人間の恋
「お父様はもうお帰りになったのに、アリュゼはまだお残りになるのですか?」
サイノッテ城、花が咲き乱れる庭園の一角。古びた人形を膝に乗せ、物思いにふけるアリュゼ姫に、シルベアが声をかけた。
「もう、いきなり現れるのはやめてくださいまし! 驚いてしまうじゃありませんか」
アリュゼが少しだけ不機嫌そうに言うと、シルベアはくすくすと笑った。
「ふふ、すみません。ですが、まだお帰りにならないのですね?」
「ええ、まあ、そうね」
「どうしてですか?」
シルベアが皮肉っぽく尋ねると、アリュゼは少し頬を染めながら答えた。
「だって、ここにはお母様にそっくりのユリ様がいらっしゃるし、ご飯は美味しいし、それに……色々と面白いことがたくさんあるもの」
アリュゼの言葉には、サイノッテ城での日々への愛着が滲んでいた。姫という立場を忘れ、一人の少女として心から楽しんでいる様子だった。
「そうかそうか、そんなにここが楽しいですか?」
シルベアは、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。その表情は、アリュゼの言葉をからかうようで、少し意地悪な響きがあった。
「どうして、そんなにニヤニヤしているんですか!」
アリュゼはむっとして立ち上がると、人形を抱きしめながら言った。「用がないのなら、私は行きますよ。少し、一人になりたいので」
そう言って、アリュゼはそそくさとその場を離れようとした。
「つれないなあ」
シルベアはわざとらしくため息をついた。「ヴェルディア城では、ボクの後ばかりついてきたくせに」
アリュゼは、その言葉にピタリと足を止めた。しかし、それでも振り返ることなく、さらに早足で歩き出した。
「……そういえば、さっきハナスが帰ってきたから、ボクは奴をからかいにでも行くか」
シルベアは、アリュゼの背中に向かって言葉を投げかけた。
アリュゼは、まるで何かに引き寄せられるように、再び足を止めた。そして、くるりと踵を返すと、さっきまでそっぽを向いていたシルベアに向かって、一気に詰め寄った。
「ハナス様が帰って来たのですか!」
その声は、先ほどまでの不機嫌さを微塵も感じさせない、喜びと期待に満ちたものだった。アリュゼの瞳は、キラキラと輝き、頬はほんのりと赤く染まっていた。
アリュゼの突然の行動に、シルベアは少しドギマギしながらも、言葉を返した。「あ、ああ、そうだよ」
「どこです? ハナス様は今、どこにいらっしゃるんですか?」
アリュゼの言葉は、焦るように早く、声も少し上ずっていた。
「それは、あっち……」
シルベアが言い終わらないうちに、アリュゼはもう走り出していた。その背中からは、喜びと期待が溢れ出ていた。
「あーあ、人間の恋っていうのは、病気だな」
シルベアは、一人ごちるように呟いた。そして、まるで恋煩いに苦しむ患者を見ているかのように、肩をすくめた。「温泉っていうのに入れてやらなきゃ、治らないのかな?」ハナスの記憶を思い出して思う。
シルベアは、少しだけ困ったような、そして少しだけ楽しそうな笑みを浮かべた。そして、アリュゼの後を追って、ゆっくりと歩き始めた。その足取りは、どこか楽しげだった。
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オレンジ




