美味しいね、お兄ちゃん!
ハナスは、リベット、アリュゼ姫、そしてテフロサを伴い、炊き出しの食材を求めて賑やかな市場へと向かった。市場の喧騒は、まるで活気に満ちた生命の鼓動のようだった。
「鍋にできるような、肉、魚、キノコ、野菜を探そうか」
ハナスは、リベットにそう声をかけ、市場を歩き始めた。サイノッテ王国は、様々な食材が手に入ることで有名だ。特に、鍋料理に欠かせない野菜や肉類、そして魚介類は、どれも新鮮で、選び放題だった。
「サイノッテは本当に便利ですよね」
リベットは、市場の活気にあふれる様子を見ながら、感心したように言った。
「そうだね。ヴェルディア王国も色々あるけど」
ハナスは、リベットに同意しながら、食材を吟味した。ヴェルディア王国も、サイノッテ王国に劣らず様々なものが手に入る。しかし、ソルゼ王国や他の土地は、少し事情が違う。特に、気候や地形の影響で、手に入る食材の種類や質が大きく異なる場合もある。
「そう考えると、ミストベールも、本当に恵まれていたんだな」
ハナスは、故郷を思い出しながら、そう呟いた。ミストベール農園とその周囲は、比較的温暖な気候に恵まれ、様々な作物が栽培されていた。幼い頃から豊かな食生活を送ってきたハナスにとって、この世界の食事情は、改めて考えさせられるものだった。
ハナスは、鍋に合いそうな野菜や、栄養価の高い肉類、そして魚介類を次々と買い求めた。アリュゼ姫は、珍しい食材を興味深そうに見つめ、テフロサは、ハナスの背後で周囲を警戒しながら、しっかりと一行を守っていた。
「よし、これくらいあれば大丈夫だろう」
ハナスは、荷車を借りて、抱えきれないほどの食材を前に、満足そうに頷いた。後は、少年とレナたちのいる場所に戻って、皆でおいしいご飯を食べるだけだ。
うち捨てられた古びた貴族の屋敷に戻ると、テフロサは、持ち運んでいた巨大な鉄鍋を、庭の中央にドスンと音を立てて降ろした。その衝撃で、地面が少し揺れたように感じた。
「さあ、始めようか!」
ハナスの掛け声で、各々が手際よく料理の準備に取り掛かった。荷車から降ろされた色とりどりの食材を見た人々は、待ちきれないといった様子で、屋敷の中からわらわらと庭に集まってきた。中には、よだれを垂らしながら、今か今かと料理を待ちわびているオオカミ顔の獣人もいた。
リベットは、慣れた手つきで野菜を洗い、切る作業に取り掛かった。アリュゼ姫は、運んできた野菜を運ぶ係を担当していた。どうやら、労働というものを経験したことがないらしいアリュゼ姫は、慣れない作業に戸惑い、何度もつまずいたり転んだりしていた。
転ぶたびにリベットに支えられ、その度に嬉しそうに笑っていた。初めての労働が、彼女にとって、どうやら楽しい体験になっているようだった。
「アリュゼ姫、大丈夫ですか?」
リベットは、転びそうになるアリュゼ姫を優しく支えながら、声をかけた。
「はい! リベットさん、ありがとうございます!」
アリュゼ姫は、元気よく答えた。その笑顔は、まるで太陽のように輝いていた。
ハナスは、大鍋に火をかけ、テフロサに手伝ってもらいながら、食材を豪快に投入していった。辺りには、おいしそうな匂いが立ち込め、人々の期待感を高めていった。
「もうすぐできますよ! もうちょっと待ってください!」
ハナスは、庭に集まった人々に声をかけた。その言葉に、人々は歓声をあげ、さらに大きな期待感を露わにした。
こうして、屋敷の庭は、笑顔と活気に満ち溢れ、まるで小さな祭りのような空間へと変貌を遂げた。
ハナスは、炊き上がったばかりの鍋料理を、少年とレナの器にたっぷりとよそって、二人へと差し出した。
「さあ、食べて」
ハナスは、二人が食べやすいようにと、適当な大きさの板を探して、それを即席のテーブルにした。少年とレナは、目の前に出された料理を、目をキラキラと輝かせながら見つめていた。今まで食べたことのない、見たこともない料理に、少し戸惑いながらも、ゆっくりと、おそるおそる口に運んだ。
「これ、うまい!」
少年は、一口食べた瞬間に、目を丸くして叫んだ。その声は、驚きと喜びで満ち溢れていた。
「美味しいね!お兄ちゃん!」
レナも、負けじとばかりに、がっつくように料理を食べ始めた。夢中で食べていると、むせてしまった。
「ほらほら、喉に詰まらせると危ないから、ゆっくり食べてよ」
リベットは、レナの背中を優しくさすりながら、そう注意した。リベットの優しい言葉に、レナは少し照れくさそうに微笑んだ。
ハナスは、そんな二人の姿を見て、心が温かくなるのを感じた。初めて食べる鍋料理に、驚き、喜び、そしてむせながらも美味しそうに食べる二人の姿は、ハナスにとって、何よりも嬉しい光景だった。
庭に集まった人々も、次々と鍋料理を口に運び始めた。その顔は、皆、満足げで、先程までの暗い雰囲気は、すっかり消えていた。
「美味しい! 本当に美味しい!」
「こんな料理、初めて食べた!」
あちこちから、歓声や喜びの声が聞こえてきた。ハナスは、その声を聞きながら、この炊き出しをやって良かったと心から思った。
この小さな炊き出しが、少しでも、この人々の心の傷を癒し、明日への希望に繋がればいい。ハナスは、そんなことを思いながら、少年とレナの笑顔を優しく見つめていた。
夕焼けがスラム街の埃っぽい空をオレンジ色に染めていた。大きな鍋から立ち上る湯気と、食欲をそそる香りが、冷たい風に運ばれていく。
「ハナス様は本当に優しい方だなあ。」
炊き出しの光景を見ながら、テフロサが腕を組んで呟いた。その声に、ちょうど隣にいたアリュゼ姫が軽く頷く。
「そうですね。ハナス様のように寛大な方は、私も見たことがありません」
テフロサは姫の方をちらりと見て、少し心配そうに尋ねた。
「ところで、姫はこんな場所での食事には慣れていないでしょう?」
アリュゼ姫は一瞬考え込むような仕草を見せた後、柔らかな笑みを浮かべた。
「そうですねえ、慣れてはいません。でも、ハナス様と行動を共にするということは、こういうことがこれからもたくさんあると思うので……慣れるようにします」
彼女の目はキラキラと輝き、未来への期待に満ちているようだった。その表情を見て、テフロサも思わず微笑みを返す。
「そうか。じゃあ、これからもよろしく頼むよ、姫」
「はい、もちろんです!」
二人は再び炊き出しの光景に目を向け、人々の笑顔が広がる中で、静かに時間が流れていくのを感じていた。




