魔族襲来!
ミストベールの農園の上空に、突如として異様な光景が出現したのは、本当に、つい、今しがたのことだった。黒い飛翔軍勢が、空に出現したのだ。農園を預かる獣人、ドワーフ、人族たちは、その異様な光景に息を呑み、反射的に戦闘態勢を取った。畑仕事の手を止め、武器を握りしめる者、魔法の詠唱を始める者。それぞれが、迫りくる未知の脅威に備えた。
鳥人族の娘、フィリアは、その鋭い眼光で空を凝視していた。獲物を狙う猛禽さながらの視線は、黒い影の一つ一つを捉えようとしている。彼女の表情が、緊張で引き締まっていく。
「あっ!」
突然、フィリアは声を上げた。その声は、小さな悲鳴のようにも聞こえた。
「どうした!あれはいったいなんだ!」
獣人族の屈強な戦士、レオが、焦燥を滲ませた声でフィリアに問いかけた。レオは、大剣を構えながら、空を見上げている。その表情は、明らかに困惑の色を帯びていた。
「ま、ま、魔族です……!」
フィリアは、震える声で答えた。その言葉は、まるで氷のように冷たかった。
「なに?」
レオは、思わず間抜けな声を上げた。魔族。それは、かつて恐れられた北の悪魔、忌まわしき存在の名前だった。
「飛んでるのは魔族です!間違いない!」
フィリアは、もう一度、声を大にして叫んだ。その言葉には、確信と、そして、恐怖が込められていた。
「なんじゃと!」
今度は、ドワーフの老戦士、ソーンハンマーが、その太い腕を振り上げ、声を荒げた。その手には、使い込まれた戦槌が握られている。
「魔族だと!?そんな馬鹿な!」
ソーンハンマーの顔には、怒りと動揺が入り混じっていた。かつて、魔族との戦いで、多くの仲間を失ったと先祖から伝わっていた話があった。その記憶が、今、鮮明に蘇っていた。
黒い影は、ゆっくりと、だが着実に、ミストベールの農園に迫りつつあった。農園の静寂は破られ、緊張と不安が、その場を支配していた。
魔族の群が、迫りくる中、ミストベールの農園を守るべく、人間と獣人族の混成部隊が、弓矢を構えていた。緊張が極限まで高まる中、弓の弦がピンと張り詰められ、今にも放たれんとしていた。
その時だった!
「まってーーーーーーー!」
「まちなさーーーーーい!」
不意に、上空の魔族の群れから、けたたましい声が響き渡った。その声は、悲鳴にも似た必死さを帯びていた。
皆が驚き、顔を上げると、一匹の魔族が、まるで黒い矢のように、驚異的なスピードで弓矢部隊に向かってきているのが見えた。その巨体は、一瞬で目の前に迫ってくる。
「まつのよ!」
「撃っちゃだめよ!」
さらに声は続いた。よく見ると、その魔族の巨大な背中に、何かがしがみついているのが見えた。その何かが、必死に叫んでいるようだ。
「あ!」
再び、鳥人族のフィリアが声を上げた。彼女の目は、空にいる魔族の背に乗る人物を捉えていた。その表情には、驚きと、そして少しの安堵が入り混じっていた。
「魔族の背中に乗ってるのは、リベットお嬢です!」
フィリアの叫び声に、周囲の者たちは驚いた。まさか、リベット嬢が魔族の背に乗っているとは、誰一人として想像だにしていなかった。
その場にいた全員が、驚愕と混乱の色を隠せない。弓を構えた腕は、今まさに放たれる寸前で、完全に静止していた。
魔族は、農園の住人たちが固唾を呑んで見守る中、その只中に、まるで舞い降りるかのように優雅に着地した。着地の衝撃は微塵もなく、音もなく、その巨体は静かに、しかし確実に地面を踏みしめた。黒い翼は、まるで美しい折り紙のように、滑らかに折りたたまれ、その姿は、威圧感だけでなく、どこか神々しささえ感じさせた。
魔族の背から、リベットが丁寧に降ろされると、彼女は少しだけ乱れた髪を払い、その顔にはいつもの柔らかな笑顔が浮かんでいた。
「お、お嬢……」
レオが、戸惑いを隠せない様子で、リベットに声をかけた。彼は、リベットがまさかこのような形で現れるとは、想像すらしていなかっただろう。
リベットは、レオの顔を見ると、にっこりと微笑んだ。
「みな、ごめんね。驚かせてしまって」
リベットが申し訳なさそうに言うと、農園の住人たちは、彼女が無事だったことに安堵し、胸をなでおろした。先程までの張り詰めた緊張感は、わずかに和らいだ。
魔族の軍勢は、依然として空中でホバリングを続けていた。彼らは、主であるリベットが地上に降りた後も、静かに、しかし確実に、農園の様子を見守っていた。
リベットは、空を見上げると、その優しい瞳で魔族たちを見つめた。
「みな、ここへ降りてきてちょうだい」
彼女がそう言うと、魔族の軍勢は、まるで合図があったかのように、次々と地上へ降り立ち始めた。その巨体からは想像できないほど、着地は静かで、彼らは翼を優雅にたたんで、リベットの周囲に整然と並んだ。
農園の住人たちは、目の前で繰り広げられる光景に、ただただ圧倒されていた。恐怖と混乱が入り混じる中、誰もが言葉を失っていた。
「お嬢、これはいったいどういう事で?」
レオは、混乱しながらも、勇気を振り絞って、リベットに問いかけた。
リベットは、レオの問いに、またにっこりと微笑んだ。その笑顔は、どこまでも優しく、そして少しばかり、いたずらっ子のような輝きを帯びていた。
「坊ちゃんのお使いで来たのよ」
リベットは、言った。
「魔族を連れて???」
住人たちの頭は混乱を極めた。




