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ロックエリア

王城の窓の外、サイノッテの街並みがミニチュアのように広がっていた。春とはいえ高所の冷たい風が頬を撫でている。ハナスは、その景色に視線を固定したまま、微動だにしなかった。


「坊ちゃん、上着を着ないと寒いですよ」


リベットのいつもの声が、ハナスには遠く、霞んだように聞こえた。まるで異世界から届く声のように。彼の意識は、遥か彼方の戦場、リュカン王国と勇者の対峙する場所に飛んでいた。


もし、リュカン王が本当に勇者を討伐する側に回るのなら…。勇者は戦場で、文字通り孤立無援の戦いを強いられることになる。


それはそれで少しかわいそうな気もするが、多くの罪もない命を奪ってきたのなら、それ相応の報いを受けるのは当然のことなのかもしれない。そう、当然のこと…。なのに、なぜだろう。この拭いきれない、胸の奥底の痛みは。同情なのか、憐憫なのか。それとも、もっと別の、名付けることのできない感情なのか。



ハナスは、ゆっくりと瞼を閉じた。思考の波間にもまれながら、ただ一言、呟いた。


「…仕方がない、のか…?」


その声は、あまりにも小さく、窓の外を吹き荒れる風に掻き消されていった。リベットは、ハナスの傍らに寄り添い、静かに彼の肩に上着をかけた。


「もう、ぼうーっとして!」


口ではそんな風に言うが、リベットは分かっている。ただ彼の傍にいることだけが、ずっと自分にできる精一杯の使命だと。




ルシウス、ハナフィサ、ハナス、リベット。家族四人は食卓を囲み、穏やかな昼下がりのひとときを過ごしていた。温かいスープの香り、パンを齧る軽快な音、そして何気ない会話。それは、嵐の前の静けさのように、脆く儚い時間だった。


突然、けたたましいノックと共に部屋の扉が勢いよく開かれた。飛び込んできた伝令係の息は上がり、顔は紅潮している。その慌てようは、只事ではないことを物語っていた。


「勇者討伐の日次が決定しました!」


高らかに宣言された言葉に、四人は動きを止めた。スプーンがスープ皿に当たる音だけが、静まり返った部屋に響く。皆、顔を見合わせ、互いの目に映る緊張を共有した。唾を飲み込む音さえ、大きく聞こえるようだった。


沈黙を破ったのは、ルシウスだった。


「して、場所は?どこに決まったのですか?」


彼の声は、普段の落ち着いたトーンとは異なり、どこか張り詰めた響きを持っていた。


伝令係は深々と一礼し、


「はい、サイノッテ王国とソルゼ王国のちょうど中間地点にございます、ロックエリアと呼ばれる場所で、大きな岩がごろごろと転がる特殊な地域でございます」


と報告した。


ルシウスは腕を組み、顎に手を当てて考え込む。


「なるほど、岩に身を隠しながら戦えると踏んだわけか…」


伝令係はもう一度頭を下げ、


「では、準備が整いましたら、戦略会議を行いますので、お声掛けください。ご案内いたします」


と告げ、部屋を後にした。再び静寂が訪れた食堂には、重苦しい空気が漂っていた。ハナスは窓の外に目を向け、遠くに見える岩山を想像する。その岩陰に潜む勇者、そして、そこで繰り広げられるであろう死闘。想像するだけで、胃の奥が冷たくなるようだった。


家族の誰もが、言葉を発することができなかった。これから始まる戦いが、どれほど過酷なものになるのかを、皆、理解していたからだ。

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