お金の国
車いすで動くことは出来るが、こんな面倒なもので誰が遠出などしたがるものか、神里龍はつぶやいた。
ずいぶん前に事故にあって、下半身が動かなくなってから、龍は車いすの生活を続けている。
この国もそう長くはないなと、龍は窓のほうへと車いすを移動させた。
そこには高層ビルが建ち並ぶ風景が広がっていた。
数年前に、生物兵器として弱毒性のウイルスがこの街にまかれた。そのウイルスが引き金になって、患っていたそれまでの病気を悪化させて多くの人が死んだ。
資本主義で動いているこの国、いや、この世界の頂点に立つ奴らは資本家だ。
彼らは人口の90パーセントが持つ資産よりも、多くの資産を持っている。そして、この世界を動かして、あっちで戦争を起こしたり、こっちでパンデミックを起こしたり、なにやら忙しげだ。
いったい奴らの目的はなんなのか?
そんなことを龍が知るはずもないし、知りたくもない。
だが、両親も亡くなってしまった。ウイルスが広まって、政府からウイルスに有効だと言われるワクチンが供給された。そのワクチンを打ってからしばらくして、父親は心臓発作であっけなく逝ってしまい。もともと精神的に不安定だった母は、そのショックで強い酒を飲むようになり、気が付いたら俳人のようになってある日死んでいた。
それから残された少しばかりの遺産と保険金で食いつないできたが、龍はもう限界に来ていた。
税金ばかりが高くなり、給料は上がらない中間層が、見る見るうちに貧困化していったこの街の活気は失われて。
それでも少しの間はまだましだった。貧困化していっても人々は細々と生きていた。誰に文句を言うこともなく、時に愚痴りながらも、国に騙されているとも知らず、自分たちがゆっくりゆっくりと言論の自由を奪われ、財産を奪われ、家畜として飼いならされているのだとも知らずにいた。
しかし、龍はため息をつかなかった。
どうでもよかった。この国がどうなろうと知ったことではなかった。
車いすで遠くに行けるはずもなく、次第に引きこもりのような生活になって、数少ない友人たちとは次第に疎遠になっていった。
気が付けば、誰とも喋らないで過ごす日が増えた。
両親が亡くなってからは、さらに話し相手がいなくなった。
だから龍はこう思う。廃れたビルが建ち並ぶ街並みを窓越しに眺めながら、もう終わってくれと。
自分もそろそろ両親のところへ行っても良いのではないかと。
気が付けば、龍は屋上へ来ていた。
車いすのまま、屋上から街を見下ろす。
なんだか寂れた匂いのする屋上で、龍は少し寒いなと思った。
俺、飛べるかな?
怖いな、実際、こんな所から飛べないよな。
龍がゴクリと喉を鳴らしてつばを飲み込んだ瞬間!
突風だった―。
風は津波のごとく押し寄せて、龍を車いすごと空中へと押し上げた。
あっ!
龍の口から、声にならない声がもれた。
龍は、お腹や背筋に寒気を覚えた。
津波のような風が、止んだ。
車いすとともに、龍はビルの屋上から落下した。
龍と車いすを吹き飛ばした突風に淡い青色がついていて、魔力を帯びていたのを龍は知る由もなかった。
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オレンジ