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リリスの日々

 ドランデル村に来てから、穏やかな日々が流れている。今までの緊張や恐怖は、少しずつ遠ざかっていった。ラウラさんの家は、まるで別の世界にいるかのように静かで、平和だった。


 私の一日は、ポーション使う薬草の収穫から始まる。ラウラさんはとても優しくて、私が慣れない手つきで作業していても決して急かしたりしない。彼女の温かな笑顔を見るたびに、この場所が私にとって安全な避難所であることを感じていた。


意味もわからず悪い人達に追われていた頃のことを思い出すと、胸が締め付けられるような思いがするけど、ラウラさんのもとで過ごす今は、そんな不安も少しずつ薄れてきている。


 今日もいつものようにポーションを作っていた。ラウラさんに教わったとおり、材料を慎重に混ぜ合わせながら、心を落ち着けて作業する。昔はこんな穏やかな時間が自分に訪れるなんて思いもしなかった。

 

 ただ一つ心残りがるとするなら、残して来たお爺さんのこと。私には父も母もいなかった。気づいた時はお爺さんの家族として、私は育てられていた。


 お爺さんに聞いたけど、お爺さんにも私の両親のことは分からないらしい。それでも優しいおじいさんのもとで私は元気に育つ事ができたが、ある時から私は得体の知れない悪い人達に狙われるようになった。


 直接襲われた事は運よく今まではなかったけど、あの日、お爺さんは私に逃げるようにいった。私の住む村に見るからに変な人たちがやって来た日だ。


 私はお爺さん一人を残して逃げるのは嫌だと言ったけれど、お爺さんのあの必死の姿を見てるだけで辛かった。


 私はそれで後髪惹かれる思いで逃げた。どこをどう彷徨ったか分からなかったけど、体力の続く限り走った。そして力尽きた。


「うん、いい調子よ」とラウラさんの声が聞こえた。


「ありがとうございます、ラウラさん。でもまだちょっと不安で…」私はポーションの瓶を見つめた。失敗したらどうしよう、といつも思ってしまう。


「大丈夫。失敗も学びだから、何度でもやり直せばいいのよ。」ラウラさんは優しく微笑んで私の肩を軽く叩いた。その言葉に励まされて、私はもう一度作業に集中した。


そんな時だった。外から足音が聞こえて、誰かが店の扉をノックした。


「お客さんかしら?」ラウラさんはそっと立ち上がり、扉へと向かった。私は少し緊張しながら、その後ろに控えた。普段、ここに来るお客さんは少ない。ポーションが出来るとラウラさんは契約している市場の店に卸すからだ。だから直接このラウラさんの住処には滅多に人がこない。それだけに、来客はいつも少しだけ不安を呼び起こす。


「こんにちはー」扉の向こうから、男の人の声が聞こえた。


 私には聞き覚えのない声だったけど、ラウラさんはすぐにその声を認識したようだった。


 ラウラさんは扉を開けて

「やあ、キミはロクスくんだったかな」

 にこやかにそう言った。


「覚えてくれていてありがたいです。今日はエイラと一緒ではないんですが(エイラはヨルセフの臣下で魔法使いだ)


 ちょっと面白い坊ちゃんと、気の良い仲間達を連れて来たんですが、御迷惑じゃなければポーションの工房を見せてもらえないでしょうか?」


 ロクスという冒険者っぽい男の人が言うと、ラウラさんはなんだそんなことか笑った。


 それから、こちらも冒険者っぽい青い髪の女の人が入って来て、雰囲気ある綺麗な人だなと見惚れていると、猫の耳が生えた獣人の女の子が、藍色の髪の毛の男の子を胸に抱いて入って来た。


「うわーすごーい、雰囲気ある工房だねえ」と男の子は大きな声で言って。獣人の女の子は笑っている。

 何だか普段見ることのない人たちが、工房に入って来たので、楽しいやら、驚きやらで、私は面食らってしまった。



 私は思わず、工房の隅にある椅子に腰かけた。普段は静かな工房に、こんなにも多くの人が訪れるなんて。


「あの…」


 声を掛けようとした私の言葉を遮るように、藍色の髪の少年が目を輝かせながら工房中を駆け回り始めた。


「わぁ!これってどう使うの?なんの植物からとれたエキス?すっごく綺麗!」


 少年は興奮気味に、棚に並ぶ様々な瓶や材料を指差しながら叫んでいた。その姿に、猫耳の獣人の女の子が優しく微笑んでいる。


「坊ちゃん、走っちゃダメです。ここは大切な工房なんですから」プンスコ!


「でも、リベット!ここにある材料の種類といったら…これだけあれば、新しい見たこともない精油だって作れるかもしれないよ!」


 坊ちゃんと呼ばれた少年の目は、まるで宝石のように輝いていた。その純粋な好奇心に、私も思わず微笑んでしまう。


青い髪の女性が、ラウラさんに向かって丁寧にお辞儀をした。


「申し遅れました。私はナミダと申します。この子たちと共に旅をしております。ハナスくんは魔法と錬金術に並々ならぬ興味を持っていまして…」


「ああ、そう心配なさらないで」


 ラウラさんは優しく笑いながら答えた。


「好奇心旺盛な子は大歓迎です。それに…」


 ラウラさんは私の方をちらりと見た。


「うちの見習いも、きっと同年代の子と話せて楽しいでしょうから」とラウラさんはナミダさんにうなずいて見せた。


 私は思わず頬が熱くなるのを感じた。確かに、普段は年上の人ばかりと接していて、同世代の友達なんて…。


 ロクスさんは、工房の隅にある実験台の方へ歩みながら言った。


「ハナスくんは恐らく魔力量が多くて、特殊な才能を持っています。ただ、まだまだ経験が足りなくて。もし良ければ、魔法使いのあなたから良いアドバイスでもいただければと」


「いいですとも」


ラウラさんの返事に、ハナスくんの顔がぱっと明るくなった。


私はうずうずして立ち上がり、おずおずと一歩前に出た。


「あの、私…私も一緒に色々とお話できたらと思います。私の名前はリリスです。修行中です」と、私は名前が必要な時ラウラさんから名乗りなさいともらった名前を口に出した。


 リベットさんが猫耳をぴくりと動かし、親しみのある笑顔を向けてくれた。


「リリスちゃん、これからよろしくね。坊ちゃんの面倒も少し見てあげてくれると嬉しいわ」言ってクスクス笑った。


「僕は子供じゃないです」

ハナスくんが言ったので、私も笑った。


 工房の中は、いつもの静けさとは打って変わって、賑やかな空気に包まれていた。窓から差し込む午後の陽光が、棚に並ぶ色とりどりのポーションを照らし、虹色の光を床に映している。



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