デフィータの想い
夕食の時間、広いダイニングホールには大きなテーブルが設えられていたがテーブルの上に載っているのは料理ではなく、大きなグラスに入った赤い飲み物だった。それは鮮やかな赤色で、まるで宝石のように光を反射していた。
テーブルにちょこんと座る幼女の前には、人間が食べるような果物やパン、お肉にスープが用意されていた。彼女はその料理をただじっと見つめていた。
「お母様! 私は人間から直接飲みたいのよ!」
スワラはデフィータに向かって甘えるように言った。その声は幼く、しかしどこか妖しさを感じさせるものだった。
デフィータは娘の顔を困ったような表情で見つめる。
「スワラ、小さい子が居るんだから控えなさい。」
窘めた。
スワラは少しふくれっ面をしたが、すぐにデフィータの言葉に従うように頷いた。
「わかった……でも、生の方が美味しいのに……」
その言葉を聞いたイロイが、軽く笑いながら口を挟んだ。
「生も美味しいけどね、生だと少し皮膚の味とかにおいが混じるだろ? あれが好みの匂いでない時はちょっと損した気分になるよな。」
スワラはイロイの方を見て、少し不満そうに言った。
「お兄様は神経質なのよ。」
その言葉に、イロイは軽く笑いながら肩をすくめた。
「まあ、好みの問題だな。多少人間臭くても美味しくいただけるなら羨ましいよ」
デフィータはそんな二人の会話を聞きながら、少し微笑んだ。
「まあ、それぞれの好みがあるわね。でも、今日はみんなで仲良く食事をしましょう。」
彼女の声は優しく、しかしどこか威厳を感じさせるものだった。
スワラは少し不満そうだったが、デフィータの言葉に従い、自分の前に用意された赤い飲み物に手を伸ばした。
「わかった……でも、次は生で飲みたいな。」
彼女のつぶやきは小さな声だったが、デフィータとイロイにはしっかりと聞こえていた。
イロイはスワラの様子を見て、また軽く笑った。
「まあ、そのうち機会があるさ。でも、今日はこの美味しい料理を楽しもう。」
彼は自分のグラスを取り、赤い飲み物を一口飲み干した。
デフィータもまた、自分のグラスを手に取り、ゆっくりと飲み物を味わった。
「さあ、みんなでいただきましょう。」
デフィータは隣に座る幼女の頭を優しく撫でながら、穏やかな声で語りかけた。
「さあ、お食べ。それとも、食べさせてほしいかい?」
彼女の声は母性的で、どこか温かみを感じさせるものだった。しかし、幼女の反応は薄く、ただぼんやりと前を見つめているだけだった。
「お前の名前は何にしようねえ?」
デフィータは幼女に名前をつけようと考えながら、彼女の様子を観察していた。幼女はドランゴドラという男に虐められていたのか、心を閉ざしているようで、なかなか反応を示さない。
デフィータが幼女の特殊な能力に気づいたのは、彼女がバンパイアの中でも最長老であり、長い年月をかけて積み重ねた経験と魔法力があったからだ。彼女は600歳くらいまでは年を数えていたが、今では自分が何歳なのかさえわからなかった。時間は彼女にとって、もはや何の意味もない。
「吸血族は残忍なわけではない……」
デフィータは心の中で思った。
「他の種族と同じように、生き物に対しての愛情だってある。ただ、人の血を飲まないと生きていけないだけだ。」
彼女は長い年月をかけて、人間たちから嫌われ、恐れられてきた。しかし、デフィータは人間の方がもっとたちが悪いと思っていた。
「吸血族は人間の血だけで生きる。だが、人間は魔物から動物まで、手当たり次第に食らうではないか。」
その考えは、彼女の心の中に深く根付いていた。
デフィータは再び幼女に目を向け、優しく声をかけた。
「大丈夫よ、もう誰にも虐められないからね。ここでゆっくりと過ごしなさい。」
彼女の声には、長い年月を生きてきた者だけが持つ深い慈愛が込められていた。
幼女は少しだけデフィータの方を見たが、すぐにまた下を向いた。彼女の心にはまだ傷が深く、簡単には癒えないようだった。
デフィータはそれでも諦めず、幼女の手にスプーンを握らせ、優しく導いた。
「さあ、一口食べてごらん。美味しいわよ。」
彼女の声は穏やかで、幼女の心を少しずつ解きほぐそうとしているようだった。
イロイとスワラもそんなデフィータの様子を見て、それぞれの思いを胸に抱いていた。
「お母様、この子はどうなるの?」
スワラが尋ねると、デフィータは微笑みながら答えた。
「お前の妹になるんだよ。時間はかかるかもしれないけどね。」
イロイは黙ってその様子を見守りながら、心の中で思った。
「人間も、バンパイアも、結局は同じ生き物なんだな……」
彼の目には、どこか感慨深い光が浮かんでいた。でもこの子は人間とは少し違うような魔力を持っているように感じる。はてさて俺の気のせいか?
デフィータは幼女の頭を再び撫でながら、静かに語りかけた。
「さあ、もう大丈夫よ。ここはお前の家だ。ゆっくりと、自分のペースで生きていきなさい。」
その言葉は、幼女の心に少しずつ染み込んでいくようだった。
デフィータは静かにグラスを手に取り、その中に注がれた赤い液体をゆっくりと味わいながら、深い思考に沈んでいた。彼女の目には、長い年月を生きてきた者だけが持つ深い影が浮かんでいた。
「なぜ、吸血族と魔族は争っているのか……?」
その問いは、彼女の心の中に何度も繰り返されていた。
「この度、吸血族は質の悪い勇者まで召喚して、魔族を滅ぼそうとした。いったい、それは何故なのか? 何が原因で、彼らはこれほどまでに憎み合っているのか?」
デフィータはその答えを知っていた。いや、かつて知っていたような気がするのだ。だがその記憶を手繰り寄せようとすると、その部分がすっぽり自分の脳から抜け落ちているような気がする。はたまた何かベールが掛かっていて、その記憶をどうしても思い出すことが出来ないのだ。
彼女は心の中で呟いた。
「まだ誰も、この世界の真実を知らないようなきがする。」
彼女の目は遠くを見つめ、過去の記憶に思いを馳せていた。長い年月をかけて積み重ねられた憎しみと誤解、そして隠された真実――それらはあまりにもおぼろげで、手が届きそうになかった。
「いずれ分かるその時が来るまで、私は生きて居られるだろうか」
デフィータは静かにそう言い、グラスをテーブルに置いた。
「その時が来れば、すべてが明らかになる。その時までは生きたい……。」
彼女の言葉は、まるで懇願だった。その声には、どこか悲しみと覚悟が混じっていた。
なぜ、魔族と憎みあうのか?この憎悪は何処から来るのか?
テーブルの周りには、イロイとスワラがいる。彼らはデフィータの様子を不思議そうに見つめていたが、深い沈黙に包まれている彼女に声をかけた。
「お母様、何か悩んでいるの?」
スワラが小さな声で尋ねたが、デフィータはただ微笑みながら頭を振った。
「大丈夫よ、スワラ。ただ、少し昔のことを思い出していただけだ。」
イロイはデフィータの様子を見て、心の中で思った。
「お母様は何か隠している……。でも、それはきっと大切なことなんだろう。」
彼はそれ以上詮索せず、静かに自分のグラスを手に取った。
デフィータは再び幼女の頭を撫でながら、心の中で誓った。
「いずれ、すべてが明らかになるその日まで、私はこの家族を守り続ける。それが、私の役目だ。」




