お姫様は精霊がお好き?
シルベアは、怒り狂う王を前に、まるで退屈そうに大きなため息をついた。
「はぁ......なあ、王さんよぉ」
その声音には、年端もいかない少年 のものとは思えない古さと重みがあった。広間の空気が一瞬で変わる。
「あんたが何で俺の増幅の力を必要としてるか、だいたい察しがつくぜ」
シルベアの言葉に、王の怒りに染まった顔が強張った。その反応を見て取ったシルベアは、くすりと笑う。
「あんたあれだろ?」
シルベアは堂々と広間を歩き始めた。小さな足音が、重厚な空気の中で不思議な存在感を放っている。
「俺の力を使って、まだ統治していない周辺国に戦争でも仕掛ける気だろ?」
その言葉に、広間全体がざわめいた。警備の騎士たちが思わず顔を見合わせる。ソノマは青ざめた顔で、その場に立ち尽くしていた。
シルベアは優雅に回転しながら、巨大なシャンデリアを見上げた。その仕草は、まるでパーティーのダンスフロアで踊るかのようだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどな」
シルベアの声が響く。その瞬間、広間の温度が数度下がったように感じた者も多かったという。
「だがな」シルベアは歩みを止め、王をじっと見据えた。「言っとくぞ」
その目には、千年の月日を見てきたような深い光が宿っていた。
「俺の力が欲しけりゃあ、俺の前ではおとなしくしてろ」
威圧的な空気が広間を支配する。玉座に座る王でさえ、思わず体が強張るのを感じていた。
「ふん、ここは面白くねえな」
そう言い残すと、シルベアは踵を返した。警備の騎士たちが慌てて制止しようとするが、彼らの体は.......足元を見ると石の床から生えた緑の蔦が絡まっていた。振りほどこうにも蔦は頑丈で解けないし、剣を使っても容易には切れなかった。
誰も、シルベアを止めることができなかった。
重厚な扉が開き、閉じる。
シルベアの後ろ姿が消えた後も、広間の人々はしばらくの間、動くことができなかった。
ソノマは震える声で呟いた。
「あれは......本当に子供なのでしょうか......」
その問いに、王が考え込む。
「召喚者か?」
「その可能性もあると思います」ソノマが言うと。
王は頷いた。
「中身が大人であれば、納得できるな」
ただ、皆が確信していた。
彼らは今、とてつもない存在と対峙してしまったようだと——。
王は玉座に深く沈み込んだまま、長い間、動かなかった。
「勇者の可能性もあるな、丁重にもてなせ、我が国の力となってもらうのだ」
シルベアは、王城の広大な廊下をぶらぶらと散策していた。壁に飾られた肖像画を眺めながら歩いていると、突如として右手から奇妙な音が聞こえてきた。
「ゴソゴソ...ズルズル...」
音の正体は、汚れた人形を引きずりながら歩く少女だった。彼女の姿は、まるで童話から抜け出してきたお姫様のようだった。キラキラと輝く宝石をあしらったティアラに、ふわふわとしたレースのドレス。しかし、その完璧な姿に似合わないのが、彼女が引きずる汚れた人形だった。
二人はばったりと鉢合わせした。
少女は顔をしかめ、まるで噛みつきそうな勢いで叫んだ。
「あんた誰よ!」
シルベアは、ハナスの姿のまま平然と答えた。
「俺はハナスだ!お前こそ誰だ」
「誰がお前よ!」少女は声を張り上げた。
「だから、ハナスだって言ってるだろ!耳に蜘蛛の巣でもはってんのか?」
「なによ、その言い方!あたしが誰だか知らないの?」
「知らねーよ。お姫様ごっこでもしてんのか?」
「ごっこじゃないわよ!あたしは本物のお姫様なの!」
「へぇ〜、本物のお姫様が汚い人形引きずってんの?笑わせるなよ」
「これは...これは...」少女は言葉に詰まった。
「なんだよ、猫に舌でも取られたか?」
「うるさい!あんたこそ、その髪型はなに?鳥の巣?」
「おい、おい、これでも朝からちゃんと整えてんだぞ!」
言い合いは、続いていった。二人とも負けじと言葉を投げかけ合う。王城の廊下に、奇妙な二人の声が響き渡る。
王城の廊下で言い争う二人の姿は、まるで猫と犬のようだった。
「だから言ってるでしょ!バカはあんたよ」
「へぇー、そうなのかい?」
シルベアが意地悪く笑うと、少女は頬を膨らませる。その瞬間、彼女のポケットからポトリと一枚の紙が零れ落ちた。
「あ」
「んー?なんだこれ?」
シルベアはすかさず紙を拾い上げ、くるりと少女の目の前で広げてみせた。折り目がついた紙の上には、繊細な線で描かれた精霊の絵が描かれている。
「へえ......」シルベアは首を傾げた。「なんだ、下級精霊だなこれ?」
その言葉を聞いた瞬間、少女の目が燃えるように輝いた。
「な、なによ!私の精霊様を馬鹿にしないでよ!」
突然、シルベアめがけて小さな拳が飛んでくる。しかし、シルベアは軽やかにステップを踏んで避けた。
「おっと、危ないなー」
「もう!じっとしてなさいよ!」
少女の怒りの突進を、シルベアは余裕の表情で交わしていく。その姿は、まるでダンスを踊っているかのようだった。
「ねえ」クルッと回り込んだシルベアが尋ねる。「お前、精霊が好きなのか?」
「ど、どうでもいいでしょ!」少女は息を切らしながら答えた。「あんたには関係ないわ!」
その言葉を聞いて、シルベアの目が不思議な光を帯びた。
「よし、分かった」
「え?」
少女が首を傾げる間もなく、シルベアは彼女の手首を掴んでいた。
「ちょ、ちょっと!何するの!?」
「いいから、いいから」
シルベアは愉快そうに笑いながら、すぐ近くの部屋の扉を開けた。
「何するのよ......」
「まあまあ」
抗議の言葉を遮るように、シルベアは少女を部屋の中へと引き込んでいった。扉が閉まる直前、廊下に少女の「きゃっ」という声が響いた。
そして扉が完全に閉まると、王城の廊下には再び静寂が戻った。




