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怪しい匂い

「あら、ハナス君、視察に出かけるの?」


王宮の一室、豪華な装飾が施された空間で、ユリ王女が柔らかな笑みを浮かべた。彼女の透き通るような瞳が、ハナスを優しく見つめている。


「はい、まあ。市場調査ってやつですね」


ハナスは少し照れくさそうに答えた。隣に立つリベットは、微笑ましくハナスを見ている、その瞳の奥には好奇心が覗いている。


「このサイノッテ国の、庶民の暮らしを直に見てみたいんですよ」


ハナスは、今回の視察の目的を言葉にした。


勇者がいなくなった。とりあえずは安心だ。サイノッテ王国はどうなのだろう?たまにはお忍びで視察したり、庶民の斥候に聞いて はいるが、王女という立場では見えない、人々の生の声を聞いておきたかった。


ユリ王女は、ハナスの言葉に深く頷いた。


「それは素晴らしいわ。この国がこれからどう進むべきか、私も知りたいと思っていたところよ。何か面白いものを見つけたら、ぜひ教えてね」


「はい、お任せください」


ハナスは笑顔で答えた。リベットも小さく頷く。


王宮を出ると、目の前には活気に満ちたサイノッテの街並みが広がっていた。石畳の道には露店が並び、人々が行き交う喧騒が心地よい。ハナスは、以前ミストベールの近くの村や町を訪れた経験を持つが、サイノッテの街にはどこか特別な温かさを感じていた。


「まずは市場から見て回ろうか」


ハナスの提案に、リベットも同意した。二人は、人混みをかき分けながら、市場へと足を踏み入れた。


市場には、色とりどりの野菜や果物、新鮮な魚介類、そして様々な香辛料が並んでいる。商人たちは大きな声で客を呼び込み、活気にあふれていた。


「坊ちゃんいい服着てるね?貴族様かい?このリーゴは今日採れたばかりだ!甘くて美味しいぞ!」


「焼き立てのパンはいかがですか?香ばしいですよ!」


ハナスは、果物を手に取ったり、リベットは職人の手によって作られた細工物に見入ったりしていた。その様子は、まるで小さな子供のように無邪気だった。


「ここ、活気があっていいね」


ハナスは、顔をほころばせた。


「ええ、見ていて飽きないですね坊ちゃん」


リベットも柔らかい表情を見せた。


市場を一通り見た後、二人は街の路地へと足を運んだ。そこには、市場の賑やかさとはまた違う、落ち着いた雰囲気があった。石造りの建物が並び、窓辺には可愛らしい花が飾られている。子供たちが無邪気に遊ぶ姿や、井戸端会議に花を咲かせる人々もいる。


「こっちは、また違う雰囲気だね」


ハナスは、街の風景をゆっくりと見渡した。


「ええ、人々が穏やかに暮らしているわ」


リベットは、その光景を静かに観察していた。


しばらく歩いていると、ハナスのお腹がグーっと鳴った。


「お腹空いたな。どこかでご飯にしようか」


「そうね。この辺りで評判の良い食堂を探しましょう」


二人は、街の人に尋ねて、評判の良い食堂へと向かった。店の中は地元の人々で賑わっており、香ばしい匂いが食欲をそそる。


「いらっしゃいませ!今日は、この煮込み料理がおすすめです!」


店員の言葉に、ハナスは迷わず煮込み料理を注文した。リベットはパンとスープを選んだ。料理が運ばれてくると、二人はその美味しさに舌鼓を打った。


「この煮込み、すごく美味しい!」


「ええ、パンもスープも、優しい味がしますね」


食事を終えた二人は、再び街へと繰り出した。日が傾き始め、街全体が夕日に照らされ、昼間とはまた違う表情を見せていた。


「今日は、色々見れて楽しかったね」


ハナスは、満足げに言った。


「ええ、この街の人々の暮らしが少しわかった気がします」


リベットも、感情を込めて頷いた。


「そろそろ王宮に戻って、ユリ王女に今日のことを報告しようか」


ハナスの提案に、リベットも同意しようとしたその時だった。


「坊ちゃま、なんだか微かに変な匂いがします!」


リベットが、鼻をひくひくさせながら言った。その言葉に、ハナスはリベットを見た。


「どんな匂いだ?」


ハナスが問うと、リベットは少し考え込むように首を傾げた。


「うーん、なんか嗅いだことのない匂いですが、けっこう臭いです。生臭いような、でも違うような……」


リベットの言葉に、ハナスは少しばかり好奇心を刺激された。


「その場所に行くことは出来るか?」


ハナスの問いに、リベットは目を輝かせて頷いた。


「はい、たぶん。匂いの強さからして、そんなに遠くないはずです。」


「そうか。ならば、匂いの原因を確かめに行ってみよう」


リベットは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、ハナスの側を歩き出した。猫耳が楽しげに揺れている。ハナスもまた少しばかり気分が高揚していた。


一時間ばかり歩いただろうか。サイノッテの中心街を抜け、森の中を歩いていると、だんだんとハナスにもその匂いがわかるようになってきた。


「リベットの鼻はすごいなあ。こんな遠くの匂いに気づくなんて」


ハナスが感心したように言うと、リベットはエッヘンと胸を張って偉ぶった素振りをした。猫耳がぴくりと動く。


「けど、音や匂いにも敏感な体質って、困ることもあるんじゃないか?」


ハナスが問いかけると、リベットは少しだけ表情を曇らせた。


「それはありますよ。聞きたくない嫌な音で夜中に目を覚ますこともありますから。それに、苦手な匂いだと、気分が悪くなったりも……」


少しばかりしょんぼりとしたリベットの言葉に、ハナスはなるほどと頷いた。優れた能力には、それなりの代償があるものなのだ。


「そうか。大変だな」


ハナスが言うと、リベットはすぐにいつもの元気な笑顔に戻った。


「でも、坊ちゃまの役に立てるなら、全然平気です!」


そんな他愛もない話をしながら、二人は森の中をさらに進んでいった。木漏れ日がキラキラと二人を照らし、鳥のさえずりが心地よく響く。しかし、森の奥へと進むにつれ、あの独特な匂いもまた、徐々に強くなってきていた。


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