リュカンの怒り
ソルゼ王国の豪奢な謁見の間。リュカン王と、側近の執事アルネルトは、勇者レツヤ・サメジマとの会見に臨んでいた。緊張感が張り詰める中、アルネルトが口を開いた。
「サメジマ殿、ヴェルディアの紅い兵とサイノッテを叩き潰す日が決まりましたぞ!」
宣言するように告げると、レツヤは鼻で笑うだけだった。
「ふん、そうか」
その態度は尊大で、まるで王族への敬意など欠片も持ち合わせていないようだった。アルネルトは眉をひそめながらも、言葉を続けた。
「今から三日後で、場所はここから馬で一日ほどの所にあるロックエリアでございます」
ロックエリア。巨大な岩々が点在する、戦略的に重要な拠点。そこで決戦を行うことは、既に両国間で合意済みだった。しかし、レツヤの反応は予想外のものだった。
「アハハハハ、お前ら戦争するのに馬鹿正直に場所と日次なんて決めてやるのか?」
レツヤは哄笑した。その言葉に、リュカン王は言葉を失った。戦争に場所や日時を決めるのは、騎士道に基づく当然の行為。それを嘲笑うとは、何事か。
「付き合ってらんねえな」
そう吐き捨てるように言うと、レツヤは磨き上げられた王城の床に唾を吐きかけた。そのあまりにも無礼な行為に、アルネルトは思わず声を上げた。
「何をなさいま!」
アルネルトが言い終わらないうちに、レツヤ・サメジマはアルネルトの首を右手でつかみ、体を軽々と持ち上げた。
次の瞬間、アルネルトは口から泡を吹いて、地面に倒れていた。
レツヤ・サメジマは意に介する様子もなく、挑発的な視線をリュカン王に向けた。空気は、一気に凍りついた。
リュカン王は震えている。
「お前らが軍隊を出すまでもねえ、今から一人で行ってくるわ。サイ何とかって国を潰してくる。褒美をちゃんと用意しとけよ、王様よぉ」
勇者は大きすぎる真っ黒の剣を軽々と持ち上げると、肩に担ぎ、大声で笑いながら、王城を出て行った。
しばらく時がたったーー。
た、た、大変な事になってしまった。
リュカンは腰が抜けたように、磨き抜かれた床を這いながら、だれかー、誰かおらんか、早馬を飛ばせ!サイノッテに、勇者がすでに向かってしまったと伝えるんだ。
アルネルトの頭を震える手で持ち上げる。
起きてくれアルネルトよ........。
起きてくれ........。
勇者に対して、途方もない憎悪がリュカンの中から湧き上がっていた。
沸騰する動揺が、冷水のように引いていく。残ったのは、侮辱されたという屈辱感と、傷つけられたプライド。勇者の傲慢な態度、嘲笑、そして床に吐き捨てられた唾。それらがリュカン王の心を深く抉った。王としての尊厳を踏みにじられたことに、もはや我慢の限界だった。
「勇者という肩書きを笠に着て、余を愚弄するとはいい度胸だ!」
怒気を押し殺した声は、低く、しかし氷のように冷たかった。近くに控えていた兵士に鋭い視線を向け、命じる。
「総攻撃の準備を至急開始せよ!あの育ちの悪い男を追いかけろ!今すぐ、ヴェルディアの紅い兵とサイノッテと共にレツヤ・サメジマをこの世から葬ってやる!」
兵士は驚きながらも、すぐさま命令を実行に移すべく駆け出した。リュカン王の怒りは収まらない。
「さらに、我がソルゼ王国が誇るドラゴン隊も全軍出動させる!あの傲慢な勇者に、我が国の力を見せつけてやる!」
こぶしを握り締め、リュカン王の目は復讐の炎で燃えていた。もはや、当初の計画などどうでもよかった。勇者への怒りだけで王は動き出した。




