理想の学び舎
王城の一室に足を踏み入れたシルベア。さすがの装飾だった。天井には煌びやかなシャンデリアが輝き、壁には金糸で織られた絢爛な壁掛けが飾られている。床には柔らかな光沢を放つ大理石が敷き詰められ、窓からは王城の庭園が一望できる。まさに王族にふさわしい豪華絢爛な空間だった。
そんな華麗な部屋の中央で、少女とシルベアは向き合っていた。
「見てろよ」シルベアは不敵な笑みを浮かべながら言った。
次の瞬間、驚くべき光景が少女の目の前で繰り広げられた。シルベアの姿が徐々に変化し始めたのだ。幼い少年の姿から、見る見るうちに樹木の精霊の少女へと姿を変えていく。
少女は呆気に取られ、目を丸くしたまま言葉を失った。
「どうだ、驚いたか?」シルベアはケタケタと笑いながら言った。その声は、さっきまでの少年の声とは違い、風のように軽やかで、どこか森の香りを感じさせるものだった。
「あなた...精霊なのね!」少女の目がキラキラと輝き始めた。その瞳には驚きと喜びが混ざり合っていた。
「そうさ、ボクは大精霊シルベア様さ」シルベアは胸を張って得意げに言った。その姿は、まるで森そのものが少女の姿になったかのようだった。
「すごい...」少女は畏敬の念を込めてつぶやいた。「私、ずっと大精霊様に会いたかったの」
シルベアは少女の反応に満足げな表情を浮かべながら、優しく微笑んだ。「へぇ、そうなのか。じゃあ、精霊様のことをもっと知りたいかい?」
少女は大きく頷いた。「うん!聞かせて!」
王城は迷路か!ってくらい広くてさ、しかも構造が無駄に複雑! 廊下を曲がっても曲がっても、似たような景色が続くもんだから、マジで方向感覚ゼロになっちゃうんだよね。そんなわけで、俺――ハナス様(仮名)――は、いろいろ見学してんだが、お姫様、名前はアリュゼらしいは、ずっとついてくるんだ。
アリュゼってば、ふわふわのピンク色のドレス着てて、歩くたびにひらひら揺れて、それと一緒に汚い人形が揺れているから笑える。まあ、口は汚い子だけど、容姿はそれなりで、天使か? 妖精か?! ……って思う。まあ、精霊のボクが言ってもどうかと思うけど。
あ、ちなみに、ボクの本当の姿はシルベアっていう樹木の精霊なんだけど、今は人間の子供、ハナスに化けてる。理由は……まあ、色々あってね。とにかく、今はちっちゃくて可愛い男の子ってことでよろしく!
話を戻すと、ボクとアリュゼは城の中をひたすらウロウロ。アリュゼは何を考えてるのか分かんないけど、楽しそうに色んな部屋を覗いたり、庭の花を眺めたりしてる。って、アリュゼは見慣れてるだろ?
ボクはというと、ひたすらお城に夢中! と言いたいけれど、もうすでに飽きてきた。いつ農園に帰ろうかなって思案中。
すると突然、息を切らした老人が現れた。額には滝のような汗、顔は真っ赤っか。まるで茹でダコみたい。
「アリュゼ様、ハナス様、探しましたぞ!」
ソノマ、王様の老執事だ。執事って言うより、もうお爺ちゃんって感じだけど。一体何を探してたんだか。
「なんだあの爺さん、汗だくで」
思わずクスッと笑っちまった。だって、面白いんだもん。
「シルベア様は、お口が汚いですわよ」
アリュゼがちょっと怒ったように言う。え、なに急に畏ってんの?
「シッ、俺はここではハナスなんだ、ちゃんとハナスと呼べよ」
人差し指を鼻の前に立てて、ニヒルな笑みを浮かべてみる。
アリュゼは分かりました精霊様と言って、小さく頷いた。ふふーん、これでよし!
さて、これからどうするかなあ。
しかし、腹が減ったんだよなあ。
「よーし、これでだいたい形になってきたかな」
ハナスは新しく建てた校舎を見上げながら、額の汗を拭った。まだ荒削りな部分は残っているものの、ミストベールの子供たちが学べる場所としては十分な出来栄えだった。
獣族の子供たち、人間の子供たち、そしてドワーフの子供たち。種族は違えど、みんな同じように輝く瞳を持っている。彼らにちゃんとした教育を与えることができれば、この地域の未来はもっと明るくなるはずだ。少なくとも、農園の大人たちにはそう説明していた。
風が教室を通り抜けていく。
といっても、それは普通の教室ではない。
目を閉じればハナスの脳裏に映し出される理想の学び舎
「ねぇ、今日も芝生で授業だよ!」
クラスメイトのリベットの声が、まるで小鳥のさえずりのように響く。
ここは「フォレスト・アカデミア」
従来の学校の概念を覆す、新しい学びの場所だ。
整然と並んだ机も、威圧的な教壇もない。
代わりにあるのは、柔らかな芝生が広がる屋内庭園。
天井まで届きそうな観葉植物が、まるで森のようにハナスたちを包み込む。
「はい、みんな好きな場所に座ってね」
担任のハナフィサ先生が、いつもの穏やかな笑顔で言う。
ハナスは、お気に入りのスポット―大きなモンステの葉の下に腰を下ろした。
隣には、グループ学習用の低いテーブルが点在している。必要な時だけ使えばいい。
「今日は光合成について学びましょう」
ハナフィサ先生は、実物の植物を指さしながら説明を始める。
教科書の無味乾燥な文字列とは違う。
目の前で揺れる葉っぱを見ながら、自然の営みを直接感じられる。
「わぁ、葉っぱの裏側に小さな気孔が!」
葉の裏を覗きこんでクラスメイトが感嘆の声を上げる。
こんな風に、生徒たちは自然と一体になって学んでいく。
時には、そよ風に髪を撫でられながら。
時には、木漏れ日に温められながら。
普通の学校なら45分で終わるはずの授業も、
ここでは生徒たちの興味と好奇心に合わせて、柔軟に時間が流れていく。
「あのね、私ね」
リベットが嬉しそうに言う。
「この学校に来てから、勉強が楽しくなったの」
ここでは、学びが押し付けられるものではなく、
自然に、呼吸するように身についていく。
そう、おそらくハナスの知識にある古代マヤの学び舎はこんな風だったろう。
知識が生徒たちの心に、そっと、でも確実に染み込んでいくように。
ハナスは空想から我に返る。
「シルベア...大丈夫かな」
つい、溜め息が漏れる。表向きは立派な理由をつけているものの、この学校づくりは彼の心を騒がせる不安から目を逸らすための試みでもあった。
アークスさんが王城に潜入して様子を見てくれているはずだ。ヨルセフ様の腹心として、きっと万全を期してくれているだろう。なのに、まだ一報も入っていない。
「まあ、あいつのことだから...」
思わず苦笑いがこぼれる。シルベアのわがままぶりは道中でも健在だったという報告は耳に入っている。あの調子なら、王様の前でも堂々と振る舞っているに違いない。
それでも、やっぱり心配だ。見たことのない王様がどんな人物なのか。シルベアの身に何かあったらと考えると、胸が締め付けられる。
「せめて、無事だって知らせだけでも...」
夕暮れの空を見上げながら、ハナスは小さく祈りを捧げた。建設の音が響く校舎の影で、ハナスの心は親友への想いで揺れ続けていた。




