物言わぬ老人と秘密の酒盛り
馬車の扉が開くと、アンナの母親が走り出てきて、アンナを抱きしめた。
「おかあーーさーーん!」
「アンナーー!」
しばらく、二人の涙の再会が続いた。デルビアとミーアはその光景を微笑ましく見つめていた。
他の囚われていた村人たちも、恐る恐る馬車から出てくるが、皆一様にデルビアを見ると「ひっ!」と声を上げて尻もちをつき、動けなくなる。
「失礼な。この高貴な私を見て腰を抜かすなど、人族の目はどこかおかしいのか?」
デルビアが不満げに言った。
「人族は大きなものを怖がるからねえ」
ミーアはのんきに言った。
「自分より大きいものが怖いのか? ミーアは怖くないのか?」
「私は猫耳族。これでも獣人の間では勇敢で有名なのよ」
ミーアは胸を張った。
「ミーア、もう『みゃあ』はやめたのですか?」
デルビアが言うと。
「リベット姉が言うことはあてにならない、にゃあ」
ミーアはそう答えた。
村人たちを無事村に送り届けると、ミーアたちはさっそく自分たちが村にやってきた理由を説明し始めた。そう、ミーアたちは月に一度程度しかやってこない行商人に代わって、不足している物資などを運んで持ってくることができるのだ。
しかし、村人の中には獣人のミーアを信用しない者もいたり、何よりミーアの後ろに立つ巨大な魔族に恐れをなしていた。けれど、アンナがミーアやデルビアに懐いているのを見たアンナの母親の対応は違った。生活必需品などを早速注文してくれて、おまけに友人の女性を何人か紹介してくれた。
紹介された女性たちは少し話をしてくれたが、皆一様に「主人に相談しないと」とか「おばあさんに聞いてから」といった感じで、どこかよそよそしかった。
ミーアは小さくため息をついた。
「まあ、いっか。いつか分かってくれるよね」
ミーアはデルビアに言った。
「申し訳ありません、我ら魔族は人族からは嫌われているので」
デルビアが言うと、
「違うよ、デルちゃん。獣人だって人族から嫌われてるんだから、デルちゃんだけのせいじゃないよ」
気にしないで、とミーアは言った。
そこへ、アンナとその母親がやって来て、ミーアたちに申し訳なさそうにしていた。
「本当にごめんなさい、助けていただいたのにこんな態度で」
「ごめんなさい!」
アンナが言うと、ミーアは優しく微笑んだ。
「気にしないでください。また来ますね」
そう言って、ミーアは笑顔でアンナの頭を撫でた。
そして、ミーアはデルビアの背中に跨ると、もう一度アンナとお母さんに小さく手を振って、飛び立った。
「村が見えてきたわよ」
アーリアが言ったが、フィリアは返事をしない。
「ねえ、フィリア、村が見えてきたってば! フィリア!」
アーリアが背中を揺らすと、フィリアは落ちそうになって慌てて自分の翼を羽ばたかせ、もう一度アーリアの背中にしがみついた。
「もう、せっかく良い感じで寝てたのに、どうしたのよアーリア!」
「人が一生懸命飛んでるのに、なんで寝てるのさ!」
アーリアに言われて、フィリアはふくれっつらだ。
「村が見えてきたわよ」
アーリアが言うと、フィリアは眼下の景色を見つめた。
「ほんとね、よし、降りてみよう!」
「まったく……」
アーリアはブツブツ言いながら、「ちゃんとつかまってるのよ」と言った。そうしてアーリアは一気に優雅に下降する。アーリアのしなやかで艶やかな黒い翼が、風の中を泳いだ。
村はなんとなく萎びていた。ヴェルディア王国やサイノッテ王国、ソルゼ王国もそうだが、周辺には名もない小さな集落が多数存在していて、そのほとんどの集落は貧困化していた。
アーリアが着地すると、ぼろ家の軒先に座る老人が、見えているのか見えていないのか分からない目で、こちらに顔を向けている。フィリアが手を挙げて「こんにちは」と挨拶をしたが、聞こえているのかいないのか分からなかった。仕方なく、アーリアとフィリアは村を歩いて回ることにした。
朽ち果てた家々が、道の両側に立ち並んでいた。いや、立ち並んでいるという表現は正しくないかもしれない。崩れ落ち、もはや家の形を留めていないものさえある。風化した木材は灰色に変色し、窓ガラスはことごとく割れ、そこから黒い闇が覗いていた。
「ひどいね、このあたりの家……」
フィリアは辺りを見回し、小さな声で呟いた。その声は、まるで壊れかけの家々に同調するかのように、弱々しく響いた。
「本当にこの村には人がいるのかしら?」
アーリアは怪訝そうに眉をひそめた。深い緑色の瞳は、警戒の色を帯びている。辺りは静まり返り、鳥のさえずりさえ聞こえない。廃墟に足を踏み入れたような、不気味な静寂だった。
どれくらい歩いただろうか。沈黙に包まれた世界に、かすかなざわめきが混じり始めた。遠くの方で、人の声が聞こえる。それは次第に大きくなり、やがて多くの人の存在を感じさせる熱気へと変わっていった。
「この先にいるね」
アーリアが静かに言った。
フィリアは小さく頷き、「ちょっと隠れて様子をうかがってみよう」と提案した。二人は道の脇に茂る、背の高い草むらに身を潜めた。草の匂いが鼻腔をくすぐり、かすかに土の香りが混じる。
ざわめきは、さらに大きくなってきた。人の話し声、笑い声、そして何かのぶつかる音。まるで祭りのような、活気のある音が聞こえてくる。
二人は息を潜め、草の隙間から前方の様子を窺った。
そこには不思議な光景が広がっていた。身長がせいぜい親指ほどの小さな人々が、焚き火を囲んで輪になり、歌い、踊っている。小さな盃を傾け、陽気に笑い合う姿は、まるで絵本の挿絵から飛び出してきたかのようだった。
「なんだこれ?」フィリアが息を呑んだ。
「たぶん、妖精のたぐいね」アーリアが小声で答えた。
「妖精?こんな所に?」
「あの体の大きさからして、そうとしか思えないけど……」
フィリスは、話しかけてみようかと身を乗り出したが、アーリアがそれを制止した。
「いや、ご機嫌に酒盛りしてるんだ。私のような魔族がいたら、水を差すだけだし、やめておこう」
フィリスは納得し、二人はそっとその場を離れた。元居た場所に戻ると、先ほどと同じように、物言わぬ老人が井戸の傍らに座っていた。相変わらず、何をしても反応がない。辺りを見回しても、他に人影は見当たらない。
いつまでもここに留まっているわけにはいかない。二人は、次の村を目指すべく、晴れ渡る空へと羽ばたいた。
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オレンジ




