ハナスの感謝
潮風を切り裂き、テフロサの巨大な翼が空を舞う。サイノッテを出発してから数刻、ハナスとリベットはテフロサの背に乗り、ヴェルディア王国近隣の村々を目指していた。
「疲れてない?テフロサ!」
風に煽られないよう、ハナスは声を張り上げた。
「これくらい、空の散歩ですハナス様。ハナス様の祝福の食べ物のおかげで、魔力が溢れてきます!」
テフロサは快活な声で応える。その漆黒の肌は、太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
「あっ、村が見えてきたよ、坊ちゃん!」
リベットが指を指す先には、緑豊かな風景の中に、ぽつりぽつりと家々が点在する村が見えた。
「よし、あの村で記念すべき、一番最初の注文を取ろうか!」
ハナスの言葉に、リベットも顔を綻ばせる。
「では、降りますよ。しっかりと掴まっていてください」
テフロサは優雅に旋回し、ゆっくりと降下を始めた。村が、どんどん目の前に迫ってくる。
畑仕事をしているのだろうか、農具を持った村人たちが何人か、それに子供たちの姿も見える。家々は少し古びてはいるが、それでも確かに人が暮らしている温かみが感じられる村だった。
テフロサが優しく地面に着地すると、目の前に古びた家が現れた。その家の前には、腰をかがめた老人が一人、ぽつんと座っている。
「こんにちは!」
ハナスは明るい声で老人に挨拶をしたが、老人はまるで聞こえていないかのように、微動だにしない。
「おじいちゃん!お邪魔しますね、いい村ですね!」
リベットが少し近づいて声をかけたが、それでも老人は同じように、反応を示さない。
「変だな?」
ハナスがそう思った瞬間、遠くから子供たちが駆けてくるのが見えた。そして、その子供たちを追いかけるように、大人たちが慌てた様子でやってきた。
「おまえ、魔物か!」
ガキ大将のような少年が、一番先頭で走りながら、手に持った木の棒を振り上げてテフロサを威嚇した。
「こら、子供!高貴な魔族をつかまえて、魔物とは無礼であるぞ!」
テフロサが、静かに、しかし、はっきりと少年を咎めた。そのエメラルドグリーンの瞳は、怒りの色を宿し、深紅に変色していた。その威圧感に、少年は「ひっ!」と悲鳴をあげて、走ってきた親の元へ駆け戻った。
「何をするんですか!」
子供の母親が、青ざめた顔でテフロサを見つめ、声を上げた。その声は震えていた。
「おいおい、さい先悪いな」
ハナスは内心でそう呟きながら、驚いてテフロサと親子の間に割って入った。
「驚かせてごめんなさい。僕たちは怪しい者じゃあありません。どうか話を聞いてください」
ハナスはできるだけ穏やかな口調で言ったが、子供も大人も、まだ警戒を解いていない。訝しげな表情で、ハナスたちを見つめている。
その時、リベットが素早く動き出した。彼女は小さな瓶を取り出すと、風に乗せるように、辺りにオレジの精油を巻き始めた。
「あら、良い香り」
子供の母親の表情が、みるみるうちに緩んでいく。その顔には、先ほどの恐怖の色はもうなかった。
「おお、なんか楽しくなってきたな」
他の大人たちも同じように、朗らかな顔になった。警戒していた雰囲気は消え、皆が穏やかな表情になっている。
「坊ちゃん、絶大ですね」
リベットはニヤニヤとした顔で、ハナスにそう言った。まるで、手柄を自慢する子供のようだ。
(これ、悪用されたらヤバイかな?)
ハナスは一人、心の中でそう思った。
ハナスは、とりあえず村長を紹介してほしいと村人に伝えた。すると、彼らは警戒心をいくらか解き、ハナスたちを村長の家へと案内してくれた。
村長の家と言っても、特別大きいわけではなかった。他の村人の住処と同じように、少しばかり萎びた、質素な家だった。ハナスは、村長と村人たちの前に立ち、改めて自分たちがこの村を訪れた理由を話し始めた。
まず、ハナスはこれまでの不便さを解消すると語った。月に一度か、村によっては半年に一度しか来ない行商人を、いつまでも待たなくても良いようにすると言う。必要なものが定期的に、確実に届けられるようにすると。
そして、体の不自由な人たちも、他の人たちと平等に物資が手に入るようにすると言った。誰もが、必要な物を手に入れる権利がある。それがハナスの信念だった。
さらに、もしお金がなくても、今は困らないようにすると付け加えた。無条件通貨分配制度が整うまでの間は、多少のツケがきくようにすると説明した。ハナスは、人々が安心して暮らせるように、できる限りのことをしたいと思っていた。
「なんと!しかし、ツケと言っても借金でしょう?借金をして物資を買うと、あとあと怖いのでなあ」
村長は眉をひそめて言った。恐らく、自給自足が主な生活手段なのだろう。ハナスの提案は、村人たちにとって、少しばかり現実離れした話に聞こえたのだろう。
「この村には、ほとんど収入がないんですよ」
村長は改めて、現状を説明した。なかなかに難しい問題だった。
「ツケといっても、返す必要がないんです」
ハナスは、少し言葉を選びながら言った。無条件通貨分配制度が出来るまでの、時間稼ぎのようなもの。返す必要がないことを説明するのは、なかなか難しかった。
「ツケではなくて、必要な物資はみんなに無料で支給されるのよ」
難しく考え込んでいるハナスを横目に、リベットが口を開いた。リベットは、ハナスの意図を理解し、より分かりやすい言葉で説明しようとした。
「支給される?どうして、あなたがたが、何の関係もないこの村に物資をくれるんですか?」
村長が不思議そうに問いかける。リベットも少し困ってしまった。どう説明すれば、この状況を理解してもらえるのだろうか。
「それはですねえ」
ハナスは再び口を開いた。リベットの言葉を受けて、改めて説明を試みた。
「これは、ヴェルディア王が進めている事業だからです」
ハナスの言葉に、村人たちから「おおー」という声が上がった。王の名が出たことで、彼らの表情は、少しだけ和らいだようだった。
「この物資を運んで届けるという事業は、もちろん貴族様のもとへも伺います。そして貴族様からは、沢山のお金をいただきます。ただ、貴族様たちにも、王族様たちにも、これが素晴らしいと知ってもらうためには、こういう小さな村が潤っていく姿を見せる必要もあるんです。だから、貧しい村には無料で物資を支給することができるんですよ」
ハナスは、一通り説明を終えた。村人たちは、ハナスの言葉に耳を傾け、少しずつ理解を示し始めたようだった。
「まあ、借金ではなく支給されるんなら」
村人たちは、そう言って、ぽつぽつと注文を始めた。塩などの高級品も無料で手に入ると聞いて、村人たちは歓喜の声を上げた。「それを早く言ってくれ!」と、その顔は喜びで輝いていた。
「何でも、初めてって難しいものだな」
ハナスは、改めてそう思った。説明が足りなかったり、誤解を生んでしまったり。今回の件で、様々な課題が見えてきた。
他の仲間たちは、それぞれの村へ飛んで行った。皆、ちゃんとやれているだろうか?ハナスは、少しばかり心配になった。
自分が先に飛んで、マニュアルのようなものを作るべきだったかもしれない。そうすれば、皆がよりスムーズに事を進められたのではないか。ハナスは人知れず反省した。
「良かったですね坊ちゃん」
「ハナス様おめでとうございます」
二人がにこやかに居るので、その笑顔にハナスは感謝した。
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オレンジ




