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ソノマの要求

 陽射しがいよいよ強さを増した午後。


 彼方に赤い点が揺らめいた。点はやがて面になり、それが人の群れ、軍隊だと判別できるようになるまでにそう時間は掛からなかった。


 あたり一帯を染める深紅の波、紅の騎士団五百騎あまり。農園を包囲するように展開し、まるで大地に深紅の花を咲かせたようだった。


 鉄の蹄が大地を踏みしめる音は、遠くの雷鳴のように響き、やがて低く唸る鼓動へと変わる。



 その中心に、黒曜石のように光を吸い込む馬車が鎮座する。金銀の装飾が、まるで陽光を捕らえた妖精の羽のようにきらめき、貴族の権威を静かに、しかし力強く主張していた。


 護衛の騎士たちは、紅蓮の甲冑を身に纏い、彫像のような静寂を保っている。空気が震え、張り詰めた糸のような緊張感が、農園全体を支配していた。



 馬車と一個分隊が静かに騎士団から分かれ、母屋へと向かう。


 ヨルセフ、ロクス、ナミダ、ルシウス、ハナフィサ。5人は、それぞれの想いを胸に秘め、騎士団の到着を待っていた。



 母屋の中、ハナスは窓の外をじっと見つめていた。彼の瞳には、不安と期待が入り混じっている。


 隣のリベットは、そんなハナスの小さな手をそっと握りしめる。小さな鼓動が、静かにハナスへと伝わる。


 「不安で押しつぶされそうなのです,,,,,,,」リベットの心の声が、ハナスの鼓動と共鳴する。


 

 馬車と騎士団は5人の前で静止した。蹄の音の余韻が、風にさらりと消えていく。


 重厚な鎧を纏った騎士団長が、鋭い視線を5人に送り、張り詰めた声で宣言する。


「こちらに控えるは、国王ヴェルディア様の側近、ソノマ・コーリアス卿だ! 各々、失礼のないように!」


 緊張が走る。ヨルセフたちは思わず息を呑み、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 騎士の一人が馬車の扉へ駆け寄り、恭しく開ける。


 降りてきたのは、神経質そうな、痩せぎすの男だった。豪華な衣装を纏ってはいるが、威厳よりも滑稽さが勝っている。


 そして、男の腕に抱えられるようにして現れたのは…アデレード・ヴィオレッタだった。しかし、以前の凛とした彼女の面影はない。乱れた髪、怯えた瞳。まるで壊れそうな人形のように、男の腕にしがみついている。


「おい、しっかり立て! 見苦しい!」


 ソノマはヴィオレッタを乱暴に突き放した。


 ヴィオレッタはよろめき、地面に膝をつく。その姿に、ルシウスは思わず声を出す。


「ヴィオレッタ様…...」


ヴィオレッタは、かすれた声でルシウスの名を呼んだ。その声は、まるで折れた鳥の羽のように弱々しい。



 ソノマが、冷ややかな視線をヨルセフたちに向ける。ルシウスが、一歩前に出て答えた。


「彼女に…一体何をした!」



 ソノマは、下唇を湿った舌でねっとりとなぞり、底意地の悪い笑みを浮かべた。まるで獲物を玩ぶ蛇のような、ぞっとするほど冷酷な笑み。その視線の先、地面に膝をついたヴィオレッタを指差し、高らかに宣言する。


「この女から、全て吐かせたぞ!」


 獣の咆哮のように、ソノマの声が農園に響き渡る。ヨルセフたちは、息を潜め、ソノマの言葉を待つ。空気が、重く澱んでいく。


「この農園で作られている精油――現在、宮廷にも献上されているようだが――その驚異的な効果は、『ハナス』という子供の能力によるものらしいなあ?」


ソノマが言うと、ヴィオレッタは弱々しく謝罪の言葉を口にした。


 「ごめんなさい,,,,,,,,」


 精油の秘密が知られてしまったか。ルシウスたちは、青ざめた。


「そのハナスと言う子供はどこにいる会いたい…」


 ソノマが言うと、


「ハナスに何の用でしょう?」


 ルシウスは、ソノマの前に一歩踏み出し、睨みつけた。息子を守る盾になろうとするかのように、その体は怒りで小さく震えている。


「ふん、なるほど、お前がルシウスか?ならば話は早い」


 ソノマは、苛立ったように舌打ちをし、辺りを見回した。


「良いか?わしの言葉は国王ヴェルディア様の言葉だと思え、各々頭が高い、控えよ」


 ソノマが言うと、騎士たちがルシウスたちに歩み寄り、膝をつき頭を下げて礼を尽くすように指示した。


 5人が膝をついて頭を下げると、ソノマは満足そうに眺め回し。


「それでどこだ? そのハナスという子供は? さっさと連れてこい!」


 命令口調の言葉が、鞭のように空気を切り裂く。


 ルシウスの肩は震えている。 


「ハナスを連れてきてどうする......。」


 ルシウスの声は、小さく、しかし力強い。静かな決意が、その言葉に宿っていた。


 ソノマは後ろ手を組んだままでコホンと一つ咳払いをした。

「ヴェルディア王がハナスを御所望である。かのお方はハナスの力を欲しておってな、城に連れてゆき、そばに置いて可愛がってくださるそうじゃ。これは大変に名誉なことですぞ!」


 ソノマが言うと、ルシウスが思わず立ち上がった。

「ハナスは城へなど連れてゆかせん!」


次の瞬間、ルシウスは騎士の槍でねじ伏せられ、地面に這いつくばっていた。


ソノマの顔が、怒りで赤く染まる。


ソノマは、再び嫌らしい笑みを浮かべ、農園全体を見渡した。


「ハナスを我々に引き渡さないならば…この農園の奴隷どもを、一人残らず捕らえて牢獄にぶち込む! どうだ? それでも、その子供を引き渡さないつもりか?」


 ソノマの言葉は、氷のように冷たく、ヨルセフたちの心を凍り付かせた。

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