ドランデル
「さて、この盗賊たちをどうしましょうか」ロクスは縛り上げた三人を見ながら言った。
「近くの警備所に届けるのも一つの手ですが...」ナミダが迷いがちに言った。
「うん、でもその前に...」ハナスは腹を抱えて言った。「お腹すいたよ〜」
「あら!」リベットは慌てて弁当の籠を開けた。「そうでしたわね。せっかくのお昼ごはんの時間でしたもの」
丘の上に敷物を広げ、リベットが次々と料理を並べていく。ハーブを練り込んだ焼きたてのパン、チーズ、スモークした肉、蒸した野菜...見ているだけで食欲をそそる香りが漂う。
「わあ!」ナミダは目を輝かせた。「リベットさん、すごいです!」
「えへへ」リベットは照れくさそうに言った。「朝早くからパンを焼いて、準備しましたの。坊ちゃんのために腕によりをかけました!」
ハナスは既にパンを頬張っていた。「リベットのパン、最高!ハーブの香りがすごくいいね!」
「もう、坊ちゃん」リベットは苦笑しながら、ハナスの口元についたパン屑を拭った。「お行儀よく食べてくださいませ」
縛られた盗賊たちが、美味しそうな匂いに釣られて、チラチラと食事を見ている。
「ふむ」ロクスはそんな彼らを見て、少し考え込んだ。「話を聞いてみましょうか。なぜ盗賊になったのか」
「実は...」盗賊の一人が、恥ずかしそうに呟いた。「最近、この辺りは不作が続いていて...」
「それで盗賊になったの?」ハナスが純粋な目で尋ねた。
「ああ...」盗賊は顔を伏せた。「村の子供たちが空腹を訴えるのを見ていられなくて...」
「それなら」ハナスは立ち上がると、リベットの作ったパンを盗賊たちに差し出した。「これ、食べて!」
「坊ちゃん...」リベットは驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑みに変わった。
「ロクス」ナミダが提案した。「私たち、この辺りの領主に彼らの窮状を伝えませんか?」
「ああ、それがいいだろう」ロクスは頷いて、盗賊たちの縄を解き始めた。「ただし、約束してもらいたい。もう決して悪事は働かないと」
「ありがとうございます!」盗賊たちは深々と頭を下げた。「必ず、まっとうな道を探します」
「うん!」ハナスは元気よく言った。「みんなで助け合えば、きっといい方法が見つかるはずだよ!」
昼食を共にした後、盗賊たちは自分たちの村へと帰っていった。
「私たち」ナミダが空を見上げた。「イーリスまでまだまだ道のりは長いけれど...なんだか不思議な旅になりそうですね」
「そうだね!」ハナスは嬉しそうに言った。「でも、みんなで一緒だから楽しいよ!」
リベットは片付けをしながら、微笑んだ。「坊ちゃんの言う通りですわ。さあ、お片付けが終わったら、また出発いたしましょう」
ミストベールからアズラの丘を越えて数時間が経ち、夕暮れ時になるとドランデルの村が見えてきた。茜色に染まる空の下、石造りの建物が立ち並ぶ様子は、とても絵になる光景だった。
「あれがドランデルですね」ロクスが馬の手綱を引きながら言った。「商人の村として栄えているそうです」
「わぁ!」ハナスは目を輝かせた。「お店が結構あるね!」
「ええ」ナミダが懐かしそうに微笑んだ。「私、子供の頃に一度だけ来たことがあります。父に連れてきてもらって...」
リベットは村を眺めながら、「坊ちゃん、そろそろ宿を探しませんと」と言った。「お疲れでしょう?」
「うん、ちょっと疲れたかも」ハナスは素直に頷いた。「でも馬にのってただけだから、まだ平気だよ!リベットの胸が丁度いいクッションになってたし」
「まあ、坊ちゃん...」リベットは嬉しそうに頬を染めた。
村の入り口には、たくさんの行き交う人々の姿があった。商人たちの荷車や、旅人たち、村の人々が忙しなく動いている。
「こんな時間でも賑やかですね」ロクスは周りを見回しながら言った。
「ロクス」ナミダが声をかけた。「あそこに宿屋が見えますよ」
看板には『銀の月亭』と書かれていた。温かな明かりが窓から漏れている。
「よさそうな宿ですね」ロクスは馬から降りながら言った。「値段も手頃そうだ」
「私が確認してきますわ」リベットが宿の中へ入っていった。
しばらくすると、リベットが戻ってきた。「二部屋空いているそうです。お値段もお手頃ですわ」
「やった!」ハナスは嬉しそうに飛び跳ねた。「お風呂入れるかな?」
「ええ」リベットは微笑んだ。「たらいにお湯を用意してくれるように頼みましょう」
「よかった」ナミダはほっとした表情を見せた。「今日は長い一日でしたからね」
「では、まずは馬を宿の厩舎に預けよう」ロクスが提案した。
宿の主人は、愛想の良い中年の男性だった。「お疲れ様です。ゆっくりお休みください」
荷物を部屋に運び込んだ後、ハナスは窓から村を眺めた。「すごいなぁ...まだたくさんの人が歩いてる」
「ドランデルは夜市で有名なんだよ」ロクスが説明した。「夜になっても店が開いているんですよ」
「へぇ!」ハナスの目が輝いた。「見に行きたいな!」
「いけませんわ」リベットがすかさず制した。「まずは身体を拭いて、お食事をして、しっかりお休みになることです」
「えー」ハナスは少し残念そうな顔をした。
「リベットちゃん厳しいのね」ナミダが笑って言った。「明日の朝、市場を見て回りましょう。今日は早めに休みましょう」
「...わかった」ハナスは素直に頷いた。「でも明日は市場、見に行けるよね?」
「ああ」ロクスが微笑んだ。「明日は少しゆっくりして行こう。イーリスまではまだ距離があるからな」
宿の窓から漏れる明かりが、通りに温かな光を投げかけていた。長い一日の終わりに、四人はようやくゆっくりと休む時間を得たのだった。
銀の月亭の食堂では、夕食の支度が整っていた。テーブルには温かい肉のシチューとふんわりとしたパン、新鮮な野菜のサラダが並ぶ。
「わぁ!」ハナスは風呂上がりの清々しい表情で目を輝かせた。「いい匂い!」
「坊ちゃん、お髪がまだ濡れていますわ」リベットは小さなタオルでハナスの髪を丁寧に拭いながら言った。
ロクスとナミダも席に着く。二人とも湯浴みを済ませ、表情が柔らかい。
「この村のパン、美味しいって評判なんだぜ」ロクスがパンを手に取りながら言った。
ナミダはシチューを一口すすって、「あぁ...」と幸せそうな表情を浮かべた。「具沢山で、スパイスが効いていて...すごく美味しいです」
「ねぇねぇ」ハナスは口の周りにシチューを付けながら話し始めた。「明日の朝市って、どんなものが売ってるの?」
「もう、坊ちゃん」リベットは慌ててハナスの口元を拭った。「お行儀よく召し上がってくださいませ」
ロクスは考えながら答えた。「そうだなぁ...ドランデルは辺鄙なところにあるが、何故か商人が多い、なので色々な土地の珍しい品物が集まるんだ。果物や野菜、織物に革製品...それから魔法の道具なんかも」
「魔法の道具!?」ハナスの目が更に輝いた。
「あら」ナミダが思い出したように言った。「確か、この村には魔法薬の名工がいるって聞いたことが...」
「ああ」ロクスが頷いた。「ラウラという方です。ポーションに関しては、特に評判が高いと聞くよ」
「明日、話を聞いてみましょう」ナミダは優しく微笑んだ。
「やったー!」ハナスは嬉しそうに声を上げた。「じゃあ明日は朝市も見て、ラウラさんにも会いに行こう!」
「坊ちゃん、夜も更けてまいりました」リベットが窓の外を指差した。「そろそろお休みになりませんと」
食堂の窓からは、灯りに照らされた石畳の通りが見える。まだ人々の往来は途絶えないが、先ほどより穏やかな空気が流れていた。
「うん、そうだね」ハナスは大きくあくびをした。「明日が楽しみだから、早く寝よう!」
「では、お部屋にもどりましょう」リベットがハナスの手を取る。
部屋に戻ると、リベットはハナスのベッドの布団を丁寧に整えた。「坊ちゃん、お休みなさいませ」
「リベット」ハナスは眠そうな目で言った。「明日も楽しい一日になりそうだね」
「ええ、そうですわ」リベットは優しく微笑んだ。「きっと素敵な一日になりますわ」
宿の灯りが一つ、また一つと消えていく。窓の外では、満月が村を優しく照らしていた。明日への期待を胸に、一行は穏やかな眠りについた。




