快癒の母
小さな窓から差し込んでくる木漏れ日が、うららかな午後のひと時のちょっとしたアクセントになっていた。
「ナミダ、旅の話しはしてくれないのかい」
ナミダと一緒に、一同が座る木のテーブルにお茶とお菓子を用意しながら、
フローラが言った。
「お茶が並べ終わったら、するわよ。もうお母さんはせっかちなんだから」
ナミダが言うと、フローラは笑った。「そうかい?せっかちかい」
一同も笑ったが、その時!
ガシャンと陶器が床に落ちて割れた。
「お母さん!」
突然の出来事に、ナミダの悲痛な声が部屋中に響き渡った。最後のお茶をテーブルに置こうとしてフローラは、その小さな体を震わせながら床に崩れ落ちたのだ。
「大丈夫ですか!」ハナスは反射的に駆け寄った。フローラの苦しそうな表情に、ナミダの目から涙が溢れ出す。
「ナミダ、お母さんをベッドまで運びましょう」ハナスは冷静な声で告げた。「私が手伝います」リベットが軽々とフローラを持ち上げた。
そっとフローラを近くの寝室へと運んだ。小人族の体は軽く、まるで子供を抱くような感覚だった。
ベッドに横たえられたフローラは、歯を食いしばって痛みに耐えている。額には脂汗が浮いている。
「ナミダさん、オイルマッサージの準備をお願い」
ナミダは頷くと、すぐに小さな瓶を持ってきた。
「僕の力を使うよ!」
ハナスはナミダの手を取り、二人でオイルに意識を集中した。ハナスのアシストの力が、オイルを通じてじわじわと母の体に染み渡っていく。
フローラの体も、ナミダの体も、ハナス自身もオーロラ色に輝いていた。
「あ...」母の表情が少しずつ和らいでいく。「痛みが...消えていくわ」
ナミダはフローラの背中や顔、腕、脚に懸命にオイルマッサージを施した。
「痛みが消えてゆくの!奇跡だわ!」
その言葉に、ナミダの顔に安堵の表情が広がった。小さな体で懸命にナミダを育ててきた母。血は繋がっていなくとも、確かな愛情で結ばれた二人。その絆の強さを、ハナスは肌で感じていた。
「お母さん、本当に良かった」ナミダは母の手を握りしめる。
「ごめんなさいね、心配かけて」母は申し訳なさそうに微笑んだ。「でも、こんなに優しい友達ができて、私も安心したわ」
ハナスは照れくさそうに頭を掻いた。不思議な出会いから始まった絆。それは今、確実に深まっていることを感じていた。
窓の外では、夕暮れの光が優しく差し込んでいた。そう、午後から始めたマッサージだったが、いつの間にか夕暮れ時になっていた。
完全に痛みが消えたフローラは、穏やかな寝息を立てて眠りについていた。ハナスとナミダは、そっと寝室を出て、居間に戻った。
「どうでしたか?」
リベットがすかさずハナスの近くに来る。
「どうやらうまくいったみたいだよ」ハナスが言うと、「よかったぁ!」とリベットは喜んでいる。
近くに来ていたロクスもホッと安どの表情をつくった。
「ハナスくん、本当にありがとう」
ナミダの声は感動で震えていた。瞳には感謝の涙が光っている。
「いいえ、当たり前のことをしただけです」ハナスは少し照れながら答えた。「でも、フローラさんの痛み...盗賊に襲われた傷が癒えても傷み続けるなんて」
ナミダは静かに頷いた。「ええ...母さんは私を守るために戦って...、ずっと痛みとなって残るなんて」
その話を聞いて、ハナスは胸が締め付けられる思いがした。小さな体で盗賊と戦い、ナミダさんを守り抜いたフローラさん。その強さと優しさに、心を打たれる。
「でも、本当に不思議ね」ナミダは柔らかな表情で続けた。「ハナスの力を使ったマッサージで、長年の痛みが消えるなんて」
「僕のアシストの力が、役だって良かった」
ハナスは自分の手のひらを見つめた。アシストの力。人や物の能力を高める不思議な力。それは今、誰かの痛みを癒す力となって現れたのだ。
「ナミダさん」
「なあに?」
「フローラさんの痛みは消えたけど、また何かあったら、すぐに教えてください。僕にできることがあったら、いつでも力になりたいです」
ナミダの目が感動で潤んだ。「ハナスくん...ありがとう。私、本当に素敵な友達に恵まれたのね」
居間の窓からは、優しい夕暮れの光が差し込んでいた。その柔らかな光の中で、二人は静かに微笑み合う。寝室からは、フローラさんの安らかな寝息が聞こえてきそうだ。
夕闇が深まり、星々が空を彩り始めた頃、ナミダの家では小さな祝宴が始まっていた。
テーブルの上には、ナミダのフローラさん仕込みの料理が並ぶ。小人族ならではの繊細な料理の数々は、まるで人形の家のような可愛らしさだった。
「みなさん、今日は本当にありがとう」
フローラは、ろうそくの灯りに照らされた温かな表情で話し始めた。その小さな体からは、もう痛みの影は消え、かつての軽やかさが戻っていた。
「長年苦しんできた痛みから解放されて...まるで夢のようです。ハナスちゃん、そしてナミダ...」
「母さん...」ナミダさんの目が潤む。
キャンドルの柔らかな光が揺れる中、ハナスは二人の姿を見つめていた。
「さあ、お料理を召し上がれ」フローラが微笑んで言った。「小人族の伝統的なお祝い料理なの」
テーブルには、色とりどりの料理が並んでいた。パイには、季節の野菜がぎっしり詰まっている。キノコのスープは、香り高い湯気を立てていた。
「わあ...」思わずハナスが声を上げる。「すごく色鮮やかなお料理だね」
「ふふ、嬉しいわ」ナミダとフローラは嬉しそうに微笑んだ。「実は、これらの料理には小人族の祝福の想いが込められているのよ」
一つ一つの料理を口に運ぶたび、不思議な温かさが体中に広がっていく。それは単なる味わいを超えた、何か特別なものを感じさせた。
「食べる人の幸せを願う、小人族の想いが込められているわ。私たちの体は小さいけれど、想いは誰よりも大きいの」
ハナスは感動して聞き入った。アシストの力で誰かを助けられる自分のように、フローラさんもまた、料理を通じて人々に幸せを届けるひとなのだ。そしてナミダにもその魂は受け継がれている。
「これからも、みんなで一緒に...」
フローラの言葉が途切れた時、窓の外で小さな光が瞬いた。まるで、妖精たちが祝福の舞を踊っているかのように。
この夜は、特にナミダにとっては忘れられない思い出となった。小人族の母の癒し、伝統の料理、そして新たに深まった絆。全てが、この小さな家の中で、確かな温もりとなって心に刻まれていった。
パーティは静かに、しかし心温まる雰囲気の中で続いていった。それは、まるで魔法のように、この場にいる全ての人の心を優しく包み込んでいるようだった。




