お迎えにあがりました
ミストベールの農園に集まった人々を前に、リベットはまるで子供のように目をキラキラと輝かせていた。彼女の表情は、先程までの緊張感を微塵も感じさせず、むしろ、これから楽しいことが始まるような、そんな期待感に満ち溢れていた。
「坊ちゃんがですね」リベットは、嬉しそうな声で話し始めた。「学校で読み書き計算が出来るようになった子たちを連れてきてほしいって事なので、迎えに来ました。」
リベットの言葉に、農園の人々はどよめいた。まさか、あの魔族の軍勢が、勉強ができる者を迎えに来たとは、誰も予想していなかっただろう。この異様な光景と、リベットの言葉とのギャップが、一層彼らを混乱させた。
「はいはーい」
そんな中、元気よく手を挙げたのは、リベットと同じ猫族の、利発そうな女の子だった。彼女の名前は、ミーア。その大きな瞳は、好奇心とやる気に満ち溢れていた。
「私、出来るようになったよ!」ミーアは、自信満々に言った。
「僕も、僕も出来るよ!」
ミーアにつられるように、他の子供たちも、我先にと手を挙げ始めた。農園で働く子供たちは、遊びの延長線で、読み書きや計算を学んでいた。そう農園の学校は開放的でまさにリビングプロセスシステム(生き生きと生きることを学ぶ場でもあるのだ)。
子供たちの勢いに刺激され、大人たちも、徐々に手を挙げ始めた。農園を支える大人たちは、最初は読み書き計算なんてと、これまで勉強と無縁だったために、敬遠するものも多かったが、子供たちが学校に通ううちに楽しそうに毎日帰ってくるのを見て、触発され、学び始めた者も多かった。文字を覚えたり、書くことが出来たり、計算が出来るようになったり、やってみると面白く、凄く自分が賢くなったような気がした。なにせ、そんなことが出来るのは貴族様だけなのだから。
農園の人々は、先程までの恐怖と混乱を忘れ、目の前に広がる新たな可能性に、心を躍らせていた。
「では、こちらにお乗りください」
リベットは、皆に向かって、王城のメイドのような態度で冗談めかして言った。その表情は、まるで子供のように無邪気ないたずらっ子顔をしていた。
「ええ、魔族の背中に乗るの!?」
オオカミ族の男の子が、驚きを隠せない様子で言った。彼は、魔族の巨体を見上げ、その背中に乗るという行為に、一抹の不安を感じていた。魔族の背に乗るなど、想像もしていなかったのだ。
しかし、そんな不安をよそに、一人の少女が、まるで飛ぶようにして魔族の背中に飛び乗った。それは、もちろんミーアだった。
「私のりたーい!」
ミーアは、その小さな体を目一杯に使って、魔族の背中に飛び乗った。その姿は、まるでリスが木に飛びつくかのようで、その勢いに、周囲の人々は驚きの声を上げた。
「さすがね、ミーア」
リベットは、ミーアの行動に驚きつつ微笑んだ。彼女の瞳には、ミーアの勇気を讃える色が宿っていた。
「お嬢に負けてらんないもん!」
ミーアは、リベットに向かって、得意げな表情で言った。その言葉に、リベットは笑みを深め、その場が和やかな空気に包まれた。
ミーアの行動に刺激され、他の者たちも、恐る恐る魔族の背中に乗り始めた。最初は、誰もが戸惑い、不安げな表情を浮かべていた。しかし、ミーアが率先して行動したことで、彼らも、少しずつ勇気を出し始めた。
子供たちは、好奇心と興奮で目を輝かせながら、魔族の背中にまたがった。大人たちは、最初は不安そうな表情をしていたものの、子供たちの笑顔に勇気をもらい、覚悟を決めて魔族の背中に乗った。
「みんな準備は良い?」
リベットは、魔族の背に乗った人々に向かって、改めて問いかけた。彼女の声は、先程までの明るさの中に、少しばかりの真剣さを帯びていた。
選ばれた者たちは、それぞれに緊張した表情で、ゆっくりと頷いた。彼らは、今まさに、見知らぬ場所へと旅立とうとしている。不安がないと言えば嘘になるだろう。しかし、その表情には、未知への好奇心と、新たな経験への期待も、確かに宿っていた。
リベットは、ゆっくりと視線を農園に残る者たちに向けた。その瞳には、感謝と信頼の色が込められていた。
「坊ちゃんはもう少し仕事があるから、まだ帰れないけど、みな農園をお願いします。」リベットは、落ち着いた声で言った。「私たちも仕事が片付いたら、すぐに帰りますので」
リベットは、魔族の背から身を乗り出し挨拶をした。
「お嬢、農園の事は俺らに任せて行ってきな」
レオは、力こぶしを作り、リベットに向かって力強く言った。
レオの言葉に、農園に残る者たちも、力強く頷いた。
リベットは、農園の仲間たちの言葉に、満足そうに微笑んだ。その表情は、先程までの緊張感から解放され、穏やかな安堵に満ち溢れていた。
リベットが、まるで合図を送るかのように、さっと手を挙げると、魔族たちは、その巨大な体を一斉に動かし始めた。彼らの漆黒の羽根は、しなやかに、そして力強く羽ばたき、その巨体は、ゆっくりと、しかし確実に、地上から離れていった。
魔族の背に乗り、空へと舞い上がる、農園の民たちからは、様々な声が上がった。
「うおーすげー!」
オオカミ族の男の子は、興奮した声を上げた。彼は、初めて体験する空の旅に、目を輝かせていた。
「高い高い!」
猫族のミーアは、楽しそうな声を上げ、大はしゃぎしていた。
「怖いよー」
中には、恐怖に声を震わせる者もいた。彼らは、地上から遠く離れていく感覚に、不安を隠せずにいた。しかし、それでも、彼らは、自分たちが今、特別な場所にいることを感じていた。
ミストベールの農園は、彼らが空へと昇っていくにつれて、みるみる小さくなっていった。それは、まるで、おもちゃの箱庭のように、あっという間に、はるか下へと小さくなり、やがて、点のようにしか見えなくなった。
魔族たちは、農園の人々を乗せ、黒い影のように、悠然と空を舞った。彼らは、その翼を力強く羽ばたかせ、風を切る音だけが、静かに響き渡った。




