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生き残った者たち

姿かたちから判断するに、それは女型の魔族だろう。細身ながらも鍛え上げられた体躯は、しなやかでいて力強い。背中には漆黒の翼が生えており、彼女がそれをブルブルと震わせるたびに、金属と虫が擦れ合うような不気味な音が洞窟内に反響した。


その音に呼応するように、洞窟の奥、そして暗がりに潜んでいた魔族たちが、ゾロゾロと姿を現した。その数、五、六匹といったところか。彼らはみな、槍のようなものを構えている。だが、それはどうにも奇妙な武器だった。槍全体から黒い液体がポタポタと滴り落ち、地面をじわじわと侵食していく。


ハナスたちは、互いに頷き合い、いつでも戦闘に移れるよう、それぞれの武器を構え直した。



そして、女型の魔族は威嚇するように、喉の奥から絞り出すような低い唸り声を上げた。その唸りは、洞窟の壁に反響し、一層不気味さを増幅させる。


……。


しばらくの間、ハナスたちは魔族たちと睨み合った。張り詰めた空気が、洞窟内に重くのしかかる。だが、どうしたことだろうか。一向に、魔族たちは攻めてこようとしない。奴らの異様な武器が、ただ黒い液体を滴らせているだけであった。


不意に、均衡が破られた。その瞬間、まるで時が止まったかのように、ルシウスが動いたように見えた。


残像が消えるか消えないかの刹那。ハナスの目が捉えたのは、女型の魔族の喉元に、ルシウスの剣が突きつけられている光景だった。


あまりの速さに、何が起こったのか理解が追いつかない。剣先が皮膚に触れたのか?女型の魔族は驚愕したように目を見開き、ドサリと尻もちをついた。



しかしその時、


「待ってくれ。我々には、戦う意思はない」


あわてた様子で、他の魔族の後ろから老婆だろう魔族が現れた。


「いや、戦う意思というより、ここは魔素も薄くて、我らにはもう戦う力がないんじゃ、後生だ。見逃してくれ」


老婆の声は、どこか悲しげな響きを含んでいた。その言葉に、ルシウスはわずかに眉をひそめた。


「貴様は魔族だろう。なぜ、こんな場所にいる?」


ルシウスは剣を構えたまま、問いかけた。その声には、疑念と警戒が込められていた。


「我々は、北の大地から逃げてきた者たちだ」


老婆は、震える声で答えた。その言葉に、一行はわずかに動揺した。


「北の大地…? まさか、勇者と関係があるのか?」


セルフィーヌが、やや興奮した口調で質問した。彼女の言葉には、好奇心と、少しの警戒心が混ざっていた。


「勇者…。 ああ、あいつだ。あの男が静かに暮らしていた我々の仲間を次々に殺していったのだ。」


老婆は、悲しげな表情で涙を流した。その言葉に、一行の警戒心は少しだけ和らいだ。


「この洞窟は、我々がひっそりと暮らす場所だ。どうか、邪魔をしないで欲しい。それに魔素が足りない、放っておいても我々はそのうち死ぬだろうよ」


老婆の言葉に、ルシウスは剣をわずかに下げた。彼は、魔族の言葉を疑いながらも、その悲しげな表情に、嘘はないと感じた。


「本当に、戦う意思はないのか?」


ルシウスは、改めて問いかけた。


「ああ、誓ってもいい。我々は、もう、誰とも戦いたくない」


魔族の言葉に、ルシウスは剣を鞘に収めた。


「分かった。だが、もし嘘をついているのなら、容赦はしない」


ルシウスの言葉に、老婆は静かに頷いた。


そして、女型の魔族に近寄ると、老婆は彼女を抱きしめた。


「ああ、良かったシルルよ、ああ良かった」


老婆はそう言って、彼女を抱きしめながら泣いた。





ハナスたちが魔族狩りではないと誤解が解けると、魔族たちの態度は一変した。先程までの敵意はどこへやら、彼らはむしろ、ハナスたち一行を自分たちの住処へと招き入れた。


洞窟の奥へと進むと、そこは、申し訳程度に枯れ草が敷き詰められただけの、簡素な空間だった。仕切りも何もなく、ただ広々とした空間に、それぞれの寝床らしき場所があるだけだ。


その場所へ着くとユリ王女が老婆をじっと見つめ、凛とした口調で言った。「私は、ここサイノッテ王国の王女よ。私にはサイノッテの市民を守る義務がある。だから、あなたたちの事情を、詳しく話してちょうだい」


ユリ王女の言葉を受けて、老婆の魔族が、静かに語り始めた。


「魔王様が姿を消されてから1000年余り。我々は以前よりもずっと弱くなってしまった。だから、もともと魔力が集まる場所であった魔横領の近くで、ひっそりと静かに暮らしていたんじゃ」


「北の大地には、魔王領の近くに、昔は同盟を組んでいたブラッドノース帝国があってな。」老婆は、遠い昔を思い出すように、ゆっくりと語り始めた。


「あそこは、バンパイアの土地じゃ。奴らは、年月を重ねるごとに栄え、近代化していった。そして、ある時から我らの土地を奪おうと企むようになった。しかし、魔王様が居なくなったとて、魔素の強い土地では、我らはブラッドノースの民に抵抗することができた。」


老婆はそこで言葉を切り、また、静かに涙を流した。その表情は、深い悲しみに沈んでいた。


バンパイアと魔族の戦いかあ、ハナスはゴクリとつばを飲み込んだ。


「しかし……」老婆は、震える声で続けた。


「何処で手に入れたのか、ブラッドノースの連中は、勇者召喚の方法を使った。そして、召喚された勇者は、やがて我らの土地の民を皆殺しにせんと、襲い掛かってきた。」


「生き残ったものは、命からがら逃げ延びて、この地に辿り着いた。だが、ここでもう飛べなくなった。魔素が少なく、魔力が枯渇してしまった。そして、この洞窟で、ただ死を待つばかりの境遇に陥っておる。」


老婆は、悲しげにそう語った。その言葉は、まるで重い鎖のように、ハナスたちの心に深く突き刺さった。



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