族の犬耳の女の子がそう言うと、ハナスは優しく微笑んだ。
「それで良いんですよ」
「えっ……?」
犬耳の女の子は不思議そうな表情を浮かべた。その疑問を抱えたまま、彼女はハナスの目をじっと見つめた。
「みんな、お腹が減って、寒い場所にいたら、何にもやる気が出なくなって、生きる希望さえ持てないでしょ?お腹いっぱい食べて、温かい場所で眠って、そうしてやる気が出たら、自分の好きなことを選べばいいんです。勉強したい人も、働きたい人も、みんな自由なんです」
ハナスの言葉は、優しさに包まれながらも、確かな信念を感じさせるものだった。その声に、犬耳の女の子の目に涙が浮かび始めた。彼女は必死に涙をこらえようとしたが、どうしても抑えきれず、ぽろりと頬を伝う涙をこぼしてしまった。
その涙を見て、周りにいた人々も次々と感情を抑えきれなくなった。あちこちで鼻をすすり上げる音が聞こえ始め、静かな嗚咽が広がっていく。
リベットはそっと犬耳の女の子に近寄り、彼女を優しく抱きしめた。
「大丈夫……もう、一人じゃないから」
リベットの温もりに包まれ、犬耳の女の子は涙をこぼしながらも、少しずつ笑顔を取り戻していった。その姿を見て、周りの人々も互いに寄り添い、励まし合いながら、未来への希望を胸に抱き始めた。
ハナスはそんな光景を静かに見つめ、心の中で誓った。
「ここから、みんなの新しい物語が始まるんだ」
夜が深まり、静かな空気が周りを包み込む中、ハナスは少年とレナをそっと見つめながら、心に浮かんでいた疑問を口にした。
「君たち……どうしてこんな境遇でいるんだい?兄弟というには外見が違いすぎるし、ずっと気になっていたんだ」
ハナスの声は優しく、しかし真剣だった。彼は少年の目をじっと見つめ、続けて言った。
「君は自分の名前を言わなかったけど、名前を教えてくれるかい?」
少年は少し俯き加減になり、しばらく沈黙した後、静かに答えた。
「僕には……名前はないよ」
その言葉に、ハナスは思わず眉を寄せた。少年の声には、どこか諦めのような響きがあった。
「レナに出会ったとき、レナには名前があったけど……僕には、最初から名前がなかったんだ」
ハナスはその言葉に少なからずショックを受けた。名前がない――それは、自分という存在を確認できないようなものだ。彼は胸が締め付けられるような感覚を覚えながら、それでも冷静に次の質問を投げかけた。
「君たちに、今まで何があって……どうしてあの屋敷にいたのか、教えてくれるかい?」
少年はハナスの目をじっと見つめ、ゆっくりとコクリと頷いた。彼の瞳には、これまで語られることのなかった記憶が浮かび上がっているようだった。
「僕たちは……ずっと、遠い場所で暮らしてた。でも、それは『暮らしてた』って言えるようなものじゃなかった」
少年の声は震えながらも、確かな意志を持って言葉を紡ぎ出した。レナはそっと少年の手を握り、彼に寄り添うようにして話を聞いていた。
「僕は、生まれたときからあの場所にいた。誰が僕を連れてきたのか、どうしてそこにいたのか……わからない。レナは、後から連れてこられた。彼女には家族がいたけど、離れ離れにされちゃったんだ」
少年の言葉は、重く、暗い過去を映し出していた。ハナスはその一つひとつを真剣に聞きながら、胸の奥で怒りと悲しみが渦巻いていくのを感じた。
「あの場所では……僕たちは、ただ『食べ物』のように扱われてた。名前なんて、必要ないって言われた。でも、レナが来てくれて……彼女が僕に『お兄ちゃん』って呼んでくれた。それが、僕にとっての最初の名前みたいなものだった」
「食べ物って……どういうこと?」
ハナスは驚きを隠せず、声を震わせながら問いかけた。
「食べ物だよ」と少年は淡々と、しかしどこか痛々しい表情で答えた。
「あの場所にはたくさんの子供がいた。でも、あいつらがやってきて……子供を食べるんだ。せっかく友達になっても、いつ食べられてしまうか分からない。だから、僕はレナを必死に守って、隠していたんだ」
ハナスはその言葉を聞き、胸が張り裂けそうな思いだった。彼は震える声でさらに尋ねた。
「それは……どんな奴らだったの?」
少年は少し考え込み、言葉を選ぶようにして答えた。
「なんか、大きな人間みたいだけど……トカゲみたいで、ブツブツしていて、臭かった」
その説明では具体的な姿は浮かばなかったが、ハナスはその存在がどれほど恐ろしいものだったかを感じ取った。彼は息を呑み、次の質問を投げかけた。
「そこから……君たちはどうやって逃げたんだ?」
少年は目を閉じ、当時の記憶をたどるようにして話し始めた。
「ある日、あそこで火事があったんだ。火事におびえた動物が何頭も走ってきて、僕たちの閉じ込められていた檻を壊した。そしたら、誰かが『逃げろ!』って叫んで……僕は無我夢中でレナの手を引いて逃げた」
その言葉に、ハナスは胸が熱くなるのを感じた。彼は少年の勇気と、レナを守ろうとする強い意志に心を打たれた。
「君は……その場所が分かるかい?」
ハナスの問いかけに、少年はゆっくりと首を横に振った。
「分からないよ。暗くて、どこをどう走ったのかも覚えてない。ただ……逃げるしかなかった」
ハナスは深く息を吐き、少年とレナを見つめた。彼らの目には、まだ過去の影がちらついているようだった。
「もう大丈夫だ」とハナスは静かに言った。「ここには、君たちを守る仲間がいる。」
少年はハナスの言葉をじっと聞き、ゆっくりと頷いた。レナもそっと少年の手を握り直し、二人でハナスを見つめた。
夜の静けさの中、三人は互いに寄り添い、過去の傷を癒し合いながら、新たな一歩を踏み出そうとしていた。
「ごはん......ありがとう」
少年の声が少し震えた。レナはそっと彼の手を握り直し、優しく微笑んだ。その微笑みは、少年にとってどれほど大きな支えだったことか。
ハナスは深く息を吐き、少年とレナに向かって静かに言った。
「どういたしまして」
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オレンジ




