魔族にも愛はある?
テフロサがゆっくりと高度を下げていく。ハナスの視界に、地上でこちらを見上げているシルベアの姿が飛び込んできた。ハナスが大きく手を振ると、シルベアも満面の笑みで手を振り返してくれた。その愛らしい姿に、ハナスの胸が温かくなる。
やがて、テフロサは砂埃を巻き上げることなく、優雅に着地した。その直後、駆け寄ってきたのは、テフロサの母親であるテローサだった。
「テフロサ、ちゃんとお勤めは出来たかい? 怪我はなかった?」
心配そうな表情で娘を気遣うテローサに、テフロサは凛とした声で答えた。
「お母様、テフロサは立派に勤めをはたしました。ご心配には及びません」
任務を完遂した誇らしさが、その声に滲み出ていた。
「ハナシウス! リベット!」
ハナフィサは、二人の名を叫びながら駆け寄った。その勢いのまま、ハナスとリベットをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だった? 怪我はない?」
ハナフィサは、心配そうな表情で二人を見つめた。その瞳には、安堵の色が滲んでいた。
「母さん、もう心配しすぎだよ」
ハナスは、少し呆れたように言った。
「私がついて行ってないんだから、もし怪我をしても回復魔法が使えないのよ」
ハナフィサは、無事を確かめるように二人を見つめた。
「それにしても、二人とも無事でよかった」
ハナフィサは、再びハナスとリベットを抱きしめた。その腕には、母としての深い愛情が込められていた。
ハナスとリベットは、ハナフィサの温かい抱擁に、安心したような表情を浮かべた。
「リベットも、怪我はない?」
ハナフィサは、ハナスから視線を移し、リベットをじっと見つめた。その眼差しには、心配の色と、優しさが滲んでいた。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
リベットは、ハナフィサの問いかけに、少しだけ緊張した面持ちで答えた。その言葉には、ハナフィサへの感謝の気持ちが込められていた。
ハナフィサは、リベットの言葉を聞くと、優しくその頭を撫でた。その手つきは、まるで愛しい娘を慈しむようだった。
「よく聞いてリベット。あなたはもう、私の娘で、私たちの家族なの」
ハナフィサは、リベットの目をじっと見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。「そのことは、ちゃんと覚えていて欲しいの」
リベットは、ハナフィサの言葉を静かに聞いていた。その表情は、少しだけ戸惑いながら、嬉しそうだった。そして、ハナフィサの言葉が終わると、小さく、しかし力強く頷いた。
ハナフィサは、リベットの返事に満足そうに微笑んだ。
その時、遠くから何かが駆け寄ってくる音が聞こえた。そして、息を切らしながら、一人の人物が姿を現した。
「ハナス様!」
その人物は、アリュゼだった。彼女は、息を切らし、肩を上下させながら、ハナスの元へ駆け寄ってきた。頬は、興奮のためか、ほんのりと赤く染まっていた。
「アリュゼ姫!?」
ハナスは、突然現れたアリュゼの姿に驚き、目を丸くした。なぜ彼女が、こんなにも急いでやって来たのか、全く見当がつかなかった。
アリュゼは、肩で息をしながら、ハナスを見つめた。その瞳は、少し潤んでいて、何かを訴えかけているようだった。彼女の表情は、焦りと喜び、そして少しの戸惑いが入り混じっていた。
ハナスは、アリュゼの様子に、少しだけ困惑しながらも、彼女の言葉を待った。一体、何があったのだろうか。アリュゼは、なぜこんなにも急いで来たのだろうか。
アリュゼ姫にとって、ハナスへの想いは決して一朝一夕に生まれたものではなかった。その始まりは、まだ幼い頃に遡る。数年前、アリュゼの目の前に現れたシルベアという大精霊。その姿は、ハナスそのものだった。シルベアはアリュゼにとって、ただの精霊ではなく、ハナスの姿を借りて語りかけてくる存在だったのだ。
シルベアがアリュゼの前で元の姿に戻った後も、ハナスの話題は尽きなかった。シルベアは、まるで自慢の弟を紹介するかのように、ハナスという不思議な少年のことを、事あるごとにアリュゼに語った。ハナスの冒険譚、勇敢な行い、そして優しい心。それらは、毎晩の寝物語としてアリュゼの耳に届けられた。
そうして、アリュゼはいつしかハナスに憧憬の念を抱くようになっていた。それは、まるでテレビの中のスターに憧れる少女のようだったかもしれない。遠い存在でありながら、その輝きに心を奪われる。ただ、アリュゼの場合、それは単なる憧れで終わらなかった。
年頃の少女になり、恋を知るにつれて、その憧憬は恋心へとゆっくりと姿を変えていった。ハナスの姿は、アリュゼの心の中で、特別な存在として、ますますその輝きを増していく。シルベアを通して見ていた頃から、アリュゼの心には、常にハナスの影があった。その影は、今や確かな恋心として、アリュゼの中で深く根を張っていた。
この想いを、ハナス自身が知る日は来るのだろうか。アリュゼは、淡い期待と少しの不安を胸に抱きながら、今日もハナスのことを想うのだった。
ハナフィサとリベットは、アリュゼ姫の姿を一目見ただけで確信していた。彼女のハナスを見つめる眼差しには、隠しきれない想いが溢れていた。しかし、こういう時、男の子というのは実に鈍感なものだ。
その鈍感さが、もしかすると男の子の魅力なのかもしれないが、ハナフィサは少しだけハナスの背中を押すことにした。
「ハナス様……お元気で……お怪我はないようで何よりです」
アリュゼはそう言うと、まるで時間が止まったかのように固まってしまった。ハナスを見れば、彼はどうしていいか分からず、ただドギマギしているだけだ。
「ほら、坊ちゃん、お姫様にお礼を言って」
リベットがハナスの耳に小さく囁いた。
「あ、ごめん」
ハナスは小さな声で言う。アリュゼは不安そうに顔を上げた。
「心配かけてごめん!そして、ありがとう」
ハナスが少しだけ大きな声で言うと、アリュゼはパッと顔を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。
リベットはすかさずアリュゼの手を取ると、ハナスの手と繋ぎ合わせた。「さあ、行きますよ!お腹が減ったので、おやつを食べに行きましょう!」そして、ハナフィサの方を向いて言った。「お母さんも一緒にいきましょう!」
ハナフィサも「はい!」と嬉しそうに返事をすると、ハナスとアリュゼの背中を優しく押し始めた。
その様子を少し離れた場所から見守っていたテローサは、ふと、微笑みながら言った。
「何だか、人間って微笑ましいね」
「あら、魔族にだって愛はあるわ」
テフロサが答える。
「魔族の愛はどんなのだ?」
テローサの問いに、テフロサは少し考えてから言った。
「私、お母さんの事は好きよ」
テフロサの言葉に、テローサは優しく微笑みかけた。
「お母さんは?お父さんの事、覚えてる?」
テローサは一瞬、考え込んだ。
魔族は、つがいになる時だけオスに変化し、その後はまたメスに戻る。魔王様がいれば別だが、どうにも、お父さんという存在が曖昧なのだ。
「うーん……覚えてないかも。」
テローサはそう言って、微笑んだ。
そして、二人で笑った。
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オレンジ




