消えた厄介事
空を焦がすような陽光を背に、一匹のワイバーンが悠然と舞っていた。その背には、竜騎士の鎧を身に纏った男が、鋭い眼光で地上を睥睨している。竜騎士と呼ばれる者の一人だ。目的はただ一つ、勇者レツヤ・サメジマを捜し出すこと。
竜騎士は、上空からひたすら勇者の足取りを追っていた。しかし、まるで雲を掴むように、その姿はどこにも見当たらない。焦燥感と不安が胸を締め付ける中、ふと、彼の視界に一つの人影が飛び込んできた。
それは、巨大な軍勢を率いて行進するリュカン王だった。遠目にもわかる重厚な鎧、そして王旗の紋章。まさしく、サイノッテ王国を目指しているのだろう。竜騎士は、その光景を見て、ハッとした。勇者が姿を消したこと、リュカン王はまだ知らないでいるのだ。
竜騎士は、迷うことなくワイバーンを急降下させた。風を切る音、そしてワイバーンの咆哮が轟く中、彼はリュカン王の目前に着地した。着地の衝撃で砂煙が舞い上がり、周囲の兵士たちが不快な顔色を露わにする。
「リュカン王!大変です!」
竜騎士は、砂煙が晴れるや否や、声を張り上げた。鎧の軋む音も気にせず、彼は息を切らしながら言葉を続ける。
「勇者が……勇者レツヤ・サメジマが、忽然と姿を消しました!」
その言葉は、まるで雷のように、リュカン王の耳に響いた。彼の表情は、一瞬にして凍り付いた。
「なんだと…?」
リュカン王の声は、低く、重い。それは、怒りというよりも、むしろ困惑の色を帯びていた。
砂塵が舞い、静寂が支配する。リュカン王は、険しい表情のまま、竜騎士を見つめた。そして、ゆっくりと、だが確かな決意を込めて、こう言った。
「わかった。まずは、事態を把握する必要がある。竜騎士よ、詳しい話を聞かせてもらおう」
リュカン王の言葉に竜騎士は頷いた。
「獣人の村が勇者に襲われたとの報告があり、サイノッテ王国から、勇者討伐にユリ王女率いる重装騎兵隊、ヴェルディア王率いる紅の騎士団、そしてミストベールの有名どころでは戦の天才ルーベン殿や勇者にも匹敵する強さを持つルシウス殿をはじめ魔法使いなどが、討伐に向いましたが、獣人の村に到着しても勇者は見当りませんでした。獣人たちに訊いても勇者は見ていないといいます」
「文字通り、煙のように消えてしまいました」
「……勇者が、消えた?」
リュカン王は、竜騎士からの報告を聞き終えると、眉間に深い皺を寄せ、唸るように呟いた。その表情は、ただならぬ事態を前にした困惑と、微かな苛立ちを滲ませていた。
「ムムム…」
小さな唸り声は、リュカン王が深く思考を巡らせている時の癖だった。彼は、しばし黙り込み、その重々しい沈黙が、周囲の空気を張り詰める。
「アルネルト、どう思う?」
リュカン王は、傍らに控える執事アルネルトに問いかけた。その声は、普段の威厳あるものとは異なり、どこか戸惑いを帯びていた。
アルネルトは、リュカン王の問いに、落ち着いた声で答えた。
「陛下、確かに不可解な状況ではございます。しかし、この際、厄介事が一旦どこかへ消えてくれたとお思いになってはいかがでしょうか。」
アルネルトは、常に冷静で、いかなる状況においても動揺を見せない男だ。(嘘だけど)その言葉は、リュカン王の焦りを鎮め、冷静な判断を促す。
リュカン王は、アルネルトの言葉を咀嚼するように、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと頷いた。
「……そうか。厄介事が、消えたか。」
リュカン王は、そう呟くと、馬上で腕を組み、再び空を見上げた。その表情は、先程までの困惑から、何かを悟ったかのような、微かな安堵の色を帯びているようにも見えた。
「ムムム…」
リュカン王は、もう一度、小さな唸り声を上げた。それは、先程とは異なり、どこか思案しているような、含みのあるものだった。
空を見上げるリュカン王の眼差しは、その先の何かを見据えているようにも見えた。勇者が消えたという事実は、確かに不可解だが、リュカン王は、その背後に隠された何かを読み取ろうとしているかのようだった。
「……アルネルト。引き続き、勇者の行方を追わせつつ、他の不審な動きがないか、警戒を怠るな。」
リュカン王は、静かに、だが力強く命じた。その言葉には、勇者が消えたという事態を、単なる不可解な出来事として片付けない、強い意志が感じられた。
「御意に」
アルネルトは、深々と頭を下げ、リュカン王の命を受けた。その表情は、いつものように冷静だ。




