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はじめての融資

徐々に利用者が増えつつある通貨発行所に、とある貴族が訪れていた。その身なりは、貴族としてはどこか中途半端で、服には所々に汚れが目立ち、没落しつつあるが、まだ完全に落ちぶれきっていないという印象を受けた。彼は不安げな目で周囲を見回し、やや高飛車な態度で受付に近づいた。


対応したのは、ミストベール農園から派遣されている獣人の少女、ロイアだった。彼女はうさぎのような長い耳を揺らしながら、落ち着いた態度で貴族を迎えた。


「もっと偉い方はいらっしゃいませんか?」


貴族はロイアに戸惑いの視線を向け、貴族らしくない敬語で投げかけた。しかし、ロイアはその言葉に動じる様子もなく、むしろ凛とした態度で答えた。


「私がこの通貨発行所の責任者を任されております。ロイアと申します。」


彼女の声は冷静で、貴族に対しても全く気後れしていなかった。これは、サイノッテ城で貴族相手に何度も練習を重ね、徹底的な訓練を受けた結果だった。ロイアは、ここでどんな失敗をしようとも、貴族がどんなに怒ろうとも、すべての後ろ盾はサイノッテ王国がしてくれることを知っていた。万が一、国と国との問題に発展した場合でも、一獣人が引き起こした問題は、ヴェルディア王国、サイノッテ王国、ソルゼ王国が対処してくれる手はずになっていた。もちろん、明らかな不正を行った場合は別だが。


貴族はロイアに少し驚いたようで、しばらく黙り込んだが、やがて用件を切り出した。


「私は事業の融資の事でいくつか質問があるのだが……」


ロイアは微笑みを浮かべながら、貴族の言葉に耳を傾けた。彼女の心の中には、訓練で培った自信と、自分を支えてくれる国への信頼がしっかりと根付いていた。


融資の件で通貨発行所を訪ねてきたのは、この貴族が初めてだった。ロイアは軽く一礼すると、貴族を商談室へと案内した。室内には簡素ながらも整えられた机と椅子が置かれており、窓からは外の喧騒が遠く聞こえるほど静かな空間だった。


「それで、今回はどのような融資をご希望でしょうか?」


ロイアが商談室の席に腰を下ろし、穏やかな口調で尋ねると、貴族は少し緊張した様子でゴホンと咳払いをした。


「実は……私の家は、サイノッテのはずれの小さな村で細々と牧場経営をしています。しかし、最近は……なかなか厳しい状況でして……」


ロイアは彼の言葉を静かに聞きながら、軽く頷いた。そして、彼の名を尋ねた。


「失礼ですが、お名前は?」


「私はモイ領のルクセと申します」


その名を聞いた瞬間、ロイアは「ああ」と小さく声を漏らし、納得したような表情を浮かべた。彼女は以前、勉強していた際にモイ領について聞いたことがあったからだ。モイ領は、主に牧場経営を行う領地として知られていた。ただ、自然環境的に植物が育ちにくい土地だったため、人里から離れている利点を生かし、乳を出す魔物や卵を産む魔物、肉にするとそこそこ美味しい魔物を飼育して生計を立てる牧場主が多かった。


「モイ領のことは存じております」とロイアは丁寧に応じた。「確か、魔物を活用した牧場経営が盛んだと聞きましたが、現在はどのようなお困りごとがおありなのでしょうか?」


ルクセは少し戸惑いながらも、言葉を続けた。


「はい、その通りです。しかし、最近は魔物の飼育コストが上がり、さらに市場での競争も激しくなって……資金繰りが厳しくなってしまいまして。新しい設備を導入したり、効率的な飼育方法を模索するためにも、どうしても資金が必要なのです」


ロイアは彼の言葉を真剣に聞きながら、頭の中で情報を整理していった。彼女はルクセの状況を理解し、どのような融資が適切かを考え始めた。そして、穏やかな笑顔を浮かべながら、次の言葉を紡いだ。


「ルクセ様、ご事情はよくわかりました。では、具体的な融資のプランについて、いくつかご提案させていただきます」


ルクセはその言葉に少し安堵の表情を見せ、身を乗り出した。ロイアは彼の目をしっかりと見つめ、これから始まる商談に備えた。


もちろん、サイノッテ王城の周辺は緑が豊かで、食物もよく実る。肥沃な土地が広がり、農作物は豊作を繰り返し、人々の食卓を潤していた。しかし、そこから少し外れると、状況は一変する。土地は痩せ、作物は育ちにくく、人々は自然の厳しさと常に戦わなければならなかった。


そんな環境の中、人々の目は「魔物」に向けられるようになった。荒地でも驚異的な生命力を持つ魔物は、厳しい土地でも飼育が可能だった。ただし、魔物というだけあって、その飼育には冒険者並みのスキルが必要とされた。最低でも中級くらいの冒険者レベルの技術と知識がなければ、魔物を扱うことはできなかった。しかし、その危険を冒してもなお、魔物から得られる乳や卵、肉などの食材は、ヴェルディア王国やサイノッテ城周辺の農家が生産する食材だけでは到底補いきれない需要を満たす、重要な資源だった。


魔物の飼育は、単に食材を供給するだけではない。魔王が不在になってから、魔物の数は次第に減少し、野生の魔物を狩るだけでは需要に追いつかなくなっていた。そこで、牧場主たちは魔物を人工的に増やすという役割も担うようになった。彼らは魔物の生態を研究し、繁殖を促し、数を維持するための努力を重ねていた。これは単なる飼育ではなく、一種の「魔物管理」とも言える重要な仕事だった。


「ルクセ様の領地も、魔物飼育に力を入れていると伺いましたが、具体的にはどのような魔物を扱われているのでしょうか?」


ロイアはルクセに尋ねながら、彼の話に耳を傾けた。彼女はこの貴族が抱える問題を理解し、どのように支援できるかを考えていた。魔物飼育は確かにリスクが大きいが、その分、成功すれば大きな利益をもたらす可能性も秘めていた。


ルクセは少し考え込むようにしてから、答えた。


「主に、乳を出す『ミルクホーン』と、卵を産む『スカイレイザー』を飼育しています。どちらも生命力が強く、荒地でも十分に育つ魔物です。しかし、最近は飼料の価格が上がり、さらに魔物の病気も流行して……なかなか思うようにいかなくて……」


ロイアは彼の言葉を聞きながら、資料をめくり、いくつかの数字を確認した。そして、彼女は穏やかな笑顔を浮かべながら、提案を始めた。


「ルクセ様、まずは飼料の調達コストを抑えるための支援策を考えましょう。また、魔物の病気対策についても、専門家を派遣することも可能です。さらに、新しい販路を開拓するための資金もご用意できます」


ルクセはその言葉に目を輝かせ、身を乗り出した。


「本当に……そんなことが?」


「はい、もちろんです」ロイアは確信を持って頷いた。「モイ領の魔物飼育は、この地域にとって欠かせない産業です。私たちも全力でサポートさせていただきます」


ルクセは深く息を吐き、安堵の表情を浮かべた。彼の目には、再び希望の光が灯っているようだった。ロイアは彼の変化を感じ取り、心の中で小さく勝利を噛みしめた。この瞬間、彼女は自分がこの通貨発行所の責任者として、確かな一歩を踏み出したことを実感していた。

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