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考えても分からないこと

ハナスは腕を組み、顎に手を当てて考え込んだ。ここからが本番だ、と彼は心の中で呟いた。


皆が寝静まった真夜中ーー


サイノッテの王城の中に隙間風が吹き込み、それが亡霊が嘶いているようにきこえる。


前世の国、日本。いや、世界そのものが嫌いだった。どれだけ国が豊かになろうと、どれだけ世界に物が満ち溢れようと、貧困は決してなくならなかった。それどころか、便利なものが増えるほど、貧富の差は広がる一方だった。まるで、底なし沼のように。


権力者たちは、まるでそれが当然であるかのように、その歪んだ世界を維持しようと躍起になっていた。そして、多くの人々は、まるで操り人形のように、その世界に従っていた。ハナスは、その光景を見るたびに、言いようのない怒りと絶望を感じていた。


なぜ、当時の神里龍は怒りや絶望を感じていたのか?

地球という惑星の貧困問題、格差問題、温暖化問題など、多くの問題はある時点から人為的に作り出され、人為的に継続されてきた問題だったからだ。


自分の地位や財産を守るために、人々を踏み台にして貧困に貶める。地位や権力のないいわゆる庶民と呼ばれる人々の人権を軽んずる。



あるいは龍は、そんな大きなものよりももっと身近なことに腹を立てていたのか?


増えて行く一方の消費税は、福祉財源のために必要だと言われながら、まったく良くならないどころか、低下してゆく福祉サービス。


膨れ上がる国の 嘘 嘘 嘘。

気づかない洗脳済みの国民。


ため息が出た。



「ミストベールはうまくいっている。まだ始まったばかりだ。……」


ハナスは、そう呟くと、静かに目を閉じた。


今、彼は異世界にいる。この世界は、前世の世界とはだいぶ違う。しかし、ここにもまた、貧困や格差が沢山、存在している。


「この世界で俺はどこまで出来るだろうか……でもあの頃の何もできない環境ではない。それどころか何の偶然かヴェルディア王やユリ王女とも顔見知りになることが出来た。これは前世で言えば、諸外国の大国の大統領に意見が言えるほど近しい関係になれたということだ。それだけで凄いことだ。」


ハナスは、再び目を開けると、遠くの空を見つめた。今度は、ただ傍観するのではなく、この世界を変えるために、自分にできることをしたい。そのために、彼はまず、無条件通貨分配制度をミストベールで実行した。


それは農園で皆で作ったハナスオイルによる財力が、財源になった。


しかし、ヴェルディア通貨は違う。国はお金を作り出すことが出来る。通貨発行を行うことが出来る。だからもっとミストベールよりも容易に無条件通貨分配制度(ベーシックインカム)は実現するだろう。だがもっとその先にある未来をハナスは見ている。



前世ではもちろん、おとぎ話の中でさえ見たことのない世界。




お金のいらない世界!



全て誰かの所有という概念から切り離され、リビングプロセス(すべての人々が生き生きと人生を送れる)システム



その世界に、たどり着けないかもしれない。でもやってみたい。挑戦してみたい。



前世で、惨めな生活を、人生を余儀なくされたハナスだからこそ、そういう思いは強くあった。



権力者になるなら、権力を持てるなら、権力を動かせるなら、誰も見たことのない、神さえも想像しなかった世界を作ってみたい。


そのために必要なものはなんだ?

便利なものをワザと作らないことも重要だった。


例えば、車などの早く移動できるものが、世界をよくするとは限らない。交通事故が増えるのはもちろんの事、それは容易に兵器にす姿を変えるだろう。


電気で動くものを作れば、やがて電力の利権争いが始まるかもしれない。


電力を牛耳るものが現れれば、電力がないと生活できない世界が出来上がれば、その料金を支払うことでまた苦しみが生まれるかもしれない。


ハナスの頭はグルグルとまわった。考えても分からないことが多すぎた。





リベットは、ゴソゴソという物音に眉をひそめた。眠りから覚めたばかりの目はまだぼんやりとしていて、猫耳がぴくりと動く。寝ぼけ眼をこすりながら、彼女はベッドからゆっくりと身を起こした。


「坊ちゃん……? 何か物音がすると思ったら……こんな夜中に、一体何をなさっているんですか?」


リベットの声はまだ眠気をたっぷり含んでいて、柔らかい。パジャマ姿の彼女は、寝室の隅でなにやら作業をしているハナスに近づいた。


「ああ、リベットか。起こしてしまったかな」


ハナスは振り返り、優しい笑みを浮かべた。彼のまわりには、ロープやライト、地図などが散らばっていて、どうやら何かの準備をしているようだ。


「少し考え事をしていたんだ。それで、ちょっとだけ準備をね」


「考え事、ですか? こんな時間に?」


リベットは首をかしげた。ハナスの言葉から、彼の頭の中には何か重要な事柄が渦巻いているらしいと察した。


「ああ、洞窟調査のことだ。明日の準備をしていたら、色々と思い浮かんでしまってな」


ハナスは、手に持っていたコンパスを丁寧に磨きながら言った。彼の言葉に、リベットの目は大きく見開かれた。


「洞窟調査…! そうでした、明日からでしたね。」


リベットは、慌てて自分の頭を叩いた。ハナスの旅の準備は、彼女にとっても大切なことだ。彼が安全に調査を終え、無事に帰ってくることが、彼女の最大の願いだった。


「ごめんなさい、坊ちゃん。私ったら、すっかり眠気に負けていました」


「気にするな。リベットはゆっくり休んでくれ。それに、準備はまだ終わっていないし、まだ少し時間はある」


ハナスは、リベットの猫耳を優しく撫でた。彼の温かい眼差しは、リベットの心を穏やかに満たした。


「それよりも、リベットは眠れないのか? 何かあったか?」


ハナスの問いに、リベットは首を振った。


「いえ、眠くないわけではありません。ただ……坊ちゃんが一人で考え事をしていると思うと、なんだか心配で……」


彼女は少し恥ずかしそうに頬を染めた。ハナスのことを心配する気持ちが、彼女の眠気を吹き飛ばしてしまったのだ。


「ふふ、ありがとう。でも、大丈夫だよ。」


ハナスはそう言って、リベットに微笑みかけた。彼の言葉は、リベットの心を温かく照らし、不安を溶かしていく。


「明日は私も行きますからね!」


「えっ、匂いで涙が出ると言ってたじゃないか」


「それでもです! いつでも、どこへでも、坊ちゃんのお供をさせていただきます!」


リベットは、胸を張って答えた。眠気はどこへやら、彼女の瞳は希望に満ちて輝いていた。ハナスは、そんなリベットの姿を見て、心の中でそっと微笑んだ。


「ありがとう。では、少しだけ付き合ってくれるかな?」


ハナスの言葉に、リベットは力強く頷いた。二人は、静かな夜の中で、明日への準備を始めた。洞窟調査を前に、少しだけ特別な時間が、ゆっくりと過ぎていった。






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