樹木の精霊シルベア
「ほら、もっと丁寧に!指の腹を使えって言っただろ!」
ナミダが必死にマッサージを続けていると、突然、扉が勢いよく開いた。
「おーい、シルベアいますか?」
声に、部屋中の目が入り口に向いた。そこには、もう一人の...ハナス?が立っていた。
「えっ?」ナミダは混乱して手を止めた。「本物のハナスくん?」
本物のハナスは目の前の光景を見て、目を丸くした。「なっ...何してんでしゅか!」
マッサージを指導していた"ハナス"は、突然おどけた表情になり、「あー、やっべー。バレちゃった」と言った。
本物のハナスは顔を真っ赤にして叫んだ。「シルベア!君はまた僕の格好してるんでしゅか!もう何回言えば分かるんでしゅ!」
その瞬間、ハナスの後ろからリベットが現れた。
バシッ!という音とともに、リベットの拳が"偽ハナス"ことシルベアの頭に炸裂した。
「コラッ!イタズラはやめなさいっての!」リベットが怒鳴った。
シルベアは泣き真似をしながら、「いてて〜。リベットちゃん、乱暴だよ〜」とふざけた。
ナミダとロクスは呆然と、目の前で繰り広げられる奇妙な光景を眺めていた。
「えっと...」ナミダが恐る恐る聞いた。「あの...ハナスくん?この子はシルベアくん?なの?」
本物のハナスはため息をついた。「この子はこの土地に住んでる精霊だよ、シルベアっていうんだ。たまに僕の姿を真似して悪さするんだよ」
ハナスは落ち着きを取り戻して、普通に喋っている。最近は幼児言葉もどんどん少なくなっているが、時々興奮したときとかに幼児言葉になるのだ。
シルベアは得意げに胸を張った。「へへーん、完璧な変化だったでしょ?」
リベットは再びシルベアの頭を小突いた。「何が完璧だよ!坊ちゃんより背が高いじゃないか!」
「えー?」シルベアは首をかしげた。「ハナス、また縮んじゃったの?」
「縮んでないよ!」ハナスが真っ赤になって叫んだ。
ナミダとロクスは顔を見合わせた。
次の瞬間、ナミダとロクスは驚きの声を上げた。
「わっ!」
ハナスの姿だったシルベアが、まるで霧が晴れるように姿を変えていった。そこに現れたのは、人間の子供ほどの大きさながら、明らかに人間とは違う不思議な存在だった。
シルベアの肌は薄い緑色で、木の皮のような質感を持っていた。髪の毛は柳の枝のように細く、風に揺れる葉っぱのような緑の房が頭からこぼれ落ちていた。目は深い森を思わせる緑色で、瞳の中に木漏れ日のような光が揺らめいていた。
耳はとがっており、その先端には小さな葉っぱが生えていた。指は細長く、爪の代わりに小さな花の蕾がついている。背中には透明感のある羽のような葉が生えており、光に当たるとキラキラと輝いていた。
「これが...シルベアくんの本当の姿?」ナミダは息を呑んで尋ねた。
「あのでは、ええ~あいっていう、賢い人形とは違うの?」ナミダがいうと、ハナスは笑った。
「それは、シルベアがイタズラで言って回ってることなんだ。シルベアは僕の記憶や考えを覗き見ることが出来るんだ。だからAIって言葉を気に入っちゃって、頭の良い人形だってみんなを騙して喜んでるんだ。だからみんな信じちゃって」
ロクスも目を丸くして言った。「樹木の精霊様...本物を見るのは初めてだ」
シルベアは くすくすと笑い、その声は女の子の声と葉が揺らぐ音が混じっているようだ。「へへ、驚いた?これが僕の本当の姿だよ。どう、かっこいいでしょ?」言ってから、シルベアはナミダを見た。
「僕は女の子だからね、シルベアくんではないぞ」
というと、ナミダはまた驚いた。
「あっ、女の子だったの?ごめんなさい......」
ハナスはため息をついた。「あやまるのは君だろ、シルベア」
ハナスが言うとシルベアは頭をかきながら舌をだした。
リベットは目を輝かせて言った。「でも、シルベアの姿ってやっぱりきれいだよね!」
ナミダとロクスは、目の前で繰り広げられる不思議な光景に言葉を失っていた。
ハナスは深呼吸をして、ロクスとナミダの驚いた表情を見つめた。
「実はね、シルベアとの出会いには少し面白い話があるんだ」とハナスは語り始めた。
ロクスは興味津々で身を乗り出した。「へえ、どんな話なの?」
ハナスは懐かしそうに微笑んだ。「それはね、この農園の片隅でのことだったんだ。シルベアの住処が朽ち果てていて、もう誰も近づかないような場所だった」
「えっ、そんな場所にシルベアさんがいたの?」とナミダが驚いて聞いた。
最初はそこに精霊がいるなんて思いもしなかった。そう言ってハナスは続けた。「そう。でも、僕とリベットでその場所を綺麗にしていたんだ。すると驚いたことに...」
「何が起こったの?」とロクスが熱心に聞いた。
「シルベアが突然、ブファァーと言って息を吹き返したんだ!樹木の精霊だからね。綺麗になった環境で、息が出来なかったとか大声をあげて」ハナスは思い出し笑いをする。リベットもクスクス笑って、シルベアをなでる。シルベアはプンスコ!言っている。
ナミダは目を輝かせた。「すごいわね」
ハナスは笑った。「それからというもの、シルベアは僕のことを気に入ってくれて...」
「うん、事あるごとに僕に化けるようになったんだ」
「そうだったんだね」ロクスとナミダは同時に声を上げた。
ハナスは肩をすくめて説明を続けた。「シルベアは形を変える能力があるんだ。それで、僕の姿を借りていたずらをしたり...」
シルベアはくすくす笑いながら、皆をみている。
「けど、シルベアにお客さんなんて珍しいね」とハナスが言うと
シルベアは首を傾げ、「いいえ、そうじゃないわ。ナミダとロクスはハナスにあいに来たのよ」と答えた。
ハナスは自分の勘違いに気づき、照れくさそうに笑った。「ええ、そうなの?」
言って、ハナスはシルベアを見た。
「シルベア、僕のお客さんに失礼なことしていないだろうね!」
言われて、シルベアは慌てた。
「とんでもない、親切にしたですよねえ?」
と言って、ナミダを見る。
「ま、まあ、親切にしてもらったわ.......」
ナミダは複雑な表情をつくった。
ハナスはナミダの方を向き、穏やかな表情で尋ねた。「ナミダさん、ここまでの経緯を詳しく聞かせてくれませんか?」
ナミダは少し躊躇いながらも、話し始めた。「実は...私、シルベアさんからオイルマッサージを習っていたんです」
「へえ、そうだったんだ」とハナスは興味深そうに聞いていた。
ナミダは真剣な眼差しでハナスを見つめ、声を震わせながら尋ねた。「ハナスくん...本当にそれは母の傷の痛みに効くのでしょうか?」
ハナスはしっかりとコクンと頷いた。「ああ、間違いないよ。シルベアの知識の中には僕の記憶の知識も入っているんだ。だから痛みに効くことは間違いない、ただどれだけの効果があるのかは未知数なんだ。まだそういう症例がないからね」
ナミダの目に希望の光が宿った。
「ハナスくんは、まだ小さいのにすごく難しい言葉を知ってるんですね?」
ナミダが言うと、ハナスはモゴモゴと言いあぐねた。何となく前世の記憶があることは、隠していたからだ。これは誰にも言っていないことだ。シルベアは知ってるみたいだが.......。
「えっへん、坊ちゃんは天才なのですよ」
リベットが胸をはっていった。
ハナスは少し考え込むような表情をしてから、「そうだな...そういうことなら、僕も一緒にナミダのお母さんがいる村へついて行こうかな」
ロクスは驚いて声を上げた。「えっ、ハナスくんも来てくれるの?」
ハナスは微笑みながら説明した。「うん。そのほうが僕もアシストしやすいからね。僕が近くにいたほうが何かとやりやすいですしね」
ナミダは感激して言った。「ハナスくん...ありがとう」
リベットが元気よく飛び跳ねながら言った。「私もいきます!」
ロクスは笑いながら言った。「もちろん、リベットちゃんも一緒だよね」
ハナスは頷いた。それから空を見上げてから言った。「そうですね...明日夜が明けたら出発しましょうか。今日は十分な休息を取って、明日に備えよましょう」
ナミダは感謝の気持ちを込めて言った。「本当にありがとう。みんな...」
リベットは元気よく言った。「よーし!じゃあ明日の朝、頑張ってお弁当を作りますね!」
一同は笑顔で頷いた。
ナミダは明日の旅立ちに向けて胸を熱くした。お母さん、待ってて。
旅立ちを控えた夜、蝋燭の明かりが優しく揺れる食卓に皆が集まった。農園でとれた新鮮な野菜と獣人の誰かが狩ってきた魔物の肉料理の香りが、部屋中に漂っている。
ルシウスはため息をつきながら言った。「お前たちだけでイーリスへ行くのか.......。」
「ご心配なさらないでくださいませ、ルシウス様」リベットは背筋をピンと伸ばして言った。「このリベットが、坊ちゃんのお側でしっかりとお仕えさせていただきます」
ハナスは肉を頬張りながら、「パパ、大丈夫だよ!」と元気よく言った。
「ハナスちゃん大丈夫かしら」ハナフィサは不安げな表情で言った。「だって、まだこんなに小さいのよ?」ハナスは元ミストベールの領主から授かったため、正確な年齢がわからない。ただ魔力が多いせいか成長が一般よりも早いようなので3~4歳になってるかもしれない。
「えへへ」ハナスは口いっぱいの肉を慌てて飲み込んで笑った。「でも僕、リベットと一緒なら平気だよ!」
「まあ坊ちゃん、お口の周りが汚れてしまいましたわ」リベットは慌てて、ハナスの口元を拭った。
ロクスが「確かにミストベールからイーリスまでは馬で3日かかりますが、私とナミダも多少の心得はありますのでご心配...」と言いかけたところで、
「あ、そういえばロクスさん」ハナスが急に思い出したように言った。「昼間シルベアと会った時は腰を抜かしかけてましたよね」
ハナスが言うと、リベットとナミダがクスクス笑った。
「うん?...」ロクスは目を丸くした。「だって、木の精霊なんて初めて見たから...」
ナミダは嬉しそうに言った。「私も不思議な体験でした」
「坊ちゃん!お野菜も召し上がってくださいませ」リベットは野菜をハナスの皿に盛り付けながら言った。
「もう、リベット」ハナスは頬を膨らませた。「僕だってちゃんと食べてるよ」
ルシウスは、ロクスとナミダをみた。
「ロクス、君の事はヨルセフから聞いてるよ、だからまあ心配はいらないと思うんだが、なあ。どうにも心配性でいかんなあ」と頭をかいた。
ロクスはルシウスを見て笑った。遠くまで聞えた元冒険者の剣豪ルシウス様もお子さんの事となると普通の親ですねえ」
「面目ない」
食卓は和やかな雰囲気に包まれた。ルシウスとハナフィサは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「まあ...」ルシウスは少し落ち着いた様子で言った。「リベットもついているなら、少しは安心だな...」
「えっへん、お任せください」リベットは胸を張った。
「お父様」ハナスは珍しく真面目な表情で言った。「僕たち、必ずナミダさんのお母さんを助けて戻ってきます」
「そうよ、ルシウス」ハナフィサは優しく微笑んだ。「私たちの息子を信じましょう」
「ですよ、ルシウス様」リベットは胸を張った。「このリベット、命をかけてでも坊ちゃんをお守りいたします!」
「命は大事にしてね...」ハナフィサは複雑な表情でリベットを見た。
「あ、この人参のスープすっごく美味しいです」ナミダは料理を口に運びながら言った。
「奥様のお料理は最高でございますね」リベットは嬉しそうに言った。
蝋燭の明かりは相変わらず優しく揺れ、心配と期待が入り混じった温かな夕食の時間は、静かに過ぎていった。




