身代わり⁉それとも見学⁉
陽射しが強くなってきた午下がり、母屋の窓からハナスたちは息を殺して外の様子を窺っていた。
「子供を探し出せ!」
ソノマの鋭い声が、騎士団への号令として響き渡る。リベットは猫耳をピクリと動かし、不安そうに幼いハナスの方を見やった。
「どうしましょう……」
小人族のフローラが眉をひそめる中、突然、不思議な出来事が起こった。ハナスの手首に巻かれた緑の蔓から、キラキラとした光が溢れ出したのだ。
「えっ!?」
三人が驚きの声を漏らす中、その光は次第に人型へと変化していく。現れたのは、少女の姿をした樹木の精霊、シルベアだった。
「心配するなハナス」
そう言い終わる前に、シルベアの姿が変化していく。藍色の髪、あどけない表情――目の前にはもう一人のハナスが立っていた。完璧な複製だった。
「ボクが代わりに王都に行ってくるよ」
「だ、だめだよ! シルベア、危険だよ!」
ハナスは心配そうに首を振る。でも、シルベアの瞳は期待に満ちて輝いていた。
「違うって」シルベアは嬉しそうに微笑んだ。「ボクは前から王様の暮らしや、お城を見てみたかったんだ。そこに住めるんだからこんなチャンスはないよ!」
その無邪気な言葉に、ハナスは言葉を失った。リベットとフローラは顔を見合わせる。この危機的状況で、シルベアは観光気分なの?
騎士たちの足音が母屋に迫る中、シルベアは焦る風でもなくハナス達の背中を押してゆく。
「いいかい、ボクが連れてゆかれるまでこの中に隠れてるんだよ!」そう言ってハナス達はもう一つの部屋の中へ押し込められた。
ハナスは不安げな表情を浮かべながら、シルベアの袖を引っ張った。
「でも、王都に連れて行かれちゃったら……王様に何か嫌なことをされたり、危険な目に遭ったりしたらどうするの?」
その言葉にシルベアは、へへんと得意げに胸を張った。その仕草は、いつもの彼女のままだ。まるで怯えていない。
「ボクがそんな弱っちいと思ってるのかい?」シルベアは自信に満ちた笑顔を浮かべる。「このボクは樹木の大精霊、シルベア様なんだよ。お城から逃げ出すなんて朝飯前さ」
そう言って、シルベアは意地悪な笑みを浮かべた。「なーんなら、お城まるごとジャングルにしてやることだってできるんだからね」
ハナスが返事をする暇もなく、重々しい音を立てて母屋の扉が開かれた。甲冑のきしむ音と共に、幾人もの騎士たちが一斉に中へ踏み込んでくる。
その瞬間、時が止まったかのような静寂が訪れた。
騎士たちの鋭い視線が部屋中を巡る。そして──。
「そこだ!」
騎士隊長らしき男が大声で叫んだ。その指先の先には、ハナスに化けている
シルベアの姿があった。シルベアの顔から笑みが消え、代わりに泣き顔に変わる。
「うえーーん、見つかっちゃったーーー」
「大丈夫、怖いことなんてしないから、騎士隊長は困り顔だ」
連れてゆかれながら、奥の部屋のハナス達に向かって、シルベアはベーと舌を出していた。
風が、湿った落ち葉をカサカサと揺らす音だけが響く、静寂に包まれた農園の母屋。
その静けさは、張り詰めた糸のような緊張感で満ちていた。
藍色の髪を持つ幼いハナスは、まるで雛鳥のように、騎士たちに囲まれ、母屋から連れてこらえた。
「おお、見つかったか」
ソノマは嬉しそうだ。
ルシウスは、騎士の槍によって地面に押さえつけられている。鋼鉄の冷たさが、彼の頬に突き刺さる。
ヨルセフがハナスの元へ行こうとすると、即座に別の騎士の槍が喉元に突きつけられる。ピリリとした緊張感が、空気を震わせた。
「ハナスちゃん!」
ハナフィサの悲痛な叫びが、静寂を切り裂いた。その声は、我が子を守りたい一心で絞り出された、獣のような叫びだった。
次の瞬間、ハナフィサの脳裏に、澄んだ声が響いた。「違うよ、ボクだよ、シルベアだよ。安心して、ハナスは母屋に隠れてるから」
念話だった。まるで小鳥のさえずりのように軽やかで、それでいて確かな意思が込められた声。
「シルベアちゃん?どうして……?」
混乱するハナフィサの問いかけに、シルベアは王城を見学したいという、唐突とも思える願いを告げた。まるで、今日ピクニックに行く約束でもするかのような、無邪気な口調だった。
ルシウス、ロクス、ヨルセフ、そしてナミダにも、シルベアの念話が届けられた。
まるで水面に広がる波紋のように、次々と彼らの意識に響いていく。
彼女は自分がハナスに化けて王城へ潜入する計画を、簡潔に、しかし丁寧に説明した。
それぞれの心に、驚き、不安、そしてわずかな希望が入り混じる。沈黙の後、シルベアの声が再び響いた。
「じゃあ、行ってくるね!」
その言葉と共に、彼女の明るい笑顔が、まるで幻影のように彼らの心に浮かんだ。まるで、遠足に出かける子供のような、無邪気な笑顔。
「大丈夫だろうか」
神のような存在の大聖霊とはいえ、シルベアはもう家族のような存在だ。
それがハナスの身代わりとなって、ハナフィサの目からは涙がポロポロと流れた。
ナミダにしても、シルベアには色々と思うところがある。彼女が王都へ行ってしまうのは耐え難く辛かった。
残された者たちは、固唾を飲んで彼女を見守る。
「おいおまえ!馬車が高すぎて乗りにくいだろうが!手を貸せよバカ!のろま!」
シルベアが言うと、騎士があわててシルベアに手を貸す。
シルベアはいつものように賑やかだ。
その小さな背中を見つめながら、見送るもの達はそれぞれに、胸に秘めた想いを噛み締めた。




