赤子の命
ミストヴェールの街から赤い炎が上がっていた。
家々は焼き払われ、崩され、街の人たちは無残に切り殺されるか、嚙み殺されるかしていた。
ルシウスはアズラの丘の戦士30名ほどを率いて、ミストヴェールの地に立った。
「くっ、遅かったか」
街の人々の死体の山と、街の惨状を見てルシウスは唇を噛んだ。
兎に角、ローゼンクランツ卿を探さなければ、そうルシウスが思ったとき。
「魔物だ!」
アズラの戦士の一人が叫んだ。
「なに!魔物だと」
振り返ると、素早く動く影が三つ!燃える家から家に飛び移り、牙をむいてアズラの戦士たちに襲い掛かった。
だがこの程度でひるむ戦士たちではない。
襲い掛かられたものは、素早く剣を抜刀し、魔物の腹に深々と突き刺すと、そのまま魔物を壁にたたきつけた。
ギャワン!と断末魔の悲鳴を上げて、魔物はこと切れた。
もう一匹の魔物も、見れば首を落とされていた。
しかしもう一匹は、ルシウスへ飛びかかってきた。
ルシウスはその獰猛な口めがけてこぶしを突き刺すようにして、剣を突き刺した。
ふぅーと息を吐いて、魔物を見下ろす。
「シャドーウルフか、奴らこんなものを使役して街を襲わせたのか」
ルシウスは戦士たちを見た。
「まだ、こいつらが(シャドーウルフ)が何処かに潜んでいるかもしれない。火を消しながら、魔物退治にあたってくれ!」
「おう!」
戦士たちは散り散りに散っていった。
ルシウスは、ミストヴェールの騎士ヨルセフと頷きあうと、ローゼンクランツ卿を探すことにした。このミストヴェールの領主である。
しばらく馬を走らせると、ミストヴェールの領主城につづく、川をまたぐ石橋が見えてきた。
ここまでの道のりの惨状も大概だったが、この辺りも酷いやられようだ。だが、これまでも盗賊団の姿は一人もとらえることが出来なかった。奴らは、シャドーウルフを引き連れて街を襲い、早々に引き上げていったのだろう。恐らく売り物になりそうな女や子供を連れて行けるだけ連れて行ったのかもしれない。
この石橋までの道にも鎧を身に着けた者達が数人倒れこと切れている。どの者も屈強なミストヴェールの騎士達だ。ヨルセフはうおおー!と唸り声を上げると、騎士達に近づいて、一人ひとり抱きかかえては、息がないか確認していた。立ち上がると煤のついた金髪の頭を掻きむしりながら、クソと唇を噛んでいた。大柄なヨルセフの目には涙が滲んでいた。
その時、遠くから猛スピードで駆ける馬の蹄の音が聞こえてきた。
ルシウスとヨルセフは音のほうへ目をやった。
ちょうど石橋の向こうからこちらへ、一頭を先頭に、二頭、三頭、四頭が、土ぼこりを上げて駆けてくる。
「クランツ卿だ!」
ヨルセフが声をあげた。
「追われているな」
ルシウスも目を細めながら、ヨルセフに声をかける。
ローゼンクランツの跨った馬は、猛スピードで駆けてこちらに向かってくる。その馬を囲みながら追いかけているのは、ドラン盗賊団の面々だった。
盗賊は、馬で駆けながら剣を抜き、ローゼンクランツの背中を切りつけていた。
「なぜ避けない!」
ヨルセフの言葉にルシウスが答えた。
「何か胸に抱いている」
ローゼンクランツ卿は胸に何か大切なものを抱きかかえるようにして馬で駆け、自分の背中で剣の攻撃を受け、胸に抱えたものを守っているようだった。
「クランツ様!こっちです」
ヨルセフは叫ぶと、剣を抜いた。
ルシウスもそれに続く。
四頭の馬が騎士と戦士に近づく。
ルシウスは、クランツ卿の後ろに陣取る一頭の馬に跨る盗賊へ向けて、ナイフを放った。
そいつはバサッと馬から落ちた。そして、ゴロゴロと地面を転がって、何かにぶつけて頭を割った。
攻撃に気づいた盗賊団の二名は、領主への攻撃の手を休め、前方の騎士と戦士を見た。
盗賊団の一人はちっ、と舌を鳴らすと、もう一人に合図を送り、その場で向きを変えて、逃げ去った。
ローゼンクランツは騎士と戦士の前で止まると、胸に抱えたものを守りながら馬から落ちた。それをルシウスが受け止めた。
「ルシウス……、ヨルセフ」
ローゼンの声は震えていた。顔は蒼白である。見れば、ローゼンは背中から大量に出血していた。
「時間がないルシウス、この子を頼む」
そう言って、ローゼンはルシウスの胸に赤子を押し付けた。
「クランツ殿」
ルシウスの目を見て、ローゼンがほほ笑んだ。それからローゼンはヨルセフを見た。
「ヨルセフ、もう一度残された者たちとこのミストヴェールを再興してくれ、お前は良い領主になれる」
「クランツ様、なにを」
ヨルセフの言葉に返すことなく、ローゼンはルシウスを見た。
「ルシウス、私とセレナの間にも長い間子が出来なかった。だからおまえたち夫婦の辛さは良くわかる。私はセレナを守ることが出来なかった。だが、この子は守り抜いた。私とセレナにやっとできた子だ」
ローゼンは熱のこもった眼でルシウスをみた。
「後生だルシウス、私とセレナの代わりにこの子を育ててくれ、そして、領主となるヨルセフを傍で支えてやってくれ」
ローゼンはそう言って二人の手を掴むと、ガハッと口から血を吐き出した。
「クランツ殿!」
「クランツ様!」
二人の呼ぶ声も空しく、夜の闇の中に沈みゆくようにローゼンクランツの命の明かりは永遠に失われた。
赤子はルシウスの逞しい腕の中で伸びをするように動いた。ルシウスは視線を落とす。腕の中で暑いのか汗をかいていた。濃い藍色の髪に、白い肌、藍色の瞳。
この子の……。
親になるのかという言葉をのみこんだ。
確かにルシウスは子供が好きだった。どれほど夢に見たことか、しかしそれはルシウスとハナフィサの子供のことである。ローゼンクランツは友人であり嘗てのルシウスの雇い主でもあった。こうやって、突然に彼の子供を自分の子供として育てることになるとは、思いもしなかった。
それにだ、それにである。ルシウスは腕の立つ戦士であり元冒険者であるが平民である。
自分が育てればこの子も平民になってしまう。貴族の子の地位を自分の子とすることで落としてしまっても良いのだろうか。
ルシウスがそんなことを考えていると、ヨルセフに肩を叩かれた。
「クランツ様の遺言だ。俺がここの領主になるなら、ルシウスお前は俺の右腕となり貴族になれ、俺を助けてくれ」
ヨルセフの言葉に、ルシウスはもう一度赤子を見つめた。ルシウスの心に愛おしさと覚悟のようなものが湧いてきた。ルシウスは見つめ返してくる赤子の頬を優しくなでた。
「帰ったら、お前の名前を決めてやらないとな」
ルシウスはそう言うと微笑んだ。
領主城の中もひどい有り様だった。
見るも無惨な亡骸が沢山あった。
ルシウスとヨルセフはセレナクランツを見つけると、ローゼンクランツと共に静かな場所に埋葬した。
いつもイイねをくださる優しい「あなた」ありがとうございます。イイねがあればそれだけ拡散されますし、ブックマークされれば、表示も増えてより沢山の人に読んでいただける可能性が広がります。作者のモチベーションが上がるのはもちろんの事、やっぱり単純に読んでいただけるのは嬉しいので、良ければイイねや、ブックマークよろしくお願いします。
オレンジ